誤解(3)


 大っきらい! 大っきらい!! もう、みんな大っ嫌いっ!!


 わたしは寮までの道のりを、足音も大きく鳴らしながら、怒り狂い歩き。寮へ着くと直ぐに、ベッドへ頭から倒れ込み。何度も何度も、自分のベッドを叩いては「うーうー!」と羽ふとんを噛み喰いしばりながら泣いた。

 そして気がつけば、そのまま……疲れからなのか? 眠ってしまっていた。



 その同じ頃……シャリルは庭園の噴水場にやって来ていた。その手には一冊の本が携えられている。

 実はメルは大変な読書家で、州都アルデバル近くの孤児院に居た時、暇を見つけてはよくそこに置いてあった本を読んでいたのだという。そんな読書家のメルは、孤児院内で自分よりも小さな子供たちに読み聞かせをしてあげることも多く。それは孤児院での、メルにとっては大事な仕事の一つだったのだそうだ。


 だけど本は、大変に貴重なものだから、その孤児院には寄付されたわずか六冊の本しかない。それをメルは、擦り切れるほどにもう何度も何十回も何百回も何千回も繰り返し読み続けていた。それはもう飽き飽きするほどだったのだそうだけど、それでもまた思い出したように何度も読み返し、その度にそれこそもう何度も何十回も何百回も何万回も夢心地になれていたのだと嬉しそうに話してくれた。


 シャリルはそんなメルに、この日、本をプレゼントしようと決めていた。つい最近手に入ったばかりのとても珍しく大変興味深い内容の本だ。それをプレゼント用のリボンで綺麗に結び付け、携えていたのだ。


「それにしても、メル……遅いな」

 約束の時間からすでに一時間は過ぎていた。

「やはり仕事が忙しいんだから、仕方がないよね?」


 シャリルはそう思い、メルが来るまでの時間をそこで楽しみ続けた。

 ……だけど。頬に夕日が次第に当たり始めても、メルが現れることはなかった。シャリルはその夕日を遠目に見つめ、寂しげに吐息をつく。


「おーい! シャリル嬢、ケイ様が心配しているからそろそろ諦めて戻っておいで! きっと何か事情があったんだ。いいね?」

「……」

 それは、ファー・リングスの声だった。


「……はぃ」

 シャリルはそれで仕方なく立ち上がり、もう一度だけメルが来ていないかを振り返り確かめ。居ないことを知ると、ため息を小さくその場でつき。それでも後ろを気にしながら屋敷本宅へと足を向けて歩いてゆく。



 一方、その頃にメルは目を覚ました。

 部屋の窓の方へ目をやると、すでに夕日へと変わり、辺りが赤く染め上げられ始めている。そんな窓の外の様子をしばらくの間メルは、涙で濡れたベッドに横たわったまま、ぼんやりと眺めていた。が、急に何かを思い出したかのようにそのベッドから起き出し、窓辺へと急ぎ行き、そこから身を乗り出して屋敷本宅にある庭園にある噴水辺りを出来うる限り背伸びをしながら見やる。


 ……そうして間もなく、残念そうにため息をついた。


「そりゃあ……もう居る訳ないよねぇ…」

 それから再びベッドまで元気なく戻り、吐息と共に腰を下ろした。


 ――バン☆!


 その時、ほぼ同時で部屋の扉が勢いよく開き。誰かと思い驚いた表情で見ると、そこにはJ・Cがこちらをジロリと怒った様子で見つめていたから、かなり参る。怒っている理由がなんとなく理解出来たから。


「――メル! アンタまた、何かやらかしたそうね?! いい加減にしないと、ココから本当に追い出されちゃうよ! そこんトコ、わかってる?」

「……ぅん。わかっているよ、J・C。でも悪いのはベッティー達の方で! わたしは悪いコトなんて、何一つやってない。

そりゃあ……台所をメチャクチャにしたのだけは、反省しているんだけどね?」


 J・Cはそれを聞いて軽くため息をつき。部屋の扉を閉め、わたしの隣に座った。


「事情は、ある程度聞いてきたよ。確かに、ベッティー達の方に非があったのは間違いなさそうだね。本人達もそこは素直に認めていたし……。

でも……スコッティオさんは、エレノアに対しあなたがちゃんと謝るまでは許さない、って言っていた。

これからどうする気?」


 わたしはJ・Cからその話を聞いて不愉快に思い、眉間にしわを寄せそっぽを向いた。


「どうもしない! エレノアだって、ベッティー達と同罪なんだから!!」

 そう言い切ると、J・Cは困り顔を見せ、ため息をつき。また口を開いてきた。


「それが同罪じゃなかったんだよ、メル……。それはメルの勘違いだったんだ。

エレノアはバスケットの中身には、一切、口をつけていなかったらしい。あの普段から保身で精一杯な三人組がそう言うんだから、逆に信用できる情報だろう? 

わかる?」

「――!?」


 J・Cの話を聞いて、わたしは一瞬だけ動揺し、J・Cの方を驚き顔に振り返り見つめた。でも直ぐに、そうした気持ちの迷いを振り切るつもりで顔を左右に振り、口を開く。


「そんなの信用できない! だって、確かにわたしはあの時見たの! エレノアがバスケットの中身に口をつけ、食べようとしていたのを……そうよ、間違いない。確かに見たんだから!」


 わたしはそう言い切り、まるでそのことを自分に言い聞かせるかかのようにそこで力強く頷いた。

 ところがJ・Cは、そんなわたしを困り顔に見つめ、再びため息をついている。

 わたしはそんなJ・Cの様子が腹立たしく思え、わざとそっぽを向いてやった! だってさ、何だかそれだとわたしのことを信じてくれてない気がしたから。でも……それでもエレノアの件だけはどうも気になるので、聞き耳は立てておく。

 するとJ・Cは、そんなわたしを半眼の呆れ顔で苦笑い見つめつつも少しだけホッとした様子を見せ。そのあとに軽くため息をついて、再び口を開いてきた。


「エレノアは『』とまで言い出したそうよ、メル」

「――!?」


「メル……あなたの気がそれで収まるというのなら、もう何も言わないけどな。このままで良いって、本当にそう思ってる?

