効用

阿井上夫

効用

 黒學院大學国文学科の須藤順一教授は、若年層に蔓延する言葉の乱れについて、このほど新たな視点から原因と解決策を提起した。

 須藤教授によれば、中学生から大学生にかけての年代で、語彙の蓄積が十分に行われておらず、単調なフレーズの繰り返しや直裁的な表現の使用など、いわゆる「日本語の貧困化」が深刻な状況に陥っているという。

 これは愛情表現などの本来高度に修辞的な文脈を伴うものが、「かわいい」という表現に集約されていることに象徴的に現れている。

 原因として考えられているのは、一つの言葉から他の言葉を連想する大脳の観念連合系の機能不全である。

 この分野の先行研究では、アメリカの若年層に見られる「クール」への感情集約に関する、コロンビア大学心理学部のサイラス・ジョーンズ助教授の一連の論文が有名である。

 しかし、日本での研究はこれが初めてであり、全世界的な言葉の貧困化現象の広まりを示唆するものとして、日本認知心理学協会でも注目を集めている。

 今回の須藤教授の発表で特筆すべきは、さらにその現象を改善するための教育プログラムを提示している点にある。

 観念連合の機能をより活性化するための手段として、彼は地口の復権を主張する。これは、江戸期の庶民文化のなかで特異な位置をしめていた、言葉遊びの一つである。

 現代日本においてその系譜をもっとも色濃く継承しているものが、「おやじギャグ」である。

 一見、寒いギャグ(この「寒い」という表現自体も、言葉の貧困化を象徴した表現ではあるが)として、「おやじギャグ」は忌避される傾向にある。

 しかし、脳内では高度なシナプス連合を形成し、脳内活性物質の一つであるエンドルフィンの分泌の活発化を伴うことが、北東大学文学部で生理心理学を専門とする厨川新造教授の研究から証明されたことは、記憶に新しい。

 さらに厨川教授は、中学生六十名を二つのグループに分け、一方のグループには厳選した「おやじギャグ」の暗記を数週間実施し、一方のグループには統制条件として数学の問題を課した。

 その結果、「おやじギャグ」群では統計的に優位な差異を認められるほどの、シナプスの活性化が見られたと報告している。

 この研究成果は、主に児童教育の分野における顕著な功績として、二〇一三年の沢井賞(生理心理学の分野における最高の栄誉)を獲得している。

 既に、私立高校の一部では四十代後半の熟練した「おやじギャグラー」(おやじギャグの深奥に到達した者の意)を国語の教師として招聘しはじめている。

 教室からは「いやん、バンカー」などのギャグを唱和する声が絶えないという。

 業界団体であるJOGA(日本おやじギャグ協会)は、これまで正当な評価を得ることがなかった「おやじギャグ」が、日本文化の主要な潮流として再評価される時期にきたと見ており、積極的にその振興に尽力することを発表した。商学館の雑誌「小学○年生」では、ここ数年行われていなかった「大笑いギャグ全集」を付録として復活させようとの企画も進行している。

 懐かしい「野口五郎を雷様が応援しました。ゴローゴロー」などのラインナップが巷にあふれるのも時間の問題である、と有識者は語っている。


( 終り )

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効用 阿井上夫 @Aiueo

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