はじめての面接(2)


 スコッティオさんが居るという執務室の前で立ち止まり、わたしは緊張の面持ちで勇気を振り絞り、その扉をノックした。


 コンコン☆


「州都アルデバルから来た、メル・シャメールです。あのぅ~、入ってもよろしいでしょうかぁ?」

 そう声を掛けると間もなく返事があった。


「お待ちしてましたよ、メル。当然です、早く中へお入りなさい」

 威厳あるその声に緊張をしながら、わたしはその扉をそっと開け中へと入り、後ろ手に扉を閉め、その場で静かに控えた。

 どうやら書き物をしていたのか? 机の上には書類が山の様に積んであり、羽ペンを手にしている。わたしがそれを気にしたことでようやく気づき、羽ペンを挿し収め、ゆっくりと立ち上がると窓辺へと歩いて向かい。そこで軽くため息をついている。


「それにしても、呆れたモンだね。まさか、本当にここまで来るなんてねぇ……初めは何かの間違いではないかと疑ってみたけれど。この窓から、あなたの土汚れた姿をこの目でハッキリと見たことで。わたくしは自分自身の言葉に対する迂闊さに、今日ほど気づかされ反省させられた日は長くなかった程です」


 そう言い切ったあと、スコッティオさんはわたしの方へ体を向け、真剣な眼差しで再び口を開いてくる。


「ところで、約束の方は……本当に、ちゃんと守って来たんだろうねぇ? まさか、途中まで馬車に乗って来たなんてことは……」

「そんなことはありません! ちゃんと、約束は守って歩いて来ました!!」


 わたしのその言葉に対し、スコッティオさんは意外に思えるほど疑うこともなく、肩を竦ませ。それまで険しかった表情を緩め、やれやれ顔にわたしのことを見つめて来る。


「まったく……呆れるくらいにいい表情をしてくれるモノだよ。いい目もしているようだね?」


 どうやらわたしは、自分でも気づかない内に試されていたらしい。面接はすでに始まっていた、ということなのかも??


「ええ、分かりました。まあよろしいでしょう。これは、アナタとわたくしとの約束ですからね。わたくしもこのメルキメデス家に仕える者です。約束を違えるつもりは毛頭ありませんよ。

さあ早く、そこへお座りなさい。約束どおり面接だけはしてあげましょう。

但し! 

あの日にも言った通り、合格の保証もしないからね。そこは覚悟して置くんだよ。いいね?」

「はい。分かっています!」


 先程までスコッティオさんが座っていた机に前に、椅子が置かれてあった。

 わたしは言われるがままそこへと向かい、失礼がないよう静かに座る。それに遅れて、スコッティオさんも席にゆっくりと座り、わたしを正面に見据え見つめてくる。

 そして、吐息をつきながら言った。


「本来であれば……ちゃんとした紹介状と身元引受人がいない者をこの屋敷で雇うことなど考えられないことです。言ってしまえば、これは特例もいいところなの。そのことは理解なさい。いいですね?」

「あ、はい……そのことについては、本当に感謝の気持ちで一杯です」

 わたしの返事に対し、スコッティオさんは満足げに深く頷いている。


「この屋敷の中には、それだけ高価なモノが沢山あるのもその理由のひとつですが。そればかりではありませんよ。その辺りも勿論、ちゃんと分かっていますね?」

「え、と……申し訳ありませんが、それがよくわからないのです。どういう意味なのでしょうかぁ? それに……このお屋敷はどなた様の持ち物なのでしょうかぁ?」


「…………」

 わたしの今の問いを耳にするなり、スコッティオさんはこの上ないくらいに呆れ顔を見せ、頭を抱え込んでいた。


「それじゃあ~なんだい。アンタはまさか、この屋敷のことを何も知らずに、誰にも聞かずに来たって言うのかい?」

「え? えぇ……」

 だって、そんなこと誰も教えてくれなかったし。面接の条件にそんなことはなかったもの。とはいえ……流石にこの質問は拙かったのかなぁ? いま聞くんじゃなかったかなぁ~……。


 わたしはそう後悔しながら、内心でため息をつき、表面上は笑顔を向けた。でも残念ながらそれは苦笑いにしかならなかったけどね?

