《第4話》

はじめての面接(1)

 わたしを乗せた馬車は、屋敷の正面から屋敷の裏手へと進み、そこで止まった。そこには、一人のハウスメイドが腰に両手を添え待ち構えていて。このわたしの方を、遠目で不愉快気に見つめている。

 わたしは、そのメイドの人の様子に思わず肩をすくめ困り顔をした。


「さあ、どうぞ。ここでお降りなさい」

「あ、はい……」


「あとは、そこのメイドが色々と教えてくれる筈だから。その指示に素直に従えばいいので、何も心配は要らんよ。その様に緊張することは何一つないのだからね。

まあ思う存分、頑張ってきなされ」

「あ、はいっ! あのぅ~……」


「ん? どうかなさったかな?」

「ここまで、本当にありがとうございました! 感謝します♪」

 わたしが頭を下げ笑顔でお礼をすると、騎手のおじいさんは又しても愉快そうに高笑い、そのまま屋敷の奥へと馬車を走らせていった。


 それを静かに見送ったあと。わたしは呼吸を整え、屋敷の方へ勇気をもって振り向く。

 屋敷は、本当に大きく首が痛くなるほどに背も高く奥行きも相当にある様だった。正面には、とても立派な庭園まで見えたし、これは並大抵の方のお屋敷ではないような気がする。州都にも元・貴族様のお屋敷はあったけど、こんなにも大きくはなかったし、このお屋敷に比べたら貧相にすら思えてしまう。


「ちょっと、アンタ! 早くこっちへ来いよ。時間がないんだからな!」

「え? あ、はい!」


 わたしよりも幾つか年上のメイドの人に呼ばれ、付いて行くと。屋敷の裏手にある扉から中へと入り、その場でいきなりわたしは服を脱がされ、あっという間に下着姿にされてしまった。


「――ちょっ!? イキナリ、なにをするんですかぁあー?」

 わたしは頬を真っ赤に染め抗議する。


じゃない! こんな泥まみれに汚れた服のまま屋敷の中へ入れる訳にはいかないだろう? だから、この私がアンタの服をこれから洗って上やるんだよ。むしろ感謝して貰っても良いくらいなんだぞっ!!

ただでさえこの馬鹿忙しい時間帯に余計な手間掛けさせておいて、何だよ……まったく。

それから、ホラ! あっちの大きなタライにお湯を入れてあるから、そこで体を洗いな! 

いい?」

「ん、ぅん……」


「替えの服も近くに置いてあるから、自分で着替える! アンタの体系に近い寸法の服を数点そこに用意して置いてあるから。自分で選んで、自分で着て、それが全て終わったら私のところへ直ぐに来る! 

いい?

分かったら、速やかにハッキリと返事をする!」

「あ、ハイ!!」


 そのメイドの人が言った方を見ると、他の人から覗かれないように仕切りがちゃんとされてあって、服も言う通り近くに折り畳んで山積みに置いてあった。

 スコッティオさんとの約束があったとはいえ、急に押し掛けた身の上としては、気の毒にさえ思えてしまう程に……。


「あ、あのぅ……」

「ン?」

 わたしは、そのまま汚れた服を両手に抱え外へ出て行こうとするそのメイドの人を呼び止めたのだ。


「ありがとうございます」

「……いや、いいよ♪」

 その人は、わたしがお礼をするとは思ってもみなかったらしく。意外そうな様子を浮かべたあと、次に人懐っこそうな笑顔をひとつ見せ。それから口笛を吹きながら気分もよさそうに扉を開け外へと出て行った。


 思っていたより……いい人なのかもしれない。


 わたしは、その人を静かに見送ると吐息をひとつつき。早速、下着を脱いで体を洗うことにする。

 用意されていた服は、メイド服かと思えばそういうのばかりではなくて。普通よりも上等な服も用意されていた。どうにか合う服を選んでは見たものの……着慣れないひらひらの飾りが何だか気になって仕方がない。何の為に、こんなにもキラキラ光るモノが沢山付いているのか、わたしには意味が分からなかった。

 あとで聞いた話によると、わたしに合う様な適当な服がこれしかなかったらしい。まあ、贅沢は言えないものね?



