第7話 唐揚げバーガー

 ここは、すぐにお気に入りの場所になった。


 転入してからも、女の子に好かれるのは最高に嬉しいけれど『左京くんと食べて』と明らかに二人分入っている手作り弁当をいくつも渡されそうになる毎日。

 そんなに食べられないし、残したら勿体ない。それに、そもそも左京は、そういう類いの面倒なことは避けるタイプだから絶対食べたりしないだろう。


 この場所は、そんな女子の昼飯攻撃から逃げていた時にたまたま見つけた。

 三階の奥、外へ繋がる螺旋階段。

 この学校は避難対策として、こういう非常階段の扉に鍵をしてないって担任が説明していたから、普段全く使われていないその階段も入れるんじゃないかと瞬間的に思った。


 扉を開けると、コンクリートで出来た頑丈な螺旋階段が下まで延びていて、思ったより広い最初の踊り場は、太陽の光が差し込む気持ちのいい場所だった。


 誰も使っている様子はない。


 俺はこの学校の初心者なのに、みんなが知らないこの場所を使う……少し優越感のようなものを感じた俺は、その日からそこで昼飯を食うことにした。


 購買でさっき買ったパンを頬張り、一緒に買った牛乳を飲む。


「やっぱりうまいな、これ」


 水沼に教えてもらった購買で一番人気の『唐揚げバーガー』は、千切りキャベツと、3つのデカい唐揚げが入っていて、初めて食べた日から大好きになった。

 いつも人気でなかなか買えないそれを、ある日彼女が人波に飛び込んで1つゲットしてくれた。

 一度消えて、また人混みから現れた彼女は、右手を高く掲げて後ろに立っていた俺に戦利品を見せ、『ゲット!』と左手でVサインを作った。その時の彼女の姿を思い出し、思わず笑ってしまう。

 本当にいいやつだ、あいつ。


 笑いながら、もう一口牛乳を飲んだ。


 初めて彼女を見た試合の時にもそう思った。

 どんどん相手に決められて、どんどん点を取られていく。それは悪循環を呼び、固くなった選手たちは取れる球も取れなくなって、声も小さくなっていく。

 レシーブもトスも、精度が下がっていて、アタッカーの彼女が思い切り打ち込めるものではなかった。『あぁ、このまま負けるかな。』と思ったその矢先。


『おしいおしい!次は取れるよ!』


 ネットの前で両手を掲げながら振り向いた彼女は、他のやつが失敗する度、誰よりも大きな声をあげて、ニコニコ笑っていた。

 思わず声を張り上げて応援してしまったのは、一目でいいやつだと分かったから、頑張って欲しいと思ったんだ。


 この学校にすぐ慣れたのも、彼女のおかげかもしれない。

 居心地のいいクラス。

 バスケ部も強い。

 友達もたくさん出来た。

 愛しの高木さんもいる。


 俺の高校生ライフは順風満帆だ。


 食べ終わったパンの包み紙を飛ばないように牛乳パックで挟み、両手をぐーっと上に伸ばす。


「あー!5限目さぼっちまおーかなー!」


 満たされたお腹と、暖かい午後の陽射しの誘惑に負けてしまいそうになる。

 黙って座っていたら、寝てしまいそうだ。


 あくびを噛み殺し今度は立ち上がってから伸びをした。


『ん?』


 ふと、渡り廊下に見慣れた顔を見つける。


 手に持っている段ボールはそうとう重いのだろう。両腕はピンと伸びていて、時折立ち止まっては膝の上に乗せて持ちなおす、を何度も繰り返している。


 隣を並んで歩く生物の田代。

 色白のヒョロっとした薬品臭いあいつは薄っぺらい教科書を一冊持っているだけだった。


 あいつ、男のくせに。

 ――そういう奴は大嫌いだった。


「……ったく」


 母さんには昔から『女の子には優しくしなきゃだめよ』と言われてきた。

 男女を差別している訳じゃない。ただ、体格だって、基本的な体力だって違うから『女の子=守るもの』みたいな感覚が出来てしまった。それが合ってるかどうかはわかんねぇけど、ただ見過ごすことが出来ないようなタイプに成長したのは確かだ。


「水沼っ!!!」


 螺旋階段を降り、中庭を突っ切ると渡り廊下まで、そう時間はかからなかった。


「……あー!右京、どうしたの?」


 俺が呼び掛けた時、彼女はまた膝の上で段ボールを持ち直しているところだった。

 そのまま真っ直ぐ近付き彼女の目の前に立った俺は、段ボールをそっと奪った。


「あ、ありがとう」


 そう言いながら俺を見上げた彼女。胸の前で合わせたその指先が、真っ赤になっていることにすぐ気がついた。


 なぜかイライラしてしまう。

 隣で黙る田代に一言言いたくなった。


「先生、女子には無理っすよ。次からこういう重いのは……」

「あ、そうだな。悪かったな、水沼。つい甘えてしまって」


 まだ言い終わっていない俺の言葉をごちゃごちゃと遮った田代はそそくさと職員室の方へと消えていった。


「あ、ありがとう。少し持つね!」


 彼女はそう言うと、箱の蓋を開ける。中には次の授業で使うのか、A4サイズのプリントが山ほどと、一冊の生物学図鑑が入っていた。プリントだけでも重いのに、さらに重さを増している犯人はこの図鑑だ。それを持たせていたあいつの神経を再び疑った。


 彼女はその図鑑を胸に抱える。


 並んで歩き出したあともイライラはおさまらなかった。


「お前なーなんで何でもかんでも引き受けるんだよ」


 ――『いいやつ』にも程があるだろ。


「あはは。頼まれると断れない性分でして」


 女子はもっと甘える生き物だと思ってた。


「ったく。学祭の準備も色々任されて、お前は雑用係じゃねぇだろ」


 ――頼ればいいのに。


「色々任されて嬉しいってのもあるんだよ……?」

「でも大変だろ?言えよ、手伝ってやるから!」


 彼女が横から消えたことに気がついてハッとする。慌てて立ち止まり振り返ると、少し後ろに立ち尽くす彼女がいた。


 やっちまった。

 女子には優しく!だろ、俺。

 いつもそうだ。体は動くくせに口は駄目で、優しい言葉をかけるって能力はまるで身に付いていない。


「あ、ごめん、水沼」


 2、3歩引き返して慌てて謝る。


 ……泣かれるだろうか、怒られるだろうか。

 そう戸惑いながら彼女を覗きこんだ俺は、……さらに戸惑った。


「ありがとう」


 耳まで真っ赤にして、本当に嬉しそうに笑う彼女のそんな顔を、俺は今日まで見たことがなかったから。

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