その返答次第では、悪いけどな、メル。アンタとの今後の付き合い方を考え直させて貰うことにするよ……」


 J・Cはそう言い切ると、真剣な眼差しをわたしに見せた。でも、その答えを待つことなくスッと真剣な面持ちのまま立ち上がり、部屋の出入り口まで歩き向かい扉に手をかける。と、その時だった。部屋の窓の外から、コツンコツンと何かが当たる音が聞こえてきた。


「?」

 それにはJ・Cも立ち止まり、怪訝な表情をこちらに見せ、窓の向こうを気にしている。わたしも『誰だろう?』と思い、ベッドから立ち上がって窓辺へと向かい窓を開けてみた。と同時に、小さな石ころがわたしの頭に当たる。


「……あ」

 幸い、その石ころは小さかったので大して痛くはなかったけれど。誰かと思い窓の下を覗き見ると。そこにはベッティー達三人組が身を屈めていて、実にわざとらしい作り笑いを浮かべている。


 わたしはその途端、不機嫌な表情に変わる。


 一方、ベッティー達の方は作り笑いから困り顔に代わり、また作り笑いをこちらに向けてきた。心底つくづく呆れてしまう。余りにもわざとらしくて。


「……何か、このわたくしめの様な下品な者に御用でしょうか? 大した御用件も無いのであれば、どうぞ今すぐにお引き取り頂けると大変に助かるのですが」


 わたしは三人組を突き放すようにそう言った。するとベッティー達は、瞬間だけ『ムッ!』とする。でも直ぐに、また作り笑いを見せ。それから互いに何やら背中を押し合って……結局はあのベッティーが代表となり、口を開いていた。


「私たち……実は、そのぅ~……謝りに来た訳で……アハハ♪」

「……え?」

 意外な言葉だったので、瞬間だけキョトンとしたんだけど。間もなくわたしは、疑い深そうな表情を三人組に向け口を開いた。


「……スコッティオさんから、『そう言え』って言われて来たんですか?」

 三人組はそれを聞いて、慌ててる。


「いや! ほんとに悪かったな、ってそう思ってさ!! 悪気は、まあ……まったく無かった、けど……ハハ♪ いや、後悔はしているんだ、これでもさ!」

「……」

「もう二度とあんなコトはやらないから、許して頂戴! メル。あんなの、なんだから。ねっ?」

「…………」

「これからはお互いに、仲良く楽しくやって行きましょう! ねっ? メル」


「………………」

 わたしは不機嫌な表情のまま、黙って奥へと一旦引っ込み……間もなく窓辺にて、三人組に見える程度で『おいで、おいで』とばかりに手指をチョイチョイとやり、三人組はそれで『なんだろう?』と思ってなのか? 窓際へとにもバカみたいに近づいてくる、とそのタイミングで――バシャ☆と部屋に置いてあった花瓶の水を三人組みの頭の上から思いっ切り掛けてやった!


 わたしの手には、その花瓶が逆さまの両手で握られてあって、そのが否応もなく全てを物語っていた。三人組は余りの出来事に、わたしのことを目も点で呆然として見つめている。


 そんな三人組に対し、わたしは大きく息を吸い、それから勢いよく大きく口を開き言ってやった。


「別にアナタ達と仲良くなりたいなんて、思っていないから!!」

「ふ……ふぇえ~…」

 その一連の出来事に、アビーが突然涙目になり泣き出しそうになる。でも、それを見咎めたわたしは逆ギレにその手にしていた花瓶を更に投げつけようと構えた!


「――ひいーっ!?」

「じょ、ば、バ、バカ!!」

「――わ、うそっ!? ふぇええ~~っ!」

 それで三人組は顔も青ざめ慌てて、その場から手足四本で、まるでトカゲのように器用に使いつつも情けないほどに這いつくばり逃げ去ってゆく。


「……ふん! 今更、なんだっていうのよ」

「……」

 そんなわたしの行動を一部始終見つめていたJ・Cは、呆れ顔を見せ。大きく息を吸い込みため息をつくと、やれやれ顔に口を開いた。


「メル……アンタのその頑固さにはホント、呆れちゃうよ。あんな感じでも、一応は謝ってきたんじゃないのか? だとしたらさ、少しは認めてやって許してあげたらどうなの?」

「いやよ……J・Cまで、あの三人組みの肩を持つ気?」


「……」

 わたしの返答を聞いて、J・Cは呆れ顔の困り顔でため息をついている。

 それで部屋の出入り口の戸を開け、そこでいつもとはどこか違う厳しい表情に変え、更にこう付き加えてきた。


「あとで食事は持ってくるから、エレノアの件。それまでに独りで、ちゃんと考えておきなさいよ、メル」

 厳しい表情のままで、J・Cはそう言い放ち出て行った。


「……」

 わたしは窓際に背中をあてたまま、そこで拳を力強く握り閉め零す。


「わたし……頑固なんかじゃない!」

 だけどそう力強く言い切ったあとで、次第に元気なく俯き……それから間もなく、更にこう繋げ零してしまう。


「わたし……頑固なのかなぁ…?」


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