第14話

「さて・・・あんたとこの部屋で二人きりになるのも久々ねえ。懐かしいわあ、五年ぶり?」

「・・・」

 変な笑みを浮かべながらこちらを見てくるのは、私が暗殺者アーフィ・リングベルとして何度も殺そうとした相手、スラー・ギア・フォーゼルだった。

「ふふ、そんなに緊張しないの。優しくしてあげるから」

「触んな、くたばれ、クソカラス」

「あのさあ・・・愛想って知らないの?」

 そんなもん知ってても、お前らには見せねえよ。心の中でつぶやく。実際に言わなかったのは、反応するだけ面倒になるだけだろうから。


「あ、ちょっと。包帯も巻いてないのに布団入んないでよ。汚れるじゃない」

 無視しようかとも思ったが、あまり身勝手にすると餓鬼臭いのでやめておくことにした・・・気にくわないことに、転がり込んだのはこっちなのだから。

 いまいましさを込めてスラーを睨みながら椅子に座ると、ニコリと笑い返された。寒気がする。いつ持ってきたのか、その手に救急箱を持っている。

「さーて、まずは裸になって・・・」

「待てよおい」

「当たり前じゃない、どこを怪我してんのかわからないんだから」

「ぐっ・・・」

 もっともらしい理由を並べているが、こいつの目を見れば別の魂胆が見え見えである。

 体力も気力も磨耗している今の私に我慢する余裕はなく、おとなしくパーカーを脱いだ。


 下着姿になった途端に、抱きつかれる。

「きゃー、全然成長してない! かわいいなあ、あーちゃんは!」

「い、ってえ! 離しやがれ、性的倒錯野郎!」

「ちょっとダメじゃない、ロリコンやレズビアンは今や立派な個性、そんな人種差別的なこと言っちゃ」

「レイプ魔は犯罪者だクソが!」

 身長差が頭一つ分ほどあるせいで、完全に抱きすくめられる形になる。

 喚くのも疲れるので、結局なすがままにされる。頭だったり腰だったり、すりすりなでなで鬱陶しい。

 傷だらけなりに殺気を出してみるも、変に場慣れしているこの女には全く通用しないらしくそのまま慈しみタイムが続行する。


「・・・」

「・・・ふぅ」

「満足したなら、早く出てけよ」

 ようやく

「ダメね、まだ手当てしてないから」

「ならさっさと」

「あんたの体力を測ってたのよ。反抗する強さから見ても、そこそこきつそうね。背中と左脚、それと右耳の怪我が痛そうね。違う?」

「・・・見ればわかるじゃない」

「なに? 下も脱がして欲しかったの?」

「違うっ!」

 ヘラヘラと笑いながら、器用に綿ガーゼやら消毒液やらを使って準備を進めていく。そんな様子を眺めているのも居心地が悪く、窓の外へ目線を逸らす。


 正直、この新聞社の連中に感謝するべきなのかどうか、自分の中で答えを出せずにいる。

 もちろん傷だらけになった自分をこんな風に治療し、医者まで呼んでもらっている時点で命を賭けても足りないほどの恩をもらっている。そんなことは、この惨めな思いが痛いほど知らせてくる。

 ただ、この傷の原因はこの新聞社、そしてあの犬族の女なのだ。あの女がいなければあんな任務は押し付けられなかったし、目の前のこいつがいなければそれに失敗して見限られることも・・・


 いや、この考え方はやめておこう。私が拉致もしくは殺害に失敗したことに問題があるのであり、リブ・タイムズはたまたま敵だったに過ぎない。心に敵を作ることはご法度、敵意は頭の中で十分だ。そうやって私は暗殺者としての自分を作り上げてきたし、そしてこいつらもまた私を受け入れた・・・すごく腹立たしいことだが。

 特にあの犬族の女だ。私はあいつを殺そうとしたし、実際にその直前まで追い込んだ。幾らグレーゾーンに住みつく人間だとしても、そんな宿敵が目の前で、しかも傷だらけでいるのなら。あの脳味噌お花畑な編集長さえもが言っていたように、殺しておくのが正解だ。自分の心の弱点を消すためにも、単純に娯楽としても。