 スコッティオさんはそんなわたしのことを呆れ顔に見つめ、厳しい表情を向けてくる。


「これから自分が勤めようとする屋敷のことを事前に調べて来るのは。私からすれば、当然の心構えだと思うよ。それをメル、お前はして来なかった。

これは、間違いなく減点の対象だね」

「減点……? ちょっと待ってください! そんなこと、急に言われても……」

 わたしは驚き、立ち上がり気味に抗議しようとした。


「お待ちなさい! 今、お前はこの私に対し、口答えをしようとしたね? 更に減点1だ」

「そ、そんな……!」

 なんだかこれじゃ、初めからわたしのことを採用する気がないとしか思えない。わたしには、そう思えた。


 不満げなわたしの顔を、スコッティオさんはしばらく黙って見つめ、小さく吐息をつき口を開く。


「……勘違いするんじゃないよ。私は誰に対してもこういう面接のやり方なんだ。納得出来ないというのなら、今すぐに出て行くがいいさ。私は、それでも一向に構わないからね。

メル、お前がこれから働こうとしているハウスメイドという仕事は。規律・礼儀・謙虚な心……そして常に相手を立て重んじる気持ちが、先ずは何よりも大切な仕事なんだよ。私は、そういった点で適正のない子をこの場で遠慮なく振り落としているのさ。

その方が、その子の為だと思っているからねぇ。

適正もないのに、何年もここで無駄に時を過ごすよりかは、余程その子にとってもいい筈だよ。限られた人生を、有意義に過ごすことはとても大事なことだろうさ。

メル、お前もそうは思わないかい? 少なくとも私はそう信じ、ずっとこれまでこの方法でやって来たんだ。

分かるね?」


「いいえ、まるでわからないわ!」

 わたしはスコッティオさんが驚き呆れるくらいにそう言い切り、更にこう繋げた。

「そんなの! そもそも……こんな短時間の面接だけで、分かる筈がないのではないでしょうか?」


 適正があるかないかなんて、実際に使ってみなくては判断なんてつく筈がないと思う!

 わたしには、スコッティオさんの言うことがどうしても納得出来なかった。そりゃあ、部分的には理解出来るところもあったけれど……それでも、減点とか理不尽にしか思えなかった。


 わたしは不満げに目を背け、横目にスコッティオさんを見る。

 そんなわたしを、スコッティオさんは呆れ顔に見つめていたが……。


「……まあいいでしょう。お前が言う通り、それもまた道理というものです。今回ばかりは多めに見て、減点は白紙に一旦戻します。

それならば、納得は出来るかい?」

「あ……ありがとうございます!」

 わたしは身を乗り出すようにしてお礼を言った。


「まったくお前は……本当におかしな、しかも現金な子だよ」

 スコッティオさんは呆れ顔にそう言い、それから次に真剣は表情に変え口を開いた。


「だけど、さっき私が言ったことは今後しっかりと肝に銘じて置きなさい。

いいね? 二度目はないんだよ」

「……わかりました。スコッティオさん」


 わたしの返事を聞いたあと、スコッティオさんは椅子に深く座り直し、次に思案顔を見せ「案外、思っていたほど……馬鹿な子では無さそうだ。器量も…悪くはないし……ふむ」とこちらを観察しながら零している。

 わたしには、その言葉がよく聞こえなかった。


「ともかく……私は、お前のことをまだ何も知りやしない。そんな者をこの屋敷でこのまま使う訳にはいかないからねぇ~……。

先ずはそうだね。自分の出生と、簡単な略歴だけでいいよ。詳しい所はアンタが居た孤児院へ使いを出し、こちらで勝手に調べさせて貰います。

あとは、そうだね……ああ、そうだ。『何故ここの屋敷のメイドになりたいと思って訪ねたのか?』その経緯を出来るだけ丁寧に判り易く言って御覧なさい。

いいね? 

これで少しは、お前がどういった子なのか理解出来るかもしれない」

「自分の出生を……丁寧に…ですか?」

 わたしはそのことに対し、気鬱な気分になる。


「あのぅー……それは、どうしても話さないとダメなんですかぁ?」


 スコッティオさんは呆れ顔でわたしのことを頬杖ついて半眼に見つめてくる。

「お前は、当たり前のことを何度この私に言わせれば気が済むんだろうねぇ~?」

「……」

 これはどうしても言う他なさそうだ。


 でも正直なことをいうと……わたしは余り、自分の過去のことを話したくはなかった。知らないことも多かったし、マーサから聞かされた事実だけを並べ立ててみると、余り認めたくはない現実がどうしても想像出来てしまう。だけど話さなければ、スコッティオさんはきっと納得してくれないのだろう……。


 そうね……スコッティオさんは、わたしがどういう人間なのかを知りたいようなことを言っていた。そう繋がるように、一つ一つ丁寧にわたしが知る限りの出生について、淡々と話せばいい。とにかく無心に何も考えず、あとは孤児院でのいい思い出だけを最後に語れば、きっと幸せな気分で終われると思う。


 わたしはそう心に決め、勇気を振り絞り大きく深呼吸をし、口を開くことに決めた――。


  ◇ ◇ ◇


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