アルコ→ウィルコ

秋津 柘榴

第一話 南北戦争(神戸北部VS神戸南部)

 201×年。国体で新たな競技が誕生する。それは騎馬戦。

 そのルールには川中島式が採用されており、騎手を落馬させないとその騎馬は倒れたことにならないようになっている。また勝敗は大将の騎馬を先に崩した方が勝利という特別ルールも国体に採用される。

 大将を守るのか、それとも防御を捨てそのまま攻撃するのか。このスポーツには戦略的かつ、騎馬を崩すための過激性が話題を呼んだ。そしてすぐさま国体で注目スポーツとなった。

 そんな騎馬戦で国体の代表になるには各市町村がチームを組み、その中で県大会に勝ち抜く必要がある。その予選の様子でさえテレビ中継されるぐらいに人気スポーツとなった。

 これはその騎馬戦に情熱をかけた少女たちの物語である。

 


「西側陣営の騎馬2体討伐。これによって西側の敵騎馬の殲滅完了」

 その知らせは天神和泉にとって見れば実に嬉しい報告だった。

 天神の目の前には激しい雄たけび、そして彼女自身の額には滝のように流れる汗。日は西に傾きかけてもその光は休むことなく彼女達の頭に鋭く攻撃している。

 これは試合が始まった当初から変わらないこと。

 逆に変わったことと言えば、さっきまで遥か遠くに聞こえていてたブラバンの応援がはっきりと聞こえるようになったということ。もしかしたら試合が始まった当初から今までブラバンの演奏は変わっていないかもしれない。そして今になってようやく彼女は周囲の音を聞く余裕というものが出来ただけかもしれない。

 天神はハァといつもよりも3秒ほど長い溜息を吐く。そして静かに顔を下に動かした。

「ようやくため息をすることが出来るようになったみたいだね」

 天神は騎馬の上に乗っていた。そしてその下には騎馬の土台となる三人。そのうちショートカットの少女が白い歯をキラリと輝かせて言った。彼女は北上出奈。天神と同級生で小中高と同じ学校に通っている。この土台の三人の中では一番親交が厚いと言ってもいいだろう。

「えぇ……本当地区大将というのは様々なプレッシャーがあって大変」

 肺の中にまで溜まっていた息を全て吐き終えて、今度はお腹を膨らませるように大きく息を吸い込む。そして自分の頬をパンパンッと軽く叩き、目の前の180度全ての光景が見えるぐらい瞳を輝かせながら大きく目を見開いた。

「久城さん。味方と敵の数分かります?」

「敵は3体。味方は7体。敵はいずれも大将と共に中央に固まっている」

 天神の右足部分を支えている眼鏡をかけた少女が不愛想な口調でそう言う。彼女は久城凪。天神たちと一年年上である。そして天神たちの騎馬においては情報を集める役割をしている。

「そうですか。それなら」

 天神は首にかけていたヘッドフォン状のインカムを耳につける。そしてマイクを口元に持って行きスイッチをいれた。

「みなさん。戦いは最終局面です。それぞれ右回りに回って敵を包囲してください。その時に二重包囲になるように内側と外側しっかり分かれるように移動してください。それと大将を狙うのは後ででも充分です。なので陽動作戦に気をつけつつ他二体を集中攻撃してください。昨日の作戦会議でもいいましたがくれぐれも共倒れだけには気を付けてください。あれは騎馬戦において一番怪我をしやすい状況ですから」

