第六話 馬垣の休日

 経路を順に並べると以下の通りになる。


 *


 火曜日の夜に、斉藤茜は山根淳子に電話した。

「もしもし、山根です」

「あ、淳子? 茜です。今大丈夫?」

「もちろん大丈夫だよ。けれど、茜ちゃんからこんな時間に電話なんて珍しいね。どうかしたの」

「あの――」

 直情径行型の茜が言いよどむとは珍しい。淳子は茜の腹がすわるまで気長に待つことにした。

 三十秒ほど唸り続けた挙句に、茜は覚悟を決めたらしい。

「――この間の試合の時に会った刑事さんなんだけど」

「ああ、笠井さんのことかしら」

「あ、そうではなくてね。あの、ごつい男性の――」

「ごつい、っていっても二人ともそうですよ」

「その、でかい男で――」

「同じぐらいの大きさでしたよ」

「性格の悪そうな――」

「ああ、馬垣さんですね」

「あの、淳子ちゃん」

「はい」

「――いえ、なんでもないです」

 茜は淳子に全然悪意がないことに慄然とした。

「それで、馬垣さんがどうしたのかしら」

「あ、うん。連絡先を知らないかなと思って」

「え――」

 淳子が黙り込んだ。電話の向こうで絶句しているらしい。

「駄目ですよ、茜ちゃん。お礼参りとか考えては。社会人なのですから」

(お前が言うか、それを)

 茜は拳を握る。

「違います。普通にお礼がしたいだけです。参りません」

「そうなんですか。安心しました。でも、私も連絡先は知らないんですよ」


 *


 水曜日の昼に、山根淳子は笠井瞳子に質問した。

「瞳子さん。質問があるのだけれど」

「はい先生。なんでしょうか」

「先日学校でお会いした、瞳子さんのお母さんの部下の方ですが、私の友達が連絡先を知りたいそうです」

「友達というとアマゾネス斉藤さんですか。じゃあ、馬垣さんのほうですね」

「そうなんですが、どうして分かったのですか」

「あ、てっきり先日の試合の落とし前をつけてやるとか」

「いえいえ、そんなことではないと本人も言ってました」

「じゃあ、なんでしょうね」

「なんでしょうね」

「私は馬垣さんの連絡先を知らないので、ママに聞いてみます」

「あ――でしたら、ついでで申し訳ないのですが、榊さんの連絡先も分からないかしら。先日のお礼がまだなので」


 *


 水曜日の夜に、笠井瞳子が笠井鞠子に質問した。

「アマゾネス斉藤さんが、馬垣さんの連絡先を知りたいって山根先生に連絡してきたんだって」

「あ、お礼参りかなんか?」

「よくわからないみたい」

「あ、そうなんだ」

「それから、山根先生がついでに榊さんの連絡先も知らないかって」

「こちらもお礼参り?」

「普通にお礼だって」

「あ、そう。でも、黙って電話番号を教えるわけにはいかないので、本人に聞いてみるわ」


 *


 木曜日の午前に、笠井鞠子が馬垣淳一と榊慎二に質問した。

「アマゾネス斉藤さんが二人の連絡先を知りたがっているってよ。教えても構わないかな」

「俺は構いませんよ」と榊。

「私も構いませんが、何の用事でしょうね」と馬垣。

「お礼参りじゃないかって」

「あ、俺はパス。なかったことにしてください」

「私はむしろ積極的に歓迎します」

「分かったよ。じゃあ、馬垣のだけ伝える」


 *


 木曜日の夜に、笠井鞠子が笠井瞳子に返事をした。

「馬垣は全然オーケーだけど、榊は駄目だった」

「えー、榊さん慎重派なんだ」

「お礼参りを恐れたらしいわよ。俺は何もしていないから丁重にお断りしますって」

「えー、軟弱」


 *


 金曜日の昼に、笠井瞳子が山根淳子に返事をした。

「馬垣さんの連絡先は本人が全然オーケー、ぜひ伝えて下さいということだったので、電話番号とメールアドレスをもらってきました。榊さんは何もできなかったので、申し訳なくてお断りします、ですって」

「あらまあ、榊さんは本当に奥ゆかしい方なんですね」


 *


  金曜日の夜、山根淳子が斉藤茜に返事をした。

「もしもし、茜ちゃん? 淳子です。馬垣さんの電話番号とメールアドレスを教えてもらいましたよ」

「有り難う! どうやって調べたの」

「笠井さんのお子さんが学校の生徒だから、そこを経由して本人に了解をもらいました」

「ほ、ほ、ほ、本人の了解――」

「はい、大変光栄です。ぜひお伝えください、ぐらいの勢いだったようですよ」

「え――」


 *


 金曜日の深夜、斉藤茜から馬垣淳一にメールが届いた。

「お礼がしたいので、土曜日の昼十二時に新宿でお会いできますか? アマゾネス斉藤」


 *


 斉藤は、自然に自分がリングネームでメールを発信したことに気がつかず、翌日来て行く服を準備していた。彼女にしてみれば一番女性らしく見える服だった。


 *


 馬垣はほくそえんだ。

 土曜日と日曜日は珍しく何の予定もない。抱えている案件もないので、完全にフリーだ。

 松本から新宿までは特急「スーパーあずさ」で、二時間半あれば到着するので、ゆっくり拳で語り合うことができるだろう。

 馬垣は簡単に着替えられるようにラフな格好を準備していた。


 *


 翌日。

 妙に体のでかい気合の入った服装をした女と、妙に体のでかい気合の抜けた服装をした男が、楽しそうに格闘技の話をしながら新宿を歩いているところが目撃されたという。

 こういう休日も悪くない。

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