第十四話 友の会会長の休日

 会長は、彼の数多くいる孫の一人を見つめていた。

「真一から話は聞いている。近頃、どうも声に張りがないということだが、どうしたのか」

「疲れているだけです。学業に専念しておりますので」

「そうではないことは分かっている」

「……」

「愚にもつかぬ活動に力を入れている点には、目を瞑っている。細々とした規則違反も今は問うまい」

 会長は身を乗り出す。孫は上体だけを後ろに引く。

「しかし、あの日を境にお前が元気を失ったのは事実であり、それを不審に思った真一がここにお前をよこした」

 会長は体を元に戻す。孫の姿勢はそのままだ。

「真一は臆病だ。だからこそ誰よりもよく気がつく」

 そして口を閉ざす。こうなるともういけない。

(お爺様に逆らってはいけない)

 逆らったら、いくら事後に謝罪しても許されることはない、と刷り込まれた孫は、次第に呼吸を乱し始めた。心理的な圧迫。暴力的なものは顕在化されず、潜在的に無数の傷をつけてゆく。

(お爺様に逆らってはいけない)

 両親からも繰り返し言われ続け、刷り込まれ続けた言葉が、精神的な隠れ家を強制的に排除してゆく。遮蔽物のない雪原上に孤立し、前方から圧倒的な質量で雪崩が襲い掛かってくるような状況。孤独、阻害、圧迫、恐怖――マイナス感情がきりきりと締め上げてゆく。

「――申し訳ございませんでした」

 とうとう孫は陥落した。そして胸に秘めていた秘密を語りはじめる。それは「電話で声を聞いたことのある女が、眼の前で話をしていた」という、それだけの物語だった。

 そして、会長はそれだけで大いに満足した。

 こういうことがあるから、休日に一族の者と話をするのも悪くない。

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