 それなのに、あいつは怒鳴った。ふざけるなと。


「こっちのセリフだ・・・」


 ふざけられても困るんだよ。

 おまえのくだらない正義感で。私の最後まで変えられてたまるかよ、クソが。


 他人に生かされるくらいなら、死んだ方がマシなんだよ。


「ん、なに?」

「・・・気にすんなよ、独り言だ」

「じゃあ、後ろ向いてね。腰の手当てから始めようか」

「変なことしたらすぐ殺すからな」

「誘ってんの?」

「死ね」

 こいつは別の意味でやたら腹が立つけど。

「そういいつつも、ちゃんと後ろ向くのね」

「早くしろよ、こっちは眠いんだ・・・ひやっ!」


 急に襲いかかるアルコールの冷たさと、傷口の焼けるような暑さに、思わず悲鳴をあげてしまう。

「いやっ、ひっ、やめろっ、やぁっ!」

「ほーら、いい声で鳴け鳴けぇ」

 後ろから抱きつくようにして肩と腕を固定され、ひたすら治療という名の拷問が続く。

「それにしても深い傷ねえ、こりゃあ。ナイフ?」

「ああぁ! くそぉ、くそがっ!」

「毒とか大丈夫なの? 相手も暗殺者だし・・・」

「いたいっ、やめろっ」

「ああ、あんたって多少の毒なら大丈夫らしいわね、すっげえなあ超人かよ」

「いやあああぁっ! ごめんなさいっ、ごめんなさいっ!」

「はい、おしまい。ガーゼ貼って包帯巻くよ」

「くそ・・・くそがっ・・・」

「次は脚ね」

「うぎゃあああぁぁぁ!」



「ほいほいっと、これで全部かねえ」

「はあ、はあ・・・おまえいつか殺してやる・・・」

「治療してもらった後のセリフとは思えないわねえ」

 冷や汗だらけですごく不快だが、それ以上に不快な目線がこちらを向いているのでさっさとパーカーを羽織った。

「もうおねんねしていいわよ」

「眠気吹き飛んだわクソが」

 つーか、こいつなんでこんなことできるんだよ。撮影できて取材できて、おまけに応急処置までできるとか、器用すぎだろうが。

 他にやることもないし、やられたくもないので、素直に布団に潜り込むことにした。少し埃っぽい。


 落ち着くと、痛みに隠れていた不安が再発してきた。

 失職のうえ評判はガタ落ち、そのうえ国からも目をつけられるとあっては、暗殺稼業を生業とする上で致命的だ。学校にすらまともに行ってない私はほとんどできる仕事もないし、故郷の猫族集落に帰ったとしても知り合いもいない。絶体絶命と。それに、どこに行ったとしてもそこにいる奴らを危険に巻き込むだけだ。別に恨まれたいわけではないが、やむを得ず、か。


「・・・あんた、やけに静かね。なら出て行ってくんない?」

「ん、なによ。あんたが逃げ出さないか見守ってるんじゃない」

「いや、この前みたいに裸で布団に入り込んでくるのかと」

「ああ、あれは初心者歓迎イベントみたいなもんだから。それに、これからお医者さんがくるのに、そんなことできないわよ」

「本当に第一印象を壊すのだけは得意なんだなおまえは」

「最初に全てを晒しだすのが、健全な関係を築くコツなのよ」

「ああ、ぶっ壊れてんのは全部か。ってか、おまえにとって健全ってなんなんだよ」


 ため息を吐き出す。軽口を叩くのも久々だ。体力的に辛いもんだと改めて実感する。前にこんな会話を誰かと交わしたのはいつだっただろうか。その相手は・・・こいつではなかったか。


 布団の中から見上げるスラーの顔は、ひどくにこやかで、私に久しぶりに会うのが楽しみでしょうがなかったようですらある。立場上、何度も敵として妨害したり、時によっては殺そうとした。そんな相手に、だ。

 こいつの場合は、余裕からくる態度なんだろうか。私だって身軽さには自身のある方だ。今回だってそれのおかげでなんとか逃げだせたのだ。だが、障害物など気にもせず空を舞う相手には叶うはずもなく。忍び込み、逃げ帰るだけでいい彼女に勝てたことは一度もなかった。おそらく、これからも。

 ムカつく話だ。こちらの手が届かない場所から、勝手に救いの手を差し出される、そんな身勝手な善意。そして、それにやすやすとすがってしまった自分自身。何もかもが最悪だ。


 いつか、この借りを返す。どんな形であれ、今までなめられた分を倍にして叩きつけてやる。




 いつの間にか眠ってしまったらしい。物音に目をさますと、足元に寝る前と同じ格好のスラーが立っていた。それがなぜかひどく懐かしかった。

「あら、起きた?」

「んぅ・・・」

「お医者さんが来たみたいだから、私は一旦部屋から出るとこ。いい? 私に襲いかかるのは自由だけど一般市民に手を出しちゃダメだからね?」

「あのさ」

「ん?」

 まだぼんやりする頭で、とりあえず言っておかなくてはいけない、そう思った言葉を無意識に呟く。


「ありがと」

「・・・ん」


 クールぶって微笑みながら、スラーは出口へと歩み出した。

 神経が鈍って、不思議な安心感に包まれながら目を閉じる。


「あ、順調だったら明日からリハビリも兼ねて、ルップラ兄妹のとこに行って来て。リタちゃんと一緒にね」

「ん・・・ん?」

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