第二十話 再び鞠子の休日

 そこまで話を終えた時、私はふと言葉に詰まってしまった。

 瞳子はそんな複雑そうな顔をした私の様子を黙って見つめている。

「――瞳子」

「なあに」

「急で申し訳ないけど」

「うん」

「――とてもお腹がすいた」

 瞳子がお約束通りにコケる。

「ごめん、何かある?」

「まったくもう」

 私は、盛大に怒ったふりをしている瞳子の姿を目で追いかける。瞳子は冷蔵庫を開けると、中からいくつか皿を取り出した。そのうちのいくつかが電子レンジに放り込まれる。

 三分以内に、私の前には立派な朝食のセットが並んだ。

「なんだかえらく手際がいいわね」

 瞳子は黙って私を見つめた。眉が寄っている。これは本気で気分を害したサインだ。

 はて、何かまずいことでも言っただろうか?

 私の戸惑いに気づいたらしい瞳子は、盛大に鼻から息を吐き出しながら、眉を下げる。なんだか、親子の立場が逆転したようで申しわけない。

「――まったくもう、さっき自分で冷蔵庫を開けたのに」

 そして冷蔵庫の扉を叩きながら言った。

「ママがいつそんなことを言いだしても構わないように、パパが一か月前ぐらいから冷蔵庫に一食分を常備していました。また、残ったらもったいないのでパパが食べていました。だから、なんだか前より太ったように見えます。以上、分かりましたか」

 私は、

 私は、

 私は、

「返事がない。分かりましたか」

 私は、そこでやっと思い出した。

 彼が常に私のことを先回りで考えていること。そして、場合によっては自分を犠牲にしても私を前に進ませようとすること。それに気がつかずに、

 私は、

 私で、

 私のことで一杯で、

「え、何、なんで、あ、ごめんなさい」

 瞳子が慌てる。なぜなら私が静かに涙をこぼし始めたからだった。

「あ、いいのよ。謝る必要なんてない」

「でも――どうしたの」

「うん。昔のことを思い出したら泣けてきた」

 忘れてしまうなんて、どうかしていた。

 こんな風に休日を取らなかったから、悪かったのだ。

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