 屋敷の裏手から屋敷の内へは、鍵付きの二重扉を開けることでそのまま屋敷内へ入ることが出来た。わたしは、案内されるがまま屋敷の中央階段を上り、二階のフロアに向かっていた。

 その階段を上る途中で、そのメイドの人がこの私にそっと語りかけて来る。


「アンタ……ここのメイドになるつもりで来た、って話……本当なの?」

「……」

 その人の様子や口調が不機嫌そうだったので、わたしは少しだけ悩んだけど「……はい」と素直に答えることにした。

 だって、本当のことだから。

 それで、その人は怒って来るのかと心配したけど。そのまま何も言われることなく二階まで上がり切った。


「この先のあの扉の向こうの部屋に、スコッティオ様がいらっしゃるから。くれぐれも失礼がないようになさい。いい?」

「分かりました。可能な限り、気をつけるようにします!」


 そのメイドの人は、わたしの言葉を聞くなり、なんとも驚いた表情を見せたあと「可能な限り、ねぇ……」と半眼の呆れ顔を見せ、それから軽く吐息をついていた。

 わたしはそれで我慢ならなくなり、思わず聞いてしまう。


「実は、わたし! ちょっと調子に乗ってしまうと、余計なおしゃべりをしたり。うっかりすると、暴言を吐いたりするみたいなんです! 

今日も、この屋敷の衛兵の人たちとそれで口喧嘩しちゃったしね……?

またそれを、スコッティオさんの前でやってしまわないかとそれだけが凄く心配で……」


 わたしのそんな不安な言葉を耳にすると、そのメイドの人は目を真ん丸くし、今度は困り顔を見せ。それからため息と共に肩を竦ませ、そのまま何も言わずに階段を下りていく。

 てっきり、扉のこちら側で待機してくれるのかと思っていたのに、そうではなかったらしい。少々、残念な気持ちになる。

 それに、思っていたよりも心寂しく感じるほど反応も寂しい感じだった……。


 なんでもいいから、一言くらい声を掛けて欲しかったのになぁ~。


 わたしは、その場でため息を軽く付いて、それから仕方なく、スコッティオさんが居るらしい扉へと体を向け勇気を振り絞り歩き出そうとする。が、


「面接……大変かも知れないけど、受かるといいね。

アナタの上に、女神様からの幸運が降ることを影ながら祈っておくことにするよ♪」

 そのメイドの人が、急に半身だけ振り返り、凄く明るい笑顔を向けそう言ってくれた。


「――あ、あの! 待ってください!!」

 わたしは、再び階段を下りて行こうとするそのメイドの人を思わず呼び止め口を開いていた。


「わたしは、州都アルデバルの近くにある孤児院から来たメル・シャメールといいます! こんな私なんかに、ここでの勤めが本当に果たせるものなのでしょうか?」

「……」

 わたしのそんな思ってもみない問いに対し、その人は一瞬驚いた表情を見せていたけど。間もなくクスリと愛嬌よく笑い、わたしの方へ今度は体ごと勢いよく振り返り胸元の手を添えながら、こう言った。


「私の名前は、ジェシー・クライン! みんなからは、J・Cって愛称で呼ばれているわ。

こう見えても、私の家は元・貴族で。私は、親から言われるがまま、強引にここのメイドにされてしまった。礼節と教養を身につけるのを名目にね? 

その甲斐は、自分でも呆れるくらいに全くといっていいほど無いに等しいんだけどさ♪

そんな私が言うのも何だけど。これからの時代は、生まれでも教養だけでもない、そう思ってる。教養は当然に必要で、それ自体が大切なのはどんなに時代が変わろうとも揺るがないんだろうけど。そればかりじゃ、意味がない、っていうこと。

この違いの意味、あなたには分かる?」


 わたしがそこで肩を竦め『よく分からない』って仕草をすると。J・Cも同じく、肩を竦めてから『実は私も、よくは分からないんだけどね?』って表情を明るく見せ肩をすくめたあと、再びこう繋げてきた。


「つまりね、自分自身がどう在りたいか、どう生きたいかなんだと私は考え、そう信じ思ってる!

アナタはここのメイドになりたくて、自分の足でここまで苦労して歩いて来たんだろう? それで靴まで無くしたんだよな?」

「え? あ、はぃ!」


「だったら! 自分自身にもっと、自信を持ちなさい。封建制から共和制の今となっては、出生なんてもの、これからの時代関係ないんだからね。

いい?」 


 わたしがそれに対し、静かにコクリと頷くのを確認すると。J・Cは、また笑顔を見せてくれた。

「よーし、良い答えだ! じゃあードーン!と胸を張って頑張って来な♪」


 J・C の言葉は、この時のわたしの心にとてもよく響いた。

 州都アルデバルからここまでの道のりは、決して無駄ではなかったと今になって思えてくる。あの苦労に比べたら、これからの困難なんて楽なものだと思えるくらいに感じられたからだ。


 靴については……自業自得なんだけどね?


 それにしても……元・貴族の令嬢をただのメイドとして使うなんて。このお屋敷は、つくづく普通とは何か違っているような気が……?

 いや!

 今はそんなこと、どうでもいい。J・Cが言った通りなんだと思うもの!


 わたしは、そこで再びスコッティオさんが居る執務室を見つめ、確かな足取りで向かっていった。



  ◇ ◇ ◇


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