第五話 ガウガメラの戦い4(神戸北部VS姫路)

「メンあり!」

 三人の審判は同時に白い旗を当てた。

 真正面、しかもど真ん中に決められたメン。綺麗な剣筋。

 まさか全国でもそこそこの名を知られている冴長が素人に負けるとは思わなかった。話に聞けば、その相手が剣道をしたのは今日が初めてらしい。

 だからその彼女は竹刀の持ち方すらも今日まで知らなったはず。そんな彼女にあっさりと負けてしまった。

「恐ろしい奴やな」

 それは冴長の全ての鳥肌を立てても足りないぐらいの怖さだった。

「間違いなく天神さんは天才や」

 それが初めて天神と出会った時の感想だった。


「というわけで本来なら天神さんが騎手の時なら負ける。勝てるわけない」

 しかし! と野上三姉妹の方にズバリと指を差す。

「今日は違う! 騎手は川之江や! これは勝ち目あるぞ」

 そしてグハハと声をあげて笑う。恐らくこれは100メートル先で騎馬の準備をしている天神達にも聞こえているだろう。

「アホ」「馬鹿」「冴長」

 それを見た野上三姉妹は冷ややかな目をしながらそう言う。

「ちょっと! 最後だけうちのことやんけ!」

「いや全部冴長のことだから」「そうだぞ」「冴長のことをちゃんと表現できる的確な言葉」

「君たちはツンデレやからあえて逆を言っているんやな」

「……」「……」「はぁと二人の姉さん分の大きな溜息を吐いてみる」

 それも冗談だと勘違いをしている彼女は笑って見る。

「それよりも作戦」「作戦は大事」「勝敗を握る」

「おっ、そうやな。まぁ、基本SNAFUでいくわ」

 いつも通り滅茶苦茶な事態。つまり行き当たりばったり。簡単に言うと作戦などないということを指していた。冴長の騎馬達は作戦なしで戦うことがほとんどだ。というより冴長自身そういった考え事が苦手で頭を働かせることが出来ない。

 それでもチームトップレベルの成績に立てるのは彼女達の機動性のよさ、臨機応変な行動が出来るからである。

「まぁ作戦は一つある」

「おぉ、珍しい!」「明日雪が降る」「明日淡路島が消滅する」

 この発言は野上三姉妹からすれば意外なことだった。今まで作戦など立てたことのない冴長がきちんと考えている。これは三姉妹の中で誰も予測していないこと。だから少々彼女達は戸惑っている。

「まぁ、たった今思いついたことやけど」

「それでもビックリ」「意外」「既にSNAFU」

「なんか失礼な奴らやな」

 そして三人は冴長の左頬、右頬、両耳たぶを抓る。

「……一体何をやっているんや」

「本物確認」「変装した怪盗かも」「本物の冴長を返せ」

「あぁもう! うちは本物やから!」

 その三人を思いっきり振りきる。そして彼女はハァハァと息を切らした。

「いい? 天神さんは自分以外の人を怪我させたくないと思っている優しい人や。それを利用するんや」

「そう言うと?」「まさか脅し?」「それ脅迫罪」

「ちゃうわ。ただ単純にそのまま真っ直ぐぶつかりに行く。それだけや。最悪うちを投げてもかまわへん。うちが怪我する覚悟で相手の騎馬を倒すんや。特攻作戦やな」

「つまり冴長が犠牲になると?」「よっしゃ!」「遠慮なく」

「あんたらにとってのうちの存在ってなんや」

 取りあえず彼女は目の前にいた亜子をペシッと殴る。

「まぁ、あんたらはうちについて来ればええんや。それだけで勝てる」

「知っている」「分かっている」「負ける気しない」

 強気の姿を見せた冴長だったが、それでも心の奥には不安があった。相手は真の天才である天神。本来ならこのチームにいるはずではない人物だ。

「はい? 作戦は全て私に任せる……ですか?」

 そのころ、冴長の真正面にいる天神陣営も同じように作戦会議を行っていた。

「そうです。だって今回の騎馬隊長は川之江さんでしょ?」

 天神から言い渡された作戦というのは、全て川之江に任せるという大胆なものだった。

「いやいや……だってこれは天神さんがリードをして私を勝たせる練習じゃ……」

「そうですね。だから土台は私に任せてください。崩れる前に逃げますから。だけどそれ以外の作戦は全て川之江さんに任せます」

「いや、そんなの」

「それじゃ、誰が向こうの騎馬を崩すのですか?」

 天神が鋭く切り裂いたその言葉に対して反論することはできない。

 それは正論だったからだ。騎馬戦のルール上、土台の人が相手に攻撃をすることが出来ない。それをやったら反則で試合自体が無効……または不戦扱いにされてしまう。つまり騎馬を崩せるのは騎手しかいないのだ。

