ミドリムシ.02

 ――大気を震わせる砲撃音。

 二人の会話は、唐突に終わりを告げる。


「な、なんの音?」

「おっと! 始めやがったか!」


 その爆音に、カタナもすかさず跳ね起きて音のする方角を凝視する。

 爆音は止むことなく大気を揺らし続け、二人の居るビル壁面にも亀裂が走った。


「あれが昨日リーゼが言ってたやつか」

「あなた、すごく目がいいのね――」


 その方角を眺め、カタナが目を見開く。

 リーゼもカタナと同様、目を細めてその方角を眺めたが、すぐに諦めて壁面に立てかけてあった望遠鏡を掴んで覗き込む。


「――うえっ!」 


 その望遠鏡の先、その先の光景にリーゼは息を呑む。

 まず見えたのは青い空を覆い尽くす程の数のユニオン艦隊。それと同時。嫌でも目に飛び込んでくる無数の物体――。

 艦隊の周囲に虫のように群がり、艦隊の装甲を食い破って取り付いていく、戦闘用ドローンの群れだ。そして、そのドローンの姿にリーゼは見覚えがあった。


「どうした? なんか顔色悪いぞ?」

「う、うん……大丈夫。うう、嫌なもの見ちゃったわ」


 あからさまに嫌そうな顔を見せたリーゼに、カタナが声をかける。リーゼは眉間に指を当てて唸った後、ふう――と溜め息をついて再度その方角に目を向けた。


「あのドローン。基幹艦隊にまで襲いかかるなんて、本当に見境ないのね!」


 そう言って心底嫌そうな顔を見せるリーゼ。無理もない。今彼女の眼前で艦隊に襲いかかる無数のドローンこそ、彼女の乗った船に襲いかかり、沈没させた張本人――。


 ――半年前、コロニーに眠る未知の技術を求めて意気揚々とやってきたリーゼ。

 その彼女の行く手を阻んだものこそ、今コロニー上空で艦隊に襲いかかっているドローンだ。

 当時、持ちうる限りの装備で襲い来るドローンに対抗したリーゼ。だが、彼女の奮戦も虚しく船は沈没。なんとかドローンの防衛範囲からは離脱したものの、リーゼは貴重な機材や機器を船外に運び出すまでが精一杯。

 長距離移動可能な船を失った彼女は、座礁していた船を自力で修理し、少しずつ改造しながらこの廃墟でサバイバル生活を余儀なくされた。


 リーゼの視線の先では、既に艦隊前衛の何隻かが黒煙を上げて後退を開始している。艦隊とドローンの緒戦は互角。むしろ、ドローン側が優勢にすら見えた。


「見た感じ、あいつらもあれを突破するのはきつそうだな」

「こんなに沢山……今まで一体どこにいたの?」


 コロニー中央上空の空を真っ黒に塗り潰す大量のドローン。まるで、屍肉に群がる蝿だ。その光景にリーゼは戦慄する。


「ね、ねえカタナ! あのドローンって今はユニオンと戦ってるけど、私達だって近づけば襲われるのよ? その時はどうするの?」

「ああ、その辺は大丈夫だ」


 リーゼの当然の疑問に、カタナは自信に満ちた表情で言った。


「あいつらは俺達、というか俺は襲わない。たぶんな」

「……それ、信じていいの? たぶんとか、物凄く不安なんですけど?」


 望遠鏡を元の位置に立てかけながら、リーゼはジト目でカタナを追う。 


「昨日言っただろ? 約束したんだよ。あのコロニーの中に居る子供を、絶対に外に連れ出すってな」


 カタナはそう言って、虚空に向かって拳を突き出す。


「あいつは俺を待ってるって言ってた。よくわかんねえけど、あのドローンだって俺の仲間みたいなもんだろ!」

「ちょ、ちょっと! 仲間って、いくらなんでも楽観的すぎない?」

「気にすんな! 俺に任せとけって!」


 力説するカタナを尻目に、脱力した表情で顔を振るリーゼ。あまりにも根拠のないカタナの物言い。そもそも彼女からしてみれば、よくそんな約束を理由に、命を賭けられるものだと半ば関心してしまうほどだ。


「なんだか……あなたが任せとけ! って言う度に不安になってくるんだけど……」

「まーまー! 行けばわかるって!」


 カタナはリーゼの肩をぽんぽんと叩き、後ろ手に手を振って、再びミドリムシとの対話に取り組み始める。


「俺はここいらのミドリムシと話してみる。リーゼも昨日言ってたやつ、よろしくな!」


 リーゼはカタナの言葉に嘆息するが、カタナの言うとおり、コロニー中枢へと向かうための準備時間は必要だった。 


「あなたの約束もそうだけど、私との約束も忘れないでよ!」

「わかってるって!」


 ミドリムシの勧誘を始めたカタナの背に向かってリーゼが言う。その言葉に、カタナも手を振って応えた。


 昨晩、カタナの目的を聞いたリーゼは、彼に対してお互いに協力しないかと持ちかけた。そして、カタナはその提案を快諾した。

 リーゼの目的は当然、いまは失われた93番コロニーの技術だ。彼女が聞いた話によれば、このコロニーが放棄された本当の理由は、決して技術で劣っていたからではない。むしろ事実はその逆――93番コロニーの技術は、既に世界を滅ぼしかねない程に進化しており、その力を恐れたコロニーの住民達が、自らその技術とともにコロニーを放棄したのだという。もしそれが本当であれば、その技術の価値は計り知れない。


 そして、カタナの目的は先程彼自身が口にした。コロニー内部に居るという子供を見つけ出し、助け出すこと。だが、このコロニーが放棄されたのは、リーゼの調査によると丁度百年前だ、百年もの間、ずっとその子はコロニーで待っているというのだろうか?


(私は技術が手に入りさえすればいいけど……本当にそんな子がいるの?)


 リーゼはカタナの背を見つめる。やはり、そうに簡単に信じられる話ではない。

 全球凍結の溶解が完了し、人類が再び地上に進出可能となったのは、このコロニーが放棄されたのとほぼ同じ百年前である。

 当時、未だ世界に覇を唱えるような勢力は存在せず、各コロニーは新しい環境に適応するのに必死だったはず。

 だが、なぜかこのコロニーの住民達は五百年もの間必死に生き、育んできた我が家と技術を、最も過酷なそのタイミングで放棄した――。


 このコロニーにまつわる謎めいた記録は、リーゼの知的好奇心を大いに刺激し、彼女に大きなリスクを取らせる原動力ともなっていた。


  ◆     ◆     ◆

 

 コロニー上空で繰り広げられるユニオン艦隊とドローンの戦いは、より一層激しさを増していく。リーゼは最後に一度「またあとでね」とカタナに声をかけると、踵を返して屋上からビル下層の作業場へと降りていった――。


 廃ビルの下層部には、リーゼがコツコツと拾い上げ、丁寧に整備した機器の数々が積み上げられている。リーゼはこの薄暗い下層部に、独力で様々な機器を整備出来る作業場を作り出し、雌伏の時を過ごしていた。


 中央の桟橋には、昨晩カタナを助けた錆びだらけのクレーン船。そして、天井から伸びるアームに繋がれた巨大な人型の影――。


「さあ! もうすぐあなたの出番よ! 腕が鳴るわ!」 


 自らの出番を待つかのようなその機影。リーゼは腕組みをして不敵な笑みを浮かべと、彼らの最終調整にとりかかるのであった――。

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