緑光の少年.02

「反応、消失しました!」


 巨大なスクリーンから複数の光点が消滅。端末からの反射光に青く照らされたブリッジクルーの表情に、ようやく安堵の色が浮かぶ。


「状況を確認する。高速艇をだせ」


 中央に座る壮年の男が、ゆるんだ空気を引き締めるように指示を飛ばした。 


「ニンジャを仕留めたとなれば、キアラン提督の名は軍事教科書にのりますな」


 キアランと呼ばれた壮年の男の横に立つ、神経質そうな若い男が口を開く。


「……やつを休ませず、常に戦闘データを送り続けた先遣隊の働きが全てだ」


 キアランは溜息をついて椅子に深く腰かけると、表情を曇らせた。


「先遣隊所属の艦艇、及び六名の適応者は全滅です。奇跡的に死者は出ていないようですが、大きな損害が――」


 副官の男は手元のボードに視線を落として淡々と損害を報告する。もういいとばかりにその報告を静止すると、キアランは再度ブリッジの乗員達に指示を出した。


「調査に向かう高速艇に伝えろ。深追いはするな。やつが反撃してこないことを確認できればいい」 


 立ち上がるキアラン。彼は険しい表情のまま、備えられた通信機器に向かう。


『総員集中! 我々の目的は、あくまで93番コロニーの調査と最重要目標の確保である! 最大の難敵であったニンジャを打倒したいま、我が艦隊の勅命遂行を阻む者はいない! 高速艇が帰還次第、すみやかにコロニーへの上陸を開始する!』


 広大な夜空。総勢五百隻を超える大艦隊に、勇壮な声が響いた――。


  ◆     ◆     ◆

 

 数百年前。突如として地球を襲った全球凍結。


 この危機から逃れるべく、人類は地下深くに建造したコロニーへと移住。結論から言えば、人類は絶滅を免れることには成功する。

 しかし、地下へと潜った人々は、お互いに連絡を取ることも、行き来することも出来ないまま、長い年月を過ごすことになる。


 そして、全球凍結が終わり、地上へと帰還した人類を待っていたのは、終わりなき戦乱だった。

 数百年にも及んだ別離による価値観の齟齬は、もはや修復不可能な領域にまで及んでいたのだ。


 雲海の狭間。重苦しい飛行音と共に、無数にはためく黄金の戦旗。彼らの名はユニオン。100年にわたって続いた戦乱を終わらせ、現世界最大の版図を持つ覇権国家。


 雲海を進む無数の艦艇。そして、その眼下にそびえ立つ廃ビル群と、彼らの行く手に浮かび上がる巨大な塔の影。

 すでに、彼らの目的地は眼と鼻の先にまで迫っていたのであった――。


  ◆     ◆     ◆


「そろそろ起きるかな?」

 

 暖色のランプに照らされたガラクタ置き場。

 真鍮製のパイプに腰掛け、湯気の立ち昇るコップにちびちびと口をつけながら、赤髪の少女が呟く。

 細身で小柄なその少女が、この廃墟で半年もの間、たった一人で生き抜いていると知れば、間違いなくそれを知った全員が驚愕するだろう。


 ――彼女の名はアンネリーゼ・ロッテ。

 彼女はとある事情によって乗ってきた船を失い、この廃墟へと流れ着いた漂流者だ。それ以降、彼女はコロニー周辺に残るガラクタを引き上げ、修理して生活する日々を送っている。

 そして今夜。彼女が海から引き上げた『それ』は、些か変わり種であった――。


 ゆっくりとコップの湯を飲みながら、リーゼは目の前に横たわる少年を観察する。

 かなりの衝撃を受けたのだろう。身に着けた装備品は激しく破損し、全身はボロボロ。よく見れば、通信機器であったり、照明装置であったりするような物を身に着けている気配はするが、流石にここまで壊れていては使いものにならない。 