「それに……どうせ相手は私が作戦を考えると思っていますよ。だから冴長さんとか私対策をしてくるでしょうね。だからこそこの作戦は川之江さんが決めた方がいいのです。私達騎馬は精々ルール違反にならないように頑張るしかないのです」

 もう天神は相手がどのように攻撃をしてくるのかということはお見通しだ。

「でも、私はそんなことを考えれるような……」

「前に進むのも、後退するのも立派な作戦。難しいことは考えてはダメです」

 彼女は赤い鉢巻きを川之江に渡した。何度も何度も繰り返し洗ったせいかその鉢巻きの色はサーモンピンクのような色に落ちていた。

 これは大将の証。県大会ではこの赤色の鉢巻きをつけないといけない。

 それをそっと受け取る。そして川之江は慎重に結んだ。

「頼みましたよ。大将」

 そして天神は満面の笑みを浮かべた。

 とキンコンカンコンとチャイムが鳴る。このグラウンドは学校ではない。その為、このチャイムというのは授業の終わりを知らせるというよりも一時間に一回鳴る時報のようなものだ。

 時計は5時をさしている。試合約束時刻だ。冴長の騎馬は既に準備できておりいつでも試合が出来る状態。

「それじゃ行きましょうか」

 天神達も騎馬を作り始めることに。

「いい? 今回は相手を殺してまででも勝ちにいくよ!」

「了解」「勿論」「全力」

 冴長達の騎馬はゲートが開く馬のようにまだかまだかと待っている。何度も野上三姉妹がその場で足踏みなどをしていたせいで地面の土は剥げてしまっている。

「冴長殺害のチャンス」「事故で片づけられる」「しっかりしないと」

「アンタラ……」

 野上三姉妹はいつでも冴長を投げ飛ばす準備が出来ていた。これに対して少々怖いという感情が芽生えてくる。

 そしてスタータの三人がグラウンドの中央に立つ。とうとう試合が始まる時が来た。

 そして三人は旗をあげる。

「Fortune favors the bold」

 冴長はネイティブな発音でそう言う。幸運は勇敢なものを好む。これがこの英語の意味。いつも彼女達はこれを胸に戦っている。

 バサッと旗が降りた。その瞬間、冴長の騎馬は真っ直ぐ飛び出す。

(ストレートインや)

 冴長の頭に特別な思考とかそう言ったものはない。とにかく勝利。相手の騎馬を崩すために全力で走る。ただそれだけだった。

 速さにうりのある冴長達の騎馬はあっさりとハーフラインを超える。そして騎手の上にブルブルと震える川之江の姿がドンドンと近づいてくる。

(悪いな。うちはプライドのためにこれをやっているんや。だから勝つためには)

 しかしここでドクンと銃を撃たれたかのように激しく冴長の心臓は波打った。どうも相手の様子がおかしい。

 冴長は川之江の騎馬の方へ向かっている。それと同時に川之江も冴長の騎馬の方へ向かっている。

 これは当たり前のことだ。何もおかしいことない。騎馬戦なのだから。

 しかしどうも違和感があった。

 例えば、道路で80キロでぶつかろうとしている車があったとする。もしその車がいたらどうするか? そのまま80キロで走り続けるだろうか? 否。少しはブレーキを踏むはずだ。

 それと同じような状態だった。川之江の騎馬はブレーキを踏む気配がない。それどころかアクセルを全力で踏んでいた。

(あれ? 怪我を恐れて少し逃げの姿勢を取ると思ったのに)

 かと言ってここで作戦を変えるほど冴長は頭がよくない。

 だからそのまま川之江の騎馬に体当たりした。

「ウグッ」

 思わず声が漏れる。肩骨にひびが入ったのではないかと思うほど強い衝撃。といっても、このような痛みは毎回あることだ。だから数秒しないうちにその痛みは引いて行っていく。

 更に川之江は冴長の騎馬の上にのしかかる。これは冴長にとっては状況の悪いことだった。だから彼女は川之江の体を振りきる。体重の軽い川之江はあっさりと振り切ることが出来た。

 そしてそのまま後退。しかし川之江の騎馬はその冴長に果敢に攻撃をする。それを避けようと彼女はその騎馬の横側に進路変更。彼女達の右側を取り、そのまま体当たり。川之江ももう一度冴長の手をつかもうとする。

