第2話

 朝が来ました。

 窓から朝の光が射し込んできます。

 空には適度に雲が散らばっていて、過ごしやすい一日になるでしょう。


 と、春の空模様をリポートしてみたところで覚醒しましたとさ。


「へ、へんしゅーちょーさん?」

「昨日はよく寝られたか・・・なんて聞くまでもないな。アホみたいに寝やがって」


 あ、朝チュン?違う?


「昨日、お前何て言ってたっけ?

『わたし、枕変わると寝られないんですー。わおーん』

 とか言ってなかったっけ」


 どうやら、目覚めの一部始終を完全に目撃されていたようである。素晴らしく酷い話であります。


「わおーんとか言ってないですよ、編集長さん!それに、勝手に乙女の寝顔を覗くなんて、モラルがないにもほどがあります!」

「いいだろ、別に、お前なら」

「よくない!」

「うっせーな、次の新聞に載せないだけありがたいと思え」

「趣旨がわかりません!」


 我ながらよく声出るなー、とか思うくらい叫ぶ私。鼻で笑う男。


 もういいや。

 私は寝起きの気だるさに友愛の意を示すべく、柔らかいベッドに頬を埋めた。


 彼はジャケットの内ポケット煙草を取り出すと、傍にあった机からライターを手に取り、火をつける。燻った匂いが部屋を漂う。煙草の匂いは好きなんだよなあ、私。落ち着くー。


「客の目の前で喫煙ですか。社会人失格ですね」

「ほー、新聞社にとっちゃ顧客といえば契約者を指すんだが。二十歳も越さないフリーターがうちの新聞を読んでるとはな」

「・・・勝手にどうぞ」

「たりめーだ、俺の家だぞ」


 その言葉にガバッと跳ね起きる。


「ここ、新聞社じゃないですか」

「同時に俺の家でもあんだよ。そのベッドもな」


 と、とんでもない男だ。頬が急に熱を帯びる。


「とはいえ、もう一ヶ月くらい使っちゃいないから気にすんな。お前が初めてなわけでもないし」


 なんでもないように言い放ち、再び煙草を口にくわえる。なかなか様になってるのが、かえって腹立たしい。


「ロリコンのくせにカッコつけないでください!」

「ロリコンって・・・お前、十七・八歳だろ?俺と五つくらいしか変わらねえ」

「・・・え?」

「なんだよ、そんなに老けて見えるか?」


 私は言葉を失い、柔らかいベッドに腰かけたまま編集長を眺めた。


 シャツの上にジャケットを羽織り煙草をふかす。

 その語り方や雰囲気からは、何度も危機を乗り越えてきた余裕が見える。


 しかし、改めてじっくり見ると、二十代前半と言われても疑問がない、若さが確かにあった。適度に整った金髪と、少し鋭い印象を受ける顔つき。ジャケットに覆われた体は細いもののしっかりと引き締まっており、鍛えられているのがわかった。


 ・・・え?

 新聞社の編集長だよね?なんで鍛えられてるの?若過ぎだし。


「サーフィンが趣味とかですか?」

「いきなり何なの?馬鹿?」


 また呆れられた。思ったことを言ってしまう癖が、昔から治らない。がっくし。


「んで、名前なんだっけ?リットリアだったっけ?」

「リタリア・シュタードです!プレスタ・グレインコード編集長!」

「・・・正解。こういうの得意なの、お前?」

「子供でもできますよ、このくらい!」


 犬族ってすげーな、と頭を掻く編集長。種族差別、反対!


「じゃ、言わなきゃいけないことだけ先言っとくわ。お前、今日はこの部屋から出んなよ」

「はい?」

 これは・・・噂に聞くアレじゃないか?

「『監禁は犯罪ですよー』、なんて言うなよ。

 別に強制はしねーから。けど、もし出ていってなんかあっても、お前の安全は保証しないからな」

「そもそも私、なんでこんなことになってるんですか!私は犯人じゃないですよ!」

「誰も疑ってねーよ。つーか、理由も伝えてなかったんだな、俺」

「そうですよ!」

「まあ、考えりゃわかるような話だしな」


 遠回しに馬鹿にされた!


「なら、一応言っとこうか。その理由」

「お、お願いします」


 心臓の鼓動が速くなる。なんせ命がかかっているのだ。

 他人のじゃなく、わたしの!


「簡単にいうとだな、お前は国にとって不都合な存在に成りつつある」

「・・・国?」


 一瞬、耳を疑った。敵、大きすぎない?


「あの、私も薄々感じてたんですよ。多分、犯人か誰かに襲われるからなんじゃないかなあ、と。でも、国が敵になるなんて、大袈裟じゃないですか?」

「敵とは言ってねえよ。まあゴミクズ程度の邪魔だろうな。大方、はした金渡されてご内密に、って感じで丸め込むつもりだろう」


 ふっ、と鼻で笑う編集長。

 でも、目が笑ってない。


「そもそも、俺はお前の言い分を信じてはなかった。俺を騙そうとしてんのか、あるいは人違いかなんかだろうと思ってたし」

「・・・過去形ですか?」


 けして良いとはいえない性格をしている編集長の、その微妙な言い方に違和感。


「ただ、騙すにしては話が滅茶苦茶すぎる。

 一応事件を調べてみたら。被害者のシェフ、こいつが多少問題のある奴だったらしい。前々から、国からも目をつけられてたそうだ」


 煙草を机の上の灰皿で揉み消し、目を伏せる編集長。

 私はベッドに腰かけたまま、その姿を眺める。


「しかも恐ろしいことに、もう国報で容疑者が断定されてる。間違いは許されない国報だ。少しでも証拠に揺らぎがあればこんなことはしないだろう」


 男の目が開く。暗い青の瞳が私を写し出す。


「この業界では常識だが、国報で発表された事実は、ほぼ百パーセント覆らない。たとえそれが真実と反していてもな」

「・・・冤罪でも、ですか」

「ああ。ほぼ間違いない。国報の編集部は判決が下っていない容疑者を犯人と決めつけることを滅多にしないからな。

 それにしては、今回の記事は焦りすぎてる。まるで何か大きなものに圧力をかけられたかのように」

「それが、国だって言うんですか?」

「そうだ、と俺は考えてる。少なくとも関わってるのは確かだ。なんでお前のお友達が選ばれちまったのかは知らねーけど」


 うー、と無意識に声が漏れる。


 国家ぐるみで隠蔽しようとしている事件。それを暴露するなどほぼ不可能であり、しかも割に合わない。巻き込まれた被害者は、運が悪かったと思って諦めるしかない、というのが常識的判断だろう。


 だがしかし。

 これが事故でなく、事件であるなら。

 運命によって起きる必然でなく、誰かの意図によって生まれたものならば。

 見て見ぬ振りをしても許されるだろうか。

 答えはきまってる。


 「それでも、私は彼女を助けます」

 「・・・」

 「見て見ぬ振りなんて、選択肢にすらないですから!」


 正義の味方を気取るわけではない。そんな言い訳はしない。


 自らの心に従う。

 それが誰かを傷つけることになっても、護りたい人を護る。


「知ってるよ、お前がそのつもりなことくらい」

「へ?」

「だから言ったんだ。お前は部屋から出るな、って」


 いかにも面倒臭そうに頭を掻く編集長。

 ちょっと、ホントに意味がわからない!

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