終焉の地から

 グロリアの指輪の魂は、露草にも似た青い羽と黒々とした瞳を持つ傀儡の鳥に生まれ変わった。帝王パーシヴァルはその出来映えに満足し、語り部として生きる娘に特例として与えた。

 長い間、ジゼルの道案内をしていたセシリアは「やれやれ、やっとお役御免だ」と悪態をついたが、どこか寂しそうでもあった。

 ジゼルは自分の使い鳥を連れて真っ先に人間界を訪れると、テッドにこう言った。


「ねぇ、あなたの『テッド』という名前をこの鳥にちょうだい」


「どうしてです?」


「だって、私はあなたを『セオドア』と呼ぶからよ」


 ジゼルが白い歯を見せて笑った。


「セオドア、ありのままの自分でいてね。あなたは父親と違って、精霊と向き合うことが出来るんだから、自分を隠す必要なんてない。むしろ、隠してしまえばグロリアとのようにこじれてしまうことがある。グロリアの指輪の魂が常にあなたと共にあるように、せめてあなたの名前をこの子につけたいの」


「しかし、それは……」


 テッドは渋い顔をしていたが、ジゼルは凜とした顔で言った。


「これは私にとって戒めでもあるのよ。グロリアがいたからこそ、今の私がいるわ。私には嫉妬する資格すらなかった。それを教えてくれた恩人を忘れないように」


 それを聞き、テッドは静かに頷いた。青い鳥を撫で、そっと囁く。


「……テッド。僕はセオドアだよ。よろしくね。君の羽の色、好きだな」


 その言葉から敬語が消えているのに気づき、ジゼルは胸を熱くさせたのだった。


 そして、ナディアの魂は六弦の楽器としてジゼルの手の中にある。

 その音色に耳を傾けるとき、セオドアはいつも目を閉じて、ナディアの姿を映すのだった。金髪を垂らし、矢車菊の瞳を細め、歌声を響かせ、彼女はいつも自分を見守っている。

 素直な姿が一番輝いている。セオドアはいつもそう微笑みながら、拍手を贈るのだ。


 ナディアがいた頃は夕食後に神話を読み聞かせていたが、今では机に向かって精霊の息吹を綴るようになっていた。

 手始めにジゼルの生まれ育った物語を書き上げた彼は、筆を置いて満足げに微笑んだ。その分厚い原稿をめくり、彼女の姿を思い描く。

 ジゼルは生と死の鳥を送り出す使命を抱えながら、今も世界を渡り歩いているだろう。青い鳥を連れ、闇に似た黒髪をなびかせ、矢車菊の瞳は何を見ているのか。

 だが、セオドアにはあらゆる世界を風のように抜け、語り継がれていくことで生き続けたい想いをすくう姿が見えるようだった。

 彼女は今、精霊と人を結ぶ糸として天命を果たしている。精霊を忘れた人々に、そして人間から遠ざかった精霊たちに、問いかけているのだ。誰もがみんな、大海のひと雫なのではないかと。大きな命のうねりの中、無限の雫たちが懸命に生きている。そしてそれは個であるからこそ、全になるのだ。

 そして、セオドアもまた、糸の片割れとして生き、ジゼルと結び目になろうとしている。

 いずれは老いの遅さから、この墓地を出て行かねばならぬ時もくるだろうとは思っていた。長い時を過ごせば、単なる人間ではないことが知れてしまう。

 だが、自分たちはどこにでも行ける気がした。この世界すべてが、精霊の語り部の舞台なのだから。

 ふと、彼は顔を上げて耳を澄ませた。今夜も青い鳥の羽ばたきが聞こえる。

 墓地という終焉の地で、新たな物語が始まるのだ。

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精霊綺譚 深水千世 @fukamifromestar

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