《第6話》

思ってもみない奇跡(1)

 その翌日の朝……。


「それではスコッティオさん。大変、お世話になりました!」

 シャリルと別れ、J・Cと共に昨晩は楽しく寝るのも忘れるほどに良い想い出の夜を過ごしたあと。わたしはすっかりここに留まることに対する執着のようなモノが無くなり、踏ん切りがついてしまっていた。今では自分でも驚くくらい、ここから立ち去ることに対して辛さを感じていない。

 そうした思いのまま、今朝早くにスコッティオさんが居る執務室を訪ね、別れの挨拶をしていたのだ。


「ええ……今回はとても残念な結果だったけれど。メル……あなたのそのおしゃべりで少々困ったところのある性格が直ったら、またいつ来ても構いませんよ。それだったらこの私だってねぇ~……考えないでもないのだからね。わかるかい?」

「それは、無理というモノです! スコッティオさん」


「へ?」

「小鳥に『鳴いちゃダメ!』と言っても、それは無茶な話でしょう? 小鳥は鳴くことで、自分の存在を『わたしは、ここですよぅ~』『わたしは、ここに居るの! だから誰か会いに来てぇー!』と……ああやって鳴くことで伝えているのだと思うんです。

せみだって、そうです! きっと、みんなそうなのだとわたしは思っています。それぞれに、それぞれの素晴らしさというモノがあり、決してムダはないのだとわたしはそう思っているし、そう信じているんです!!

もっとも、スコッティオさんにはきっと、そんなわたしの気持ちなんて理解できないんでしょうけど……。

だからわたしは、今のままの自分が大好きなんです! 自分を変えるつもりなんて、更々にありません!!」


 それを聞いて、スコッティオさんはやれやれ顔に頭を抱え込んでいた。

「メル…アンタはその……蝉や鳥なんかじゃないんだよ。ちゃんとした一人の、立派な人間なんだ」

 

 『そんなこと、分かってはいるけど……』と、わたしは思わず口を挟み出しそうになったけど、そこは敢えて我慢する。代わりに、別の話にすり変えることでそれを交わした。


「ええ、そうですね。モチロン……大人になるにつれて口数が減る、なんて不思議で奇跡的な現象が起こることもあるのかもしれませんから。その時には、1時間くらいで自分がどれくらい黙っていられるのかを一応計ってみて、それでまた来られるのかどうかを判断してみたいと思いますので。1時間でどれくらい黙っていられたら合格点なのかだけでも、もしよろしければここでお教え頂けるととても助かるのですが、如何でしょう? スコッティオさん」

「1時間で……と急に言われたってねぇ…」


 スコッティオさんは再び困り顔に頭を抱え、何やら真剣に悩んだあと軽くため息をつき口を開いてくれた。


「取り敢えず、1時間くらいは無言で耐えられて。さらに一度におしゃべりをする量を、今さっきの三分の……いや五分の一くらいで止められる様になったら、わたしゃそれで構わないと思うよ?」

「そんなのは、到底無理な話です!! そんなの私には、拷問に近いもの!!!」


「ご……ごうもん、って……アンタ…」

「スコッティオさんはきっと、わたしのことなんか本当は採用する気なんてさらさらに無いもんだから。わざとそんなイジワルなコトを言っているに違いないんです!」

 実際のところ、どうなのかなんて知らない。わたしなんかに分かる筈もない。でも、その気もないのに、思わせ振りな言い方は辞めて欲しいと思った! だって折角、振り切れた気持ちがここで揺れたりでもしたら、それはとてもイヤなことだから。


「――イ……この私が、イジワルをだって?! むしろ、この私はねぇ……」

「もう、いいんです! そんな風に気を使って頂かなくても、まったく気にしてませんから!! もうこれ以上、わたしのような下卑たる者に構わないでやってください」


「げ、下卑って……わたしゃ何も、そこまでは言ってないよ。それにメル、アンタは本当にこのままでいいと思っているのかね?」

「そ、そりゃあ~……本当のことを言うと、残念な気持ちは今だって心にあります。だけどわたしは幸いなことに、昨日ここで生涯の親友を見つけることが出来たから、結果として良い思い出を得ることが叶いました。それだけで今は、もう十分に大満足なんですっ!」


「しんゆう……だってぇ?」

「ええ、そうですよ。それも大・大・大親友ですっ! それだけでわたしは、ここへ来てよかった、凄く幸運だったな、って今ではそう思っています。

あれからわたし、直ぐには『神様は、なんてイジワルなんだー!』って凄く怒って、神様の悪口ばかりを考えて、いっそこの世の終わりが早くくればいいのに、と暗黒の心に支配され思っていました。でも今は、違います。

今はむしろ、『ああぁ~……神様、ごめんなさい! 今は後悔しています』そう今は……というよりも。正確に言うと、なんですけど。とても感謝をしたい気持ちで、一杯なんです! それに──」


「ああ、わかった。分かったからもう勘弁しておくれ……メル」

 スコッティオさんはそこで再三頭を抱え込みながら遂にわたしのおしゃべりを遮り、徐に立ち上がるとそのまま執務室の扉へと誘うかのように向かう。

 わたしはそれで仕方なく口を閉ざし。その場に置いていた手荷物を両手に持ち上げ、大人しくスコッティオさんのあとを着いてゆく。それから階段をゆっくりと下り、屋敷の玄関先に止めてあった馬車へと向かい、「あれに乗りなさい」と言われるがまま素直に乗り込んだ。


 その間、わたしはずっと俯き黙ったままだった。

 そうして……もう二度と見ることが叶わないだろうこの素敵なパレス=フォレストと呼ばれる屋敷全体を、馬車の中から遠目にほぅと見回し、仕方無げにため息をついた。

 別にこれは、後悔からなんかじゃないと思う。それに、そんなものがあった所で、どの道こればっかりは仕方がないことだし……きっと考えるだけムダなことよ。だけど……。


「それではね、メル。この手紙を孤児院の方にお渡しなさい。いいですね?」

「……はぃ。スコッティオさん」

 わたしの思いも願いもきっと、この冷徹極まりないこの人にはどんな手を使ったところで伝わることなどないのだろう……。

 わたしはそう思いながらも、悲しげにその手紙を大人しく受け取る。

 そんなわたしを、スコッティオさんは困り顔に見つめ、吐息をつき。次に真剣な眼差しで改めて見つめ直し、何やら覚悟を持った表情で口を開いた。


「では、行っておくれ!」

 そのスコッティオさんの声と共に、騎手の人は馬へ軽く鞭を打ち、それで馬車はゆっくりと走り出した。

 走り出す馬車の中でずっと静かにしていたわたしは、だけど次第に気持ちが高まり始め、堪らず、馬車の窓から半身だけ乗り出し、涙目に屋敷の方を見つめ口を大きく開いた。


「ごめんなさい、スコッティオさん! さようなら……シャリル。……ありがとう、J・C! さようなら!! さようなら──!」


  ◇ ◇ ◇


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