 そう言うと、インカム越しでそれぞれの騎馬から了解という声が聞こえた。

 指示を終えた後にもう一度天神は長い溜息を吐く。緊張で今まで上がっていた肩をゆっくりと下げていく。

 そしてそっと目をつむる。

「ねぇ……出奈。後何分で日没が分かる?」

 風が天神の長い髪を靡く。初夏とはいえ、日が傾き始めているときに吹く風は少々冷たい。

「そうだね……この傾きからすると後20分程度かな?」

「そう。それなら間に合いそうだね」

 彼女はゆっくりと目を開ける。そして乾いた喉を潤すかのようにポッケから金色の飴を取りだしそれを口に含んだ。するとすぐに砂糖の甘い味がすぐに広がった。

「空が青い間に私は戦争を終わらせたい。そしてみんなで平和な空を見るんだ」

 その日の空は雲が一つもない青空だった。真上の空はまるで絵の具をそのまま画用紙に塗ったかのような純粋な青。地平線の奥を見ても白い塊などない。

 その空が奥からゆっくりと赤色に染まり始めている。

「空よりも前を向きなさい。最後まで何が起きるのか分からないのだから」

 久城は天神を振り落とすかのように軽く体を横に動かした。

 思わず天神は彼女の肩をギュッと掴む。それに対して久城はフンッと小さく鼻息を鳴らした。

「そうですね。最後まで気は抜かない方がいいですね。この試合は大将である私達が倒されたら終わりですから」

 目の前では敵を囲い込んでいる。そのせいで、奥の安全地帯にいる天神の騎馬を襲うことが出来ないのだ。

「それにしても……」

 ポフと久城の隣……左足を支えている少女の頭に触れる。その少女の頭にはパンダの耳の形をしたカチューシャがついていた。

「このパンダの耳かわいいですね。どこで買ったのですか?」

「……うるさい」

 その少女は顔を赤らめながら体をくねくねと動かしていた。彼女は七尾可苗。天神よりも年下であり、この騎馬では最年少だ。

「もしかしてこの試合が始まる前まで動物園にでもいましたか?」

「だからうるさい!」

 この試合会場から歩いて数分のところに動物園がある。実は天神も北上と一緒にそこの動物園に行こうとしたぐらいだ。

「七尾さん。こんな大事な試合前に動物園に行っていたの?」

 久城は目をギラリとさせ、低い声で言った。それは騎馬の上に乗っている天神でさえも悪寒が走ってしまうほどだ。

「動物園に行ったと言えば行ったし……行っていないといえば行っていないし。と、とにかく私には記憶が」

 それでも七尾はその事実を認めようとしない。この精神力はすごいと素直に天神は感心してしまう。

(ともあれこの戦争はなんとか平和的に終わりそうだね)

 こうやっていつも通りの会話ができるということは、戦いが随分と有利に進んでいるから。これは天神にとってみればじっくりと噛みしめて味わいたいほど、嬉しいことだ。

 そのころ、スタジアムの中段辺りに設置されている実況席には二人の女性が座っていた。

「さて、騎馬戦国体特別予選神戸地区リーグ戦は多くの人の予測を反する結果となっております。ここまで神戸北部地区が優勢。一方相手の神戸南部地区は劣勢という状況になっています」

 そのうちの一人は沢谷。騎馬戦専用アナウンサーという珍しい肩書を持った人物だ。新興スポーツということもあり、このように騎馬戦を実況出来る人も限られてしまっている。

「どうしてこのように一方的な展開と言う形に……どう思いますか? 天神さん」

 そう実況は解説に話題を振る。

「南北戦争」

 その解説の女性は机にダンッと足を置いていた。彼女は天神亨。苗字から分かるように天神和泉の姉だ。ただ和泉とは違い、大人びた雰囲気があった。

「はい……? 確かに神戸北部と南部が戦っていますけど」

「なんだ。アメリカの奴隷解放のための南北戦争を知らないのか?」

「いえ……知っていますけど。その南北戦争と一体どんな関係があるのですか?」

 亨は机の上に置かれた金色の飴を妹と同じように口に含ませた。そして美味しそうに頬を膨らました。

「あれって、どうして北部の方が有利だったか知っているか?」

「確か北部の方が人が多かったからですかね」

「勿論それもあるだろうね。だけど他にも要因があるんだ。北部は南部と違って既に政府……というかそういった統一組織が完成されていた。それに対して南部。確かに南部は優秀な人材が多かった。それは北部からも優秀な人がなだれ込むほどに。だけどね……南部は初めの方は政府組織がなかったからそれをうまく纏めることが出来なかったんだ」

 その説明を聞いて沢谷は首を大きく傾げた。

「それが一体この戦いになんの関係が?」

「似ているんだよ。状況が。確かに戦力を見れば神戸南部の方が優秀な人が多い。だけどね……その南部の人達は北部を倒すだけのために緊急的に作られた集団なんだ。だから北部に比べて統率がとれていない。それに比べて北部の大将は優秀だね。さすが私の妹」

