第24話 24 フェアにいこうぜ

「のっ、は? 俺げぁ?」


 唐突に指名を受け、晃はワケのわからないリアクションを見せてしまう。

 訊き返された霜山は、アホな犬と対峙しているような態度で、もう一度頷く。


 俺が、翔騎を、殺す。

 

 頭の中でそう唱えてみる晃だが、絶望的なまでに現実感に欠けていた。

 数十分前に会ったばかりの同年代の少年、それをこの手で殺める。

 ここまででも相当に浮世離れした出来事の連続だったが、いよいよ意味不明な域にまで達した感がある。


 ガラン、と愛想がない硬質の音を立てて、何かが足元に放り投げられた。

 八十センチほどの長さの鉄パイプだ。

 これを使ってやれ、ということなのだろうか。

 腑抜けた様子でへたり込んでいる翔騎の方を見ると、目が合ってしまった。

 自分へと向けられた視線が、霜山たちを見るそれと同種に変質している、と晃には感じられた。


「なーに固まってんだ! 地蔵気分かボケァ!」

「あづっ――」


 動けずに鉄パイプを見つめていると、クロの耳障りな声が響いた。

 それと同時に、晃の頬に痛みが走る。

 どうやら、吸いかけの煙草を投げられたようだ。


「やり方がわかんねぇなら、体験学習してみるかぁ? んん?」


 ヨタヨタと歩み寄ってきたクロは、鉄パイプの端を勢いよく踏んで跳ね上げ、それを空中でキャッチする無駄にスタイリッシュな動きを見せる。

 そして、パイプの先でもって晃の肩、腹、腿を順繰りに軽く突き、最後に側頭部をそっと撫でた。

 晃が慌てて首を横に振ると、クロはつまらなそうに舌打ちし、無造作にパイプを放り捨てる。

 床を転がる鈍色の円筒を目で追っていると、霜山が小さく苦笑を漏らしつつ言う。

 

「そいつ殺したら、それで終わりにする」


 終わりにする、とはどういうことだろう。

 見逃してくれるのか――いや、そんな都合のいい流れになるのか。

 様々な可能性を思い浮かべ、混乱した頭をどうにかこうにか整頓している内に、晃はある結論へと辿り着いた。

 こいつらは、俺たちを『殺人の共犯者』にすることで、警察沙汰に出来ないよう保険をかけるつもりじゃないのか。


 いくら何でも、この場にいる六人をこれから皆殺しにするってのは、現実的じゃない。

 既に殺害された二人に加え、合計で八人も犠牲者が出る事件となれば、どれだけ巧妙な隠蔽工作をしようと、いずれ犯行は露見するだろう。

 霜山は今の状況を存分に楽しんでいる様子だが、このゲームと人生を引き換えにするほどの熱量はないように思える。


「殺せば……終わり?」

「さっきから、そう言ってるつもりだけど」


 霜山の苦笑は冷笑に変わりつつある。

 晃の推測が正しければ、生きて帰れるかも知れない。

 しかし、人を殺せというのか。

 仲間を死なせたくないから、人を殺す。

 何の恨みもない相手を、鉄パイプで殴って。


 いや、仲間がどうこうじゃない――自分が死にたくないから、殺して、逃げる。

 晃は再び、翔騎の方をそっと窺う。

 血走った目を見開いて、こちらを凝視していた。

 ああ、そうだ――あいつだって死にたくないに決まっている。

 だけど、モタモタしていたら連中の気が変わって、翔騎に生き残りのチャンスを与えようとするかも。


「待ってくれ! 俺が……俺が代わりに、やる」


 膠着状態が続くのを見かねたのか、晃の重荷を引き受けようとしたのか、慶太がそんな申し出を口にする。

 その言葉に安堵してしまった自分を見せたくなくて、晃は俯き加減に慶太から目を逸らした。


「へぇ、あんたが?」

「ああ。誰がやっても一緒じゃねえか……てめぇらは残酷ショーを見物したいだけだろ。だったら、俺がド派手にやって楽しませてやんよ」

「そいつぁ、威勢のイイこった」


 霜山の問いにキレ気味に答える慶太に、腕組みをしたリョウが半笑いで言う。

 直後、オイルライターの蓋が開く音がして、クロが新しいガラムに火を点ける。

 そして甘ったるい煙を輪にして宙に浮かべた後、妙な提案を口にした。


「どうせならよぉ、勝負させてみっか。そのデコボコ面と、金髪小僧とで」


 クロは手にした煙草の火種でもって、慶太と翔騎を指し示す。

 要するに、一方的に殴り殺させるのではなく、死ぬまで戦わせようという話か。

 悪趣味なアイデアに更なる悪趣味を重ねられて、晃は薄ら寒い気分に陥る。

 どう転んでも大差ない未来に絶望してか、翔騎は顔色が真っ白になっていた。


「勝負、か……だとすれば、どんな?」

「やっぱステゴロだろ」

「つっても、ウェイト差ありすぎじゃねぇの」


 乗り気になったのか、霜山を中心にルールの検討に入っている。

 殺し合いの手順を決める前段階とは思えない、和気藹々とした雰囲気だ。

 そんなものを見せられている晃たちは、戦々恐々とするしかない。

 

「ダメ、入れとくか」

「いいんじゃね。それのがアツい」

「目? 指? 肩?」

「玉いこうぜ、玉」


 三人の話を聞き取ろうとする晃だが、意味の掴めない単語が多いせいで、どういう結論に向かっているのかの見当がつかない。


「……指でいいか。やっといて、リョウ」

「了解です」

 

 霜山から何かしらの指示を受けたリョウは、慶太の襟首を掴んで部屋の中央へと引きずって行く。


「ちょっ、んだよ! 自分で歩くって」

「うるせぇ」

「あがっ――」


 うつ伏せに転がされた慶太の上半身に、リョウの硬そうな尻が勢いよく落ちる。

 それからリョウは、右足に括りつけてあった鞘から刃の厚いナイフを抜いた。


「動くと、余計なトコが切れるぜ」


 警告を発しつつ、慶太の両手を縛っていたタイラップを切断した。

 そしてスッと腰を上げた――かと思ったら、体重を移動させて慶太の右腕をめる。


「がぁあああっ?」

「動くと、余計なトコも切れるぜ」

「――ふっ! ぅあああああああああああああああああああああああああっ!」


 先程と僅かに違う警告をリョウが発した直後、慶太は一瞬だけ息を詰まらせ、その後で聞いたこともない絶叫を発した。

 何かが晃に向かって放り投げられ、額にぶつかってから床に落ちる。

 見ると――根元から切断された、紅く染まった小指がそこにあった。

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