すれ違う思い(3)


 屋敷管理人であるスコッティオさんが居る執務室の前に立ち、わたしは息を大きく吸っては吐き、取り敢えず気持ちをその場で落ち着かせた。

 直ぐにノックをしようと思ってはいるんだけど、どうにもやはり気が進まない。だってさ、ここへ呼び出された理由がなんとなく予想できるから。しかも時間だって、相当に遅れちゃったしね……?


 でもそうは思ったところで、このままでは仕方がないし。わたしは勇気を持ってノックすることに決める。と、その時になってシャリルから預かっていたバスケットの存在をふと思い出し、わたしは中央の階段近くにある花瓶台の傍にバスケットをそっと置いて、再び戻り、息を呑んでノックをする。


 コンコン。


「メルです! スコッティオ様、入ってもよろしいでしょうかぁ?」

「ええ、早くお入りなさい。メル」

 中からは、相変わらず威厳のある声色でスコッティオさんの声が聞こえてきた。どうもやはり不機嫌そうで参ってしまう……。

 わたしはその場で再び深呼吸をし、「よし!」と気合を入れてから扉を開けて入った。


「失礼しまぁ~す……」

 スコッティオさんは読んでいた本をそこで閉じ、こちらをジッと厳しい表情で見つめてくる。


「随分と……時間が掛かったようだけど。メル、私は何時ここへ来るようにと言ったかお前は覚えているかい?」

「朝の……仕事が終わって……それからちょっとだけ、休憩なんかやって? それから中庭の庭園で庭木を眺めて……な~んてコトは、ないですよねぇー? あはは♪」


 わたしがそう苦笑い作り話をしている途中から、スコッティオさんは段々と尚更に不愉快そうな表情をわたしの方へ向けていた。それでわたしは元気なく、「ごめんなさい……」と素直に謝る。


「私は、朝の仕事が終わり次第、と言った筈ですよ、メル。それがもうこんな時間……」

 わたしが立つ真後ろにある時計をスコッティオさんに釣られて思わず見た。時間はもう間もなく一時半を差そうとしている。

「お昼の昼食の時間にも姿を見せず、お前は今までどこで何をやっていたんだね? 多少の休憩や庭木を眺めるくらいなら、こんなにも時間は掛からなかった筈だ。

言っとくけど、ちゃんと説明するまでは飯抜きとするからね。そこは覚悟なさい」

「……」


 昼食なら……本当はシャリルと一緒に、今頃楽しく食べていた筈なのよ。

 わたしは内心、不満顔で密かにそう思う。だけどそこは堪え、代わりに他の話をすることにした。


「スコッティオさんから言われた通り、朝の仕事が終わり次第、一度はここへ足を向けてはいたんです! でも……途中で見えた庭園がとても綺麗だったらから。わたし一度、そこで荒れていた気持ちを洗い流し、それからにしようとそう思って……それで! それで……えーと」


 、なんてコトは……流石に言えないよね?

 わたしはそこまで言ったところで苦笑い、困り顔に俯く。


「気持ちを……? なんだってそんなコトをする必要があったんだね?」

「それは、スコッティオ様が一番おわかりの筈ですが?」


「わかる? 残念だけど、わたしにはまるで判らない話だね」

「そんなコトはない筈です! だってスコッティオ様は、このわたしを叱りつけるつもりでここへ呼んだのでしょう? わたしには、そのコトがとても恐ろしく感じたんです!」


 スコッティオさんはそこで驚いた表情を見せ、それから口を開く。

「つまり……それで、庭園へかい?」

「ええ、そうです」


「……ふむ」

 スコッティオさんは、わたしのことを何か詮索するような瞳で見つめていた。なんだか見透かされているようで、正直いって居心地が悪い。わたしは思わず、天井へ目線を移してしまう。そんなわたしの様子を見て、スコッティオさんは何やら悟ったような表情を一瞬だけ見せ、そのあとに呆れ顔に変え、それから軽くため息をつき口を開いた。


「まあ……どんな理由があるにしても。二時間以上も遅れ他人を待たせるなんていうのは、相手に対し、とても失礼なコトなんだよ、メル。そこは分かっているんだろうね?」

「……はい、スコッティオ様。それについては、今はとても反省しています。ええ! 深海の海よりも、とても深く!」

 スコッティオさんはそれを聞いて、また呆れ顔を見せ更に余程深海ほど深いため息なんかついている。


「……メル。アンタのその……最後の余計な一言がなければ、私はもっと素直にお前の言葉を信じられるんだがねぇ……」

 わたしは本当に申し訳ない気持ちでそう言っていたつもりだった、んだけど。どうもその前の色々な思いとかが複雑に絡まっていて、上手く伝わらなかったみたい。結果、スコッティオさんからはそんな返答が返ってきた。しかも未だに困り顔を浮かべたままなので、参る。


 わたしも同じく困り顔を浮かべ、状況を打開できたらなという思いで少し考え、口を開いてみた。


「深海……がダメでしたら。噂に聞く、8000メートル級のフルブリートの山々の様に高く!

あ……だけどこの場合は、高いというのはダメですよねぇ?? 深海よりも深いモノって、他には何があるのでしょうかぁ? スコッティオ様」

「――メルっ!!」

 スコッティオさんからいきなり叱られ、わたしは忽ちカメの様に身を縮めた。

「とにかく、今後は他人との約束の時間は最優先事項として考え行動するようになさい。いいですね? 仮に、どうしてもその時間に来られない場合には、その理由を誰かに伝言してもらうなり連絡だけはキチンとする様に!

わかったかい? メル」

「……はい、スコッティオ様」


「それからね、メル」

「まだ他に何かあるのですかぁ? スコッティオ様……」


「……」 

 わたしは泣きそうな気持ちを押さえ込み堪えながら、そう聞いた。するとスコッティオさんは困り顔にわたしを見つめ、ため息をつく。


「まあ……今回はもうこれくらいでいいよ。下の調理場でお昼を頂いたら、午後からの仕事に取り掛かりなさい、メル」

「はい、スコッティオ様」

 わたしはそれで頭を軽く下げ、この執務室をあとにした。



 そしてそんなわたしをスコッティオさんは見送ったあと、独りでこうもらしていたのである。

「本当は、まだ何かあった筈なんだが……あの子の顔を見ている内に、年のせいかすっかり忘れちまったよ。まったく。

まあ悪い子ではないし……むしろ素直で良い子だとは思うんだがねぇ。だけどメイドとしては、あのエレノアも言っていた通り……って訳にもいかないだろうから、困ったものだよ……」


 スコッティオはそこで再び吐息をつき、背後にある窓辺から外へ目をやり、フルブリートの山々にまで連なる万年雪に覆われた4000メートル級の遠くの山を遠目に見つめた――。



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