「ちょっと待って! 何を言っているのか分からないのですが。南部は北部を倒すため? そんな話聞いて……」

 亨はそっと彼女の唇に手を与える。そして片目をウィンクさせた。

「確かにこの話はただの実況である沢谷さんが知る必要なかったね。忘れてちょうだい」

 そういい、亨は大きな欠伸をする。口を抑える素振りなど一切見せずその音ははっきりとマイクに拾われた。

「それにしても退屈な試合。早く終わらないかな」

「はい? 実の妹の試合なのにですか?」

「妹だからどうした? つまらない試合はつまらない」

「だけど血が通っている妹なんですよ? 応援ぐらいは?」

「どうしてこの私があの出来損ないの妹の応援をしないといけないんだ?」

 亨がそう言い放つと、沢谷は口を堅く閉じた。そしてその空間だけ、鍾乳洞に入ったかのように冷え込んだ。

 沢谷はキリキリと歯を鳴らす。そしてダンッと思いっきり机を叩いた。

「あなたは薄情物なんですか! あんだけ真剣に和泉が頑張っているというのに!」

 そして彼女は今自分が実況をしているということを忘れ、グラウンドの奥にまで聞こえるぐらいの声で怒鳴り散らかした。

「君は和泉にどんな思い入れがあるか知らないけど……いいのか? これラジオでオンエア中だろ?」

 沢谷はゆっくりとマイクの方へ目を移す。そしてまたやってしまったと思わず頭を抱えてしまう。

「もう……あなたと一緒に実況なんてやりたくありません」

「この放送事故は自業自得なのに私のせいにされたら困るな」

 沢谷にとって幸い……というべきであろうか、こういった放送事故は今日が初めてというわけではない。そのため視聴者は慣れている。というよりこういった放送事故こそがこの実況の醍醐味と思っている人がたくさんいる。だからこれでクビとかにはならないだろう。ただまた上に叱られることは沢谷は分かっていた。

「あいつは偉大なる行進の前に綺麗な花が咲いていたら踏みつぶさない。そんな奴だ」

 そう亨は吐き捨ててその場に寝伏す。

 一方グラウンドの中央では7体の騎馬が相手の騎馬を倒そうと円を作りながら必死に動いていた。相手の騎馬はしぶとく後ろへ後ろへ逃げようとする。しかし包囲されているため自由に動くことが出来ない。

「これなら私達が出撃しなくても勝てるね」

 そう北上は言う。この騎馬戦のルールは大将の騎馬が崩れたらその時点で試合は終了する。だからなるべく天神達の騎馬は、崩れるリスクが高い最前線に立ちたくないのだ。

「うん。このまま何事もなければ誰も怪我をすることなく勝つことが出来るけど……」

 どうしても天神には気かがりのことがあった。

「残った敵は私達よりも一回り体格が大きい騎馬ですし」

 その懸念していることとは、相手の騎馬が天神達と同年齢とは思えないほど巨大ということだ。頭一つ分抜けてしまっている。特に大将は横にも大きく、天神の位置からはとても女性には見えない。

 ドスン。

 その不安が的中したかのように、目の前で北部地区の騎馬が相手の騎馬と共倒れした。そして北部の騎馬は下敷きになるような形になってしまった。

 天神の胸の鼓動はバンッと跳ね上がる。そして大きく目を見開き騎馬から前に身を乗り出そうとした。

 しばらく砂埃のせいで、その倒れた騎馬の様子は見えなかった。しかしその砂埃も晴れゆっくりとその姿を現す。

 そこには膝に巻いていたサポータが痛々しく赤い海に染めている仲間の姿。立ちあがり戦場から離脱しようとしても、生まれたての仔馬のようにうまく立つことが出来ない。

「久城さん。七尾さん。やっぱり私達も前に進みましょう」

「はっ? 何を言っているの? 相手の騎馬は残り二人なのよ? もう私達にすることなんて。私達が倒されたら終わりなんだからそんなリスクが上がるようなことを」

 その天神に噛みつくかのように言う。

「えぇ、分かっています。確実に勝利したいのならここにいた方が安全でしょう。だけどそれだと」

「嫌よ。どうしてそんなリスクが高いことを」

「これは大将命令です。逆らわないでください」

 天神が短くそう吐き捨てると、久城は唇を噛みゆっくりと大きく足をあげて前に踏み出した。

 それと同時に天神はピューッと指笛を吹いた。その音はすぐにグラウンド中に響き渡った。

 この音は天神達の進軍の合図だ。

「When Johnny comes marching home again」

 そして天神はその騎馬の上で激しく雄たけびが聞こえる戦場の空気を震わしながら歌いだす。

 それと同時に、グラウンドの観客席の方に掲揚している旗がバタバタと激しく揺れる。

 中央には日の丸。その左横には南部のチームイメージであるアジサイの絵。右横には北部のチームイメージである鵯の絵がかかれた旗がそれぞれあった。

「Hurrah! Hurrah!」

 天神達の騎馬は勇ましく、相手大将の方へと消えていく。

 それはこの南北戦争を終わらせるために。そしてあの場所へ凱旋するために。

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