 しかしその前に冴長の騎馬は前に全力で走りだした。

 機動性抜群の冴長の騎馬なら川之江の騎馬は追いつかないだろう。川之江達の騎馬は彼女達を追うことなくその場でポツンと立っていた。

「ヤバイヨヤバイヨ」

「どこかの出川みたいになっているよ」「実際やばいけど」「ちょっと冴長の反応面白かったり」

 冴長の呼吸は乱れていた。

「SNAFU、SNAFU、SNAFU!」

 彼女は焦りながらそう言う。しかし顔は笑みに零れていた。滅茶苦茶な状況。それでも楽しい。

 冴長には二つの予想外があった。まず天神が真正面から全力で突撃させるとは思わなかった。少しぐらいブレーキを踏むと思っていたがそれは違った。

 二つ目に川之江がすぐさまに攻撃をしようとしたこと。全力で体当たりしたのは脅しの意味でもあった。しかしそれすらも無意味だった。

 そして彼女達は態勢を整え直すためにグラウンドの端っこまで走った。

「逃げられてしまいましたね」

「はい……」

 ポツンとグラウンドの隅で冴長の騎馬を見つめる川之江達。

「あの時、野上三姉妹の足の動きを見ていましたか?」

「いえ?」

「そうですよね。まず彼女達がこの騎馬と最初にぶつかったときには足をT字にしていました。これはT字守り言って……バドミントンでもこの姿勢を取ることが多いようですが……足を非常に安定させることができます。その欠点に騎馬戦では次の動作に移りにくいというものがあります。バドミントンはT字からシャトルを打つときに軽くジャンプをしてそのまま次のフットワークを取る。騎馬戦ではそれが出来ないですからね。そのためこれをやるのはよっぽど切羽詰まったときですかね。そして二度目の衝撃の時は足を八の形にしていました。これは手押し相撲とかでもよくやる形ですよね? 空手をやっている人はなんとなく分かるではないのでしょうか。サンチン立ちとかでやる形なので。元々、これは船の上で戦うために出来た立ち方で」

 とまたペラペラとしゃべりだす。川之江も北上も彼女は今すぐ実況席で解説する仕事についた方がいいと思ってしまう。

「彼女達はこのフットワークが上手かったですね。後、一歩後ろへ下がってそののちに側面を取ろうとしたのも上手かったです。そしてそれが無理だと分かって彼女達はすぐに態勢を整えるために撤退しましたね」

 確かにと川之江は頷く。それは彼女の騎馬と大きく違うことがあった。

 それは後ろに下がった後に、既に次の動作へ入っていたこと。そして周囲の状況を見ていたこと。色々と計算していたこと。逃げることに満足していた川之江とは全然違った。

「私はそんな人達に勝てることが出来るでしょうか?」

「彼女達はどうしてこんな戦い方をしているのか。それは弱点を補うためです」

 そういえば昔、冴長も川之江と同じように相談をしてきたなと思いだす。

 彼女達は機動力がある。逃げ足は速い。それでも冴長には冴長なりの弱点があった。

「さて、冴長さんたちがきますよ」

 態勢を整え直した冴長がもう一度川之江の方へ走ってくる。今度もスピードを緩めることはない。

 そしてそのまま正面に突っ込むかと思いきや、彼女達は横へ避けた。そしてそのまま横から体当たりをする。

 川之江と冴長の組合になった。冴長は歯をキリキリ鳴らしながら彼女の腕を折る勢いで押している。

 しかし、突然下の土台が動きだす。それと同時に冴長の騎馬も正面に向くようにする。そして冴長はようしゃなくもう一度体当たり。

 それを若干避けるように天神は左側に移動。そして組みあいになる。しかし今度はさっきとは状況が違う。川之江の方が冴長の下に乗るという形になっていた。このままいけば冴長を倒せる。彼女の態勢はくの字のようなものになっていた。

 しかしまた彼女の土台が動きだす。明らかな優勢の状態だったのに敢えて逃げ出すという形になった。

 もう一度正面から突撃してくる冴長。

 そして川之江の体はグラリグラリと大きく揺れる。

「悪いな。今回はうちが勝たせてもらうで」

 川之江の体は完全に右に傾いていた。少し押せば簡単に崩れてしまうだろう。川之江の背中は異物が挟まったかのようにギンギンに痛みが走っていた。もう力を出すことが出来ない。

 どうやらここまでのようだ。

 ここから奇跡の逆転は難しいだろう。一旦この状況から抜け出しても果敢に冴長が攻撃をしてくる。もう完全に詰みだった。

 そして川之江の体は騎馬から外れる。そのまま彼女の体は宙を舞った。冴長の騎馬は大きく前に出る。

(しまった……)

 川之江は思いっきり地面に背中をぶつける。

『戦争なんて相手が降伏すれば決着がつきます。だけど騎馬戦は違う。ちゃんとルールがあってそこに違反すれば負けなのです。つまり戦争みたいに思える騎馬戦もスポーツなのです』

 過去に天神が言っていたことを思いだす。

(そういえば、これはスポーツだったんやな)


 この試合は判定で冴長の負けとなっていた。

 


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