「あとはこの、変な棒きれだけ――」


 少年の左手には黒い板状の物体が握られている。決して放さなかったので、余程大事な物なのかもしれない。


「――他に使えそうな物は持ってないわね」


 頬杖とともに溜息をもらすリーゼ。改めて観察してみても、今夜引き上げたこの少年は、彼女にとって徒労以外の何物でも無かった――。


  ◆     ◆     ◆


「……うん?」

「あ、起きた?」


 用意した湯がぬるくなり始めた頃。少年は小さな呻き声と共に目を覚ました。


「おはよ。私の名前はアンネリーゼ。リーゼでいいわよ」

「――あんたが、助けてくれたのか?」 


 少年の目覚めを確認したリーゼは、まじまじとその顔を見ながら挨拶する。

 少年もまた、リーゼの声にすかさず挨拶を返した。どうやら、見た目ほど彼の傷は深くないようだ。


「んー……それを決めるのはこれからなの。ちょっと失礼!」

「んん?」


 言うと、リーゼは少年の目の前で腰のホルスターから小型の拳銃を抜き放つ。

 突然のリーゼの行動に驚いた少年は、咄嗟に避けようとして気付く。自身の体が、頑丈な金属製の鎖で何十にも拘束にされていることに――。

 ――室内に乾いた発砲音が響く。リーゼの手に握られた拳銃の銃口からは、硝煙が垂直に立ち昇っていた。


「――うん。やっぱり駄目ね」


 リーゼは幼さの残るその顔に、なにやら納得したような表情を浮かべた。その視線は少年の鼻先――。

 彼女が撃った弾丸は、その全てが少年の眼前で静止。固定されている。


「お、おい! いきなり撃つな! ってかこの鎖をなんとかしろ!」

「――寝てる時は駄目で、起きていても駄目――自律式ってこと?」

「こいつ全然聞いてねえ!?」


 思案にふけるリーゼの耳には、少年の必死の叫びも届かない。彼女は腕組みをしてしばらく何事かを考えたあと、少年に向かって尋ねる。


「――あなた、名前は?」

「カタナだ!」


 這いずりながら、少年は自らをカタナと名乗る。当然だが、彼の顔には強い不満の色が浮かんでいた。


「ふむふむ。カタナ……ね」


 名前を確認したリーゼは、つかつかと拘束されたカタナに歩み寄る。

 そしてカタナの眼前でしゃがみ込み、空中で静止した三発の弾丸を興味深げに眺めると、その弾丸を指先でつついて見せた。

 よく見れば、その弾丸の周囲には緑色の光が弱々しく灯っている。


「ねえカタナ、この光――何?」


 しゃがんだままカタナの方に顔を向け、リーゼは尋ねる。彼女のその大きな栗色の瞳には、ありありと知的好奇心の光が輝いていた。


「私ね、あなたを拾ってからいままで、色んな方法であなたに止めを刺そうと頑張ったのよ。だって、もしあなたが悪人で、目が覚めたあとに襲われたら危ないでしょ?」

「……まあな」


 カタナは渋い顔で頷く。


「でもぜーんぶ駄目! 水圧砲とか、ノコギリとかハンマーとか、火炎放射器も全部駄目! あなた、本当に人間?」

「お前、まさかそれ全部試したのかよ……」


 げっそりとした顔で青ざめるカタナ。

 その間も、リーゼは身振り手振りを交え、いかに自分がカタナを殺そうと試行錯誤したのかを力説する。


「それでね? どうやっても無理だったから、いいこと考えたの!」


 再びカタナの方に向き直ると、勝ち誇ったように満面の笑みを浮かべるリーゼ。

 彼女は突然カタナの鼻先に指先をぐいと押しつけ、言い放った。


「交換条件よ! その光について教えてくれるなら、あなたを助けてあげるわ!」 

「い、嫌だって言ったらどうなんだよ!?」


 リーゼの提案に、カタナはあからさまに不満気な声を上げる。


「うーん、その時はそうね……きっと私じゃなくて、深海魚に助けてもらうことになるわね」

「深海魚……」


 リーゼは視線をすぐ横にある室内に引きこまれた海面へと向ける。そして大げさに悲しみの表情を浮かべると、肩をすくめて顔を左右に振った。彼女つられ、海面に目を向けていたカタナも、同時にうんざりとした顔で呻く。

 例え恩人相手であったとしても、自身の保有する知識や技術については秘匿するのが一般的だ。特に技術知識に関しては、それだけで自身の命を奪わせない保険にすらなる。

 だがカタナは、いまの自分の姿と、目の前でらんらんと目を輝かせる少女を見比べ、一度溜息をついてから口を開いた。


「――わかったよ! なんでも聞いてくれ!」

「いやったぁ!」


 その言葉に、リーゼはその場で小躍りし、喜々としてカタナの拘束を解いていく。


「別に……こんな面倒なことしなくても、聞いてくれれば答えたよ!」

「え? そうなの? それならそうと先に言ってよ!」

「俺は気絶してただろ!」


 カタナは抗議の声を上げ、未だ自由にならない体で力の限り憤りを表す。リーゼはそんなカタナの様子も意に介さず、にこにこと笑みを浮かべ、テキパキとカタナの拘束を解除した。 


「でも、あなたが話のわかる人で本当に良かった! もし断られたら、この部屋ごと爆破するつもりだったから!」

「そ、そっか……そいつはよかった……」


 無邪気な笑顔で明かされるリーゼの恐るべき告白。その笑顔と告白に、カタナは自分のとった作戦――。


『死んだふりをしてユニオンをやり過ごす作戦』


 が、大失敗だったことを今更ながらに痛感するのであった――。


  ◆     ◆     ◆


 ――少しあと。先程のガラクタ置き場。

 リーゼはカタナの目の前に食料を広げ、どこから調達したのか、改めて用意した一人用のふかふかなソファーに満面の笑みで座っている。


「これでよしっと! 聞きたいことは山程あるの! 全部聞くまで寝かせないからね!」

「お、おう……」


 にこやかに笑いかけるリーゼとは対照的に、カタナは傷だらけの顔にげっそりとした表情を浮かべ、力なく頷いた――。

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