《第9話》

それぞれの思い(1)

 メルが謹慎処分になってから三日が経った頃。女神像の花瓶から水が途切れることなく流れ続ける庭園の広場にて、シャリルは時間の空いた暇を見つけては走り急いで立ち寄り、今日もメルが来るのを待ち続けていた。


「メル……」

 シャリルは遠くの山間に沈む夕日を寂しげに眺め、そう零し。静かに立ち上がると、屋敷本宅へと元気なく足を向けた。



 一方、わたしはそんなシャリルの様子を、屋敷から200メートルほど離れにあるメイド達が住まう建屋の自室の窓辺にて、悲しげな表情をして見送っていた。


 出来ることなら、今すぐにでもここから飛び出してシャリルの元へと行きたい! だけどそれは出来ないコトだった……。それというのもスコッティオさんからこの部屋から一歩でも出るコトを禁じられていたからだ。『もしもその約束を破ったら、ココを首になり辞めさせられるよ』と、J・Cからもクギを刺されていた。それもとても厳しい表情で……。


 わたしは元気なく窓辺を離れベッドへと戻り、俯せに泣いた。感情のままに。


 コンコン。

 部屋の扉を叩く音が聞こえ、間もなくそこにJ・Cが扉を開けて姿を現す。と同時に、部屋の中へとてもいい匂いがたちこめてくる。


「メル、夕食を持って来てやったよ。感謝なさい」

「……いい」


「ン、なんだよ? 言いたいことがあるのなら、ハッキリと言いな。メル」

「いらない、って言ったの……今は食欲がないから」


「……ふぅ」

 J・Cはそこでため息をつき、夕食をテーブルの上へ置くと、俯せのままでベッドに横たわるわたしの傍に座った。


「昨日もそう言って余り食べなかったろう? というか……あれからずっとその調子で、ほとんど何も食べてないんじゃないのか? 頑固で強情なのもいい加減にしとかないとメル、そのうち病気になっちゃうぞ! そこんトコ、ちゃんとわかってる?」

「……」

 J・Cは本当にわたしのことが心配で、そう言ってくれているんだと思う。でも今はまだ、素直になれる気分じゃなかった。

 わたしがそんな思いで黙ったままでいると、J・Cは呆れ顔を見せ、やれやれ顔でため息をつく。それから表情を少し真剣なものに改め、口を開いてきた。


「……エレノアが、でココを辞めるコトが決まったよ。スコッティオ様も仕方なくそれを受理してね……なにせ、泣きながらの願いだ」

「――!?」


「スコッティオ様がいくら『そこまでする必要はない』と言っても、まるでダメでさ。私も含め、他のみんなもこれには動揺してる……。

正直いって、エレノアがどうしてそこまでするのか私らには理解出来なくてさ。

だけどメル、アンタならその理由がもしや分かるんじゃないのか?」

「……」


 そんなの……わたしにだって分からないよ。どうしてそこまでするの? エレノアは何を考えているの?? まさか、わたしへの当てつけ?!

 わたしがそうこう考え静かにしていると、J・Cは困り顔を見せ、再びため息をついている。


 だけど本当に、理由なんてわからなかった。考えても、考えてもまるで理解なんて出来ない。二日前までは怒り狂い『エレノアなんか絶対に許せない!!』と思っていたけれど……。不思議と今は、その怒りも次第に和らぎ、自分もあの時はやり過ぎたかもしれない……と、そう思うようになり始めていた。


 それだけに、エレノアが辞める程の理由にあの件が繋がるなんて理解出来ないことだった。でもそれが……本当に辞める理由なのだと思うと、気持ちは正直いって落ち着かなかった。それでもどこかにまだ、エレノアに対して正直になれない自分が根深く居て、謝ろうと思う自分の心にブレーキを掛け続けていたのだ。


 そうこう思っている間にJ・Cはため息をつき、立ち上がる。


「とにかく、食べたくなった時でいいから少しだけでも食べときなよ。それで体を壊しても自分が損をするだけだぞ。

……あとな、エレノアがそれでこのまま辞めちまうようなら、メル……。前にも言った通り、アンタとの付き合い方を考え直させて貰うから、覚悟しときな!」

「――!!」


 そんな言葉を受け、わたしは慌てて上半身を起こし、半泣きと驚いた表情でJ・Cを見つめた。だけどJ・Cは厳しい真剣な表情のまま、わたしのことを見つめ返しその戸口を閉め出て行った。


「だったら……どうしたらいい、って言うの……。悪いのは、わたしの方じゃないのに……」

 わたしは独りそう零し、窓の外から見える屋敷本宅の方を遠目に見つめ、更にこう繋げる。

「わたし……もう、どうしたいいのか分からなくなってきた…」



 ◇ ◇ ◇


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