第二話 ガウガメラの戦い1(神戸北部VS姫路)

 とあるスポーツ新聞より

 北神地区圧勝! 『北の神』天神和泉、好戦術!

 神戸北部は兵庫県大会リーグへ初の国体出場を目指し挑む!


「次は谷上、谷上です。神戸電鉄線はお乗換です」

 そう車内アナウンスされた。今日は日曜日。ということもあり、その日の電車はいつも以上に込み合っていた。沢谷はこの電車で立ったことなかったが今日ばかりは吊革にしっかりつかまっていた。

 ただ、彼女のすぐ近くの椅子には相変わらず競技悪く天神亨が足を組み新聞を広げて座っていた。隣のサラリーマンの男性も迷惑そうに顔をしかめている。

 なるべくなら赤の他人のふりをしていたい。そう思い決して彼女の顔をみないようにしていた。

「なんだ? 昨日のこと謝っただろ? まだ根に持っているのか?」

 しかしその努力はむなしく沢谷は亨に話しかけられてしまう。

「別に」

 それでも出来るだけなら赤の他人のフリを続けていたい。そう思い極力顔を見ないようにしながら亨と話そうとする。

「そりゃ、試合中に寝てしまったことは謝る。そのせいでお前は一人で実況することになったもんな。しかもあの時の声。泣きそうな声だったし。本当とんでもない放送事故だよ」

 昨日のことを思い出し、彼女は腹を抱える。その笑い声は車内に響き渡り耳目は彼女達に集まっていた。

「あんた……本当に殴るよ?」

「まぁ、だから今日お詫びに二人でメリケンパーク行ったり神戸の中華街行ったりとデートしたわけだし」

「全然お詫びになっていない! 別に私一人でも充分だったのに!」

「まぁまぁ……そんなことよりも」

 亨は沢谷が持っている袋の方に指を差した。

「折角買ったそのお菓子をさ、今食べよう」

「やっぱりアンタは頭がおかしいよ。一度病院に行ったら?」

 そういいながらその袋をギュッと握りしめた。

 それはチーズケーキだ。このチーズケーキのためにわざわざ神戸に来る人が日本中にいるほど有名ブランドである。

 今日、沢谷が仕事の休みにわざわざ神戸の街の中に来た理由はこれを買うため。沢谷はデザートというものが人一倍好きで、週末とかによく一人で買いに行く。

「いいじゃん。減るものじゃないし」

「思いっきり減るもんだけど!?」

 彼女は声を思わず荒げてしまう。そしてまた周囲の人に注目を集めてしまった。

 沢谷はすぐに顔を赤らめ、ハッと口を抑えた。そのまま視線を逸らすかのように車内の広告を見ることに。

 そこにはこの電車のマスコットキャラクターのポスターが貼られていた。黒髪ロングの巫女姿。明らかに萌えを意識したキャラデザになっている。

 名前も今乗っている鉄道会社とほとんど変わらずただ二文字ほど弄っただけ。そのキャラクターのグッズが駅で販売しているという広告内容だ。

「まず第一に私はこれを家でゆっくり食べたい」

 沢谷は周囲の目を気にしながらボソボソと電車の音にかき消されそうなぐらい小さな声で言う。

「第二にチーズケーキを車内で……それも満員電車の中で食べたら迷惑。臭いきついし。第三に次の駅で私達は乗り換える。そして次の駅まで約7分」

「何の問題ないじゃん」

「ねぇ、さっきまでの私の話を聞いていた!? 問題しか言っていなかったよね!?」

「それじゃ……代わりにチョコレートでいいよ」

「いいよって何!? どうして私があんたのために」

「私は甘い物がないと頭を動かすことが出来ないタイプなものなのでね」

「別に甘い物食べなくても頭を動かしていないじゃない。それなら昨日の解説の時に動かしなさいよ!」

 まったくといいつつも沢谷は鞄の中からチョコレートを取りだす。これは決して沢谷が食べるために用意したものではない。こうやって亨がチョコレートをねだることを予測して用意していたものだ。

