第13話

 生気を失ったような少女の惨状に、私は思わず声を失った。

 うつむいたままの視線は決して私に向けられることはなく、虚ろなままテーブルの一点を見つめ続けていた。私などいないかのように。その命が私の手に委ねられたことに、一片の動揺も不安も見せないままで。ただ静かに、傷ついた獣のように荒い息を漏らすだけだった。


「お仲間だった新聞社に見限られて、口封じに殺されかけたところをなんとか逃げ出したんだと。それで行く当てもなく、うちに転がり込んで来て今に至るってこった。

 さて、どうする?俺的にはさっさと追い出すことを推奨するけどな」


 追い打ちをかけるように質問を繰り返す編集長。冷や汗が全身を這い回る。吐き気と寒気が意識を生暖かく痛めつける。


「なに聞いてるんですか・・・?」

「ん?質問が聞こえなかった・・・」

「何を馬鹿なことを聞いてるんですか! 早くお医者さんを呼んできてください!」


 憤りに近い感情が考えるより先に言葉を吐いていた。

「いいのか? お前を殺しかけた相手だぞ?」

「だからって死にかけの人を弄んでる場合か! 早く手当てをしてください!」

 あまりの怒りに視界がグラグラと揺れる。


 殺されかけた相手、それも反省の色の見えない危険人物をみすみす見逃す。裏の世界のことを何も知らない私でもそれが愚かだということはわかってる。

 だが、彼女は傷だらけになった身体で、つい最近まで敵対していたこの新聞社に助けを求めている。当然見殺しにされる可能性もある、それを逃れてたとしてもまず治療してもらえるとは思わなかっただろう。


 そんなとてつもなく低い可能性、それしか残されていない彼女を。


 心身ともに全てがボロボロ、帰る場所すらない彼女を、殺すような奴になってたまるかよ。

 たとえ、それで殺されることになったとしても、自分で自分を殺すことは絶対ごめんだ。

 単純な正義感だけじゃない。その行為が心の中に残す醜い傷。死ぬまで永遠に治らない痒みが怖い。だからこそ、そのような問いかけをおふざけ交じりに口にした編集長に怒りを感じた。


 あーあ、と呆れ声を漏らす編集長。

「何を悠長に・・・」

「ほら、どうせこうなるっつったろ、アーフィ?」

 編集長がそう声をかけた相手は、今まさに命を弄ばれていた猫族の少女だった。

「心配せずとも誰もお前を殺そうとはしねえって、最初から言ってんだろ?」

「・・・」

 沈黙する少女、そこで突然奥の部屋へ続く扉が開いた。

「ほらほら、布団敷き終わったから早くこっち来なさいよー。私がゆっくり応急手当てしてあげるからさ」

「え、スラーさん? 編集長? どういうことです・・・?」

 ドユコトなの?

 すでに準備終わってるし。

 ってかゆっくり応急手当てっていろいろ矛盾してない・・・?


「俺たちはこいつが来た時点で手当てはするつもりだったんだよ。それを見越してこいつもウチに転がり込んで来たんだ」

「でも、リタがうちの社員になったって話をした途端に意地張っちゃってさあ。あの女から許しを貰えなかったならここから出てくって聞かなくて」

「そいつも社員ならあーだこーだうるさくってさ。どうせリタリアならわんわんギャーギャー言ってすぐ許すだろって説得しても聞かねーからさ。ったく、俺たちのことは舐め腐ってるくせに、妙に律儀というか頑固な奴だぜ」


「もういいだろ」

 二人から赤裸々に暴露される少女が、突然ぼそっと呟いた。

「もう・・・いいだろうが」

 少し和らいだ空気もどこへやら、冷たい闇のような声で言葉を綴ると、体重を預けていた椅子から立ち上がり、ぎこちない動作でゆっくりと奥の部屋へと消えて行った。


「ほーんと頑固なんだか、なんなんだか。素直にありがとうとかごめんなさいとか言っちゃえば、かえって楽だろうに」

「あれがあいつの生き方なんだろうよ。不合理だってわかってて変えられるんなら、そもそも暗殺者になんてならねえだろ」

「そりゃそうね。ノラの新聞記者も似たようなもんだけど」


 なかば鼻で笑うようにそう言い残し、スラーさんも編集室から消えていった。

「なんか・・・気が抜けちゃったんですけど、なんなんですかね」

「お前が遅刻しなけりゃ、もう少しスムーズに話が進んだはず・・・つーか手前、なんで遅刻したんだ」

「あ、その〜。ちょっと昨日の夜寝付けなくて・・・ちょっと」

「そりゃアルコール飲んでどんちゃん騒ぎしてれば眠れないだろうよ」

「なぜ知ってる!」

「お前のお友達がドアに手紙を貼り付けてった。なぜか拇印付きで」

「不思議な酔い方してた!」


 はあっ、とため息を吐く編集長。私もつられてはあっ、と

「お前がため息ついてんじゃねえよ!」

「す、すいませんっ!」

「こんなんでこの仕事に慣れたつもりになられちゃ困る。お前がやった仕事といえば書類の整理と買い出しパシリぐらいだろうが。このさき命がけの仕事を任せるには、とても緊張感が足んねえよ」

「はい・・・はい・・・ごめんなさい」

 ああ、普通に怒られてる・・・。私が悪いからなあ。反省。


「ったく、明日から本格的な仕事を任せようとした途端にこれかよ」

「え、なんですかその仕事!やりたいですやりたいです!」

「あー、うるせー静かに反省しやがれ。それに、どっちにしろあの猫の手続きなんかもあるし、明日の件は延期だよ」

「はい、手続きって何の?」

「社員契約に決まってんだろ」


 はい?


「え、なんかとんでもないことになってません?」

「国報に追われてるんだ、傷が治ったからって野生に返せばすぐにあの世送りだろ。うちの社員にしておけば、あっちもちょっかいかけにくいだろ。こっちとしても即戦力の社員が手に入った上、あわよくば国報の裏情報も手に入るだろうし」

「な、なるほど。つまり私の同僚に・・・?」

「ああ、あいつの傷がある程度治り次第、二人で情報屋のとこに行ってもらう」

「なんでじゃああああ!」

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