「おっ、やっぱり準備いいね」

 そういい、亨はそれを手に取り袋を開けた。夜ということもありなんとかチョコレートは個体として形を保ちつつも解け始めていた。

「だけどやっぱりそのチーズケーキを」

「ダメ。これは私のもの」

「なんだよ。ケチ」

 そう言った後、彼女はしばらく黙りこんだ。そして亨はニコリと笑みを浮かべる。

 その顔に対して沢谷は眉をひそめた。

「一体何? そんな気持ち悪い顔をして」

「いや……なんだがこうやってみると私達はまるで友達みたいだねと」

 そう言うと、彼女は鼻の穴を膨らまして左手に持っていた鞄を思いっきり振った。それは彼女の頬に当たったあと、隣に座っていたおじさんにまで被害をくらってしまう。

「誰があんたと友達なのよ! こんな人間の心を持たない奴と!」

 沢谷の顔は血を塗ったかのように真っ赤に染まっていた。

 とそこで電車は急ブレーキをかけた。するとその衝撃で思わず沢谷は亨の方へ倒れてしまった。そして彼女のふくよかな胸に手が触れてしまう。

 沢谷と亨の目がぴったりあってしまう。

「さきほど、急ブレーキがかかりましたことをお詫びいたします」

 そして二人の沈黙の空間を破るかのような車内アナウンス。

 そのまま沢谷は車内全体に響き渡るぐらい激しくパシンッと平手打ちをした。

「本当、最低!」

 亨の頬は沢谷によって真っ赤に染まっている。

「今日に関してはお前に何もしていないのに……こんな理不尽なことばかりされて」

「今日は……でしょ? 私はあなたが過去にしたこと忘れるつもりなんて毛頭もないから。だから友達面とか気持ち悪いからやめて!」

 それからしばらくして、長いトンネルを通っていた電車はようやく地上へ出てそして停止する。

「谷上、終点谷上です。三田・有馬温泉方面お越しの方は向かい側の神戸電鉄線にお乗換ください」

 そして扉が開くと電車に乗っていた人が一斉に飛び出していった。彼らは向かい側の赤色の電車に乗り換えようとしているのだ。

 その雪崩に便乗するかのように沢谷も向かい側の電車に乗り換えようとする。

 しかし、彼女はぴたりと足を止めた。ホーム内に貼ってある看板が目に入ったのだ。

『兵庫県大会リーグ第一戦 神戸北部 VS 姫路。8月開幕』

 その看板にはそのような広告が貼られていた。そしてその写真の中央には天神の写真が貼られている。

 その右下には小さく『実況 沢谷 解説 天神亨』と書かれている。彼女はその部分を取りあえず手で覆い隠す。

「よかったな。お前が好きな和泉がセンターで」

「本当ね。この試合を実況させてもらえるし。後はこの解説の人を変えてくれれば100%」

「はいはい。私が解説で悪かったですよ。だけど絶対に真面目に解説とかしないからね」

「しなさいよ」

 亨は彼女の方に新聞を一部渡す。沢谷はそれを静かに手に取った。

「知っていたか? あいつは北神と呼ばれているんだぞ。世間では」

「へぇ。北神戸だけに北の神様。中々ぴったりじゃないの」

「そうか? 私はその事実を認めたくないけどな」

「あなたが和泉を認めていなくても世間はちゃんと認めているのよ」

 亨はフッと笑みを作った後、そのまま向かい側の三田行きの電車に乗りこもうとする。

「ちょっとアンタ待ちなさい!」

 その背中をガシリッと掴む。そして沢谷は亨から出来るだけ顔を背けようとしている。彼女の耳たぶは真っ赤に染まっているままだ。

「その……さっきは殴って悪かったと思うよ。流石に過去にどんなことがあっても殴るという行為は間違っているわけだし……」

 だからと沢谷はその掴んだ背中を引っ張った。

「何かお詫びにお菓子をおごってあげるわよ」

 そういうと亨はその場で哄笑した。やがて口の周りを涎でギラギラに輝かせて、亨はその場をしゃがみ込んでしまう。

 その彼女を見た沢谷は思わず口を右に釣り上げ小さく舌打ちをする。

「それじゃ地元で有名な2000円近くするロールケーキでも」

「最低でもここで買えるものにしなさいよ」

 そうこう言っている間に三田行の電車は発車した。

 これは神戸北部 VS 姫路の戦いの2週間前の話である。



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