泥棒は宇宙人の話を聞く。
さて、母親探しを始めなくてはならないが、本当に手がかりがない。そこで、空の話をもう一度きちんと聞くことにする。空自身にはさすがに記憶がないだろうが、異星人から聞いた話から、何か手がかりがあればと思ったのだ。まず、勝手にあの山に捨てられていたと思ってたが、それは確実なんだろうか?
「ううん。元いた、場所、というのが、どこを、指すのか、ですね」
「そうなんだよなあ」
元いた場所があの山のあそこ、ということならまあほぼ母親はこの街に住んでいたと言っていいだろう。日本全体を指しているとしたら、これはなかなか厳しい。見た目はアジア系、というか日本人だし、わざわざ日本語を習っていたことを考えると、たぶん日本国内ではあるんだろうけど。
「そういや、言葉はどうやって習ったんだ」
「はい。異星人も、音声言語の、使用が、困難だと、言っていました。私の、生まれた、地域で、使われる、音声情報について、統計を取り、均したものが、手本として、流れていました」
なるほどなあ。平均顔は美人だ、というが、音声情報も均すと敬体に落ち着くのか。いきなりざっくばらんな口調で来られたら、警戒度は上がったと思われるから、それはラッキーだったな。しかしこれも地域の範囲が分かりにくい。
ティッシュを一枚取り、くしゃくしゃに丸めて、屑籠に入れる。
「この行為を言語で表現してくれ」
「光平は、ティッシュを取って、丸めて、容器に、入れました」
「後半、ほかの言い方では」
「容器に、捨てました?」
「ほかは。概念はあっている。容器に、の後だけでいい」
「廃棄しました」
「ほかは」
「投入しました」
ううん。
ごみを「投げる」が出てくるようなら、わりと北海道ではポピュラーな表現であるが、他県ではそうでもないと思うので、言語を学んだ地域を絞れると思ったんだが。言語情報はもっと広範に仕入れたのか。それともやはり、出生地が異なるのか。待てよ。
「日ハム、北海道日本ハムファイターズが、この地点のホーム・チームだと言ったよな」
「はい」
「なぜ分かった?」
「え、なぜ、でしょう。ええと。まず、野球は、私だけでなく、異星人も、好んで、見ていたように、思います」
なんでだよ。別にいいけど。そういや、異星人が野球好きで宇宙戦争が回避される漫画があったな。
「それで、そうですね。日本ハムファイターズが、北海道の、ホーム・チームになったのは、最近、ですね?」
「最近というほど最近ではない。2004年だったか」
「それでも、私が、生まれた、後、ですね」
「それはそうだと思う。それが何か?」
「ええ。たぶん、私が、かなり、小さい、頃なので、あまり、正確には、覚えて、いませんが。野球を、見ていた、異星人が、言いました。『君の生まれた、地点に、ホーム・チームが、できましたよ。うらやましいですね。我々には、ホーム・チームが、ありませんので』」
なんだそりゃあ。うらやましがるなよ、そんなこと。あと野球だけ妙に詳しくない? 靴とか地球人の病気とか、もっと知っておくべきことがあるだろうが。
しかし、空は良く覚えていてくれた。これは有力な手がかりだった。道内生まれはほぼ間違いないと言ってもいいだろう。だったらひとまず、あの山、あの場所に捨てられていたと決め打ちしても良いのではないか。まあ、もともとあの山に捨てられていたと思っていたのだから、振出しに戻っただけという気がしないでもないが、少し前進した気持ちになる。
この街で、空は産まれた。ということはつまり、この街に、空の母親はいたということだ。そして多分、父親も。どっちかを見つける。さて、何をするべきか。これがゲームだったらなあ。30にもなって、”今時の若者”のステロタイプのようなことを思う。いや、今時の若者が本当にこういうこと思うのかは知らないが。
とにかくこれがゲームだったら、ある程度やることは絞ってくれる。選択肢Aを取るかBを取るか、とにかく「選択」をすることができる。けれども残念ながらゲームではないこの現実では、主観的にはほぼ無限の選択肢から正解を選び取らなくてはならず、つまりまずその選択肢を作るところから始めなくてはならない。そういうのが苦手だから泥棒なんてやってるんだけどな。
しょうがないので、一旦現実逃避に空の髪でも切ってやるかと思うが、ちょっと気になって調べてみると、これだけ長い髪だとヘアードネーションといって、美容師の卵の練習台用のカツラになったり、病気やなんかで髪が失われた子のオーダーメイドのウィッグとしても使えるみたいだ。せっかくなら有効活用した方が良かろうと思い、空に提案すると快諾してもらえたので、そういう寄付に対応している美容院を予約した。
「いやあ、こりゃ凄い。いいんですか、切っちゃって」
美容師のお姉さんは感心しきりだ。
「はい。お願い、します」
「どのへんまで切ります?」
「ええと。光平、どう、しましょう?」
女の髪の毛のことはようわからん。何しろ美容院なんてあまり来ないから、ゴルゴ13が読めなくて悲しい思いをしているところだから、複雑なことは考えられない。まあ、肩口ぐらいまでか、あるいは、最少ロットの倍数にしてもらえば、複数で使えるんじゃないかね。
「ああ、そうですね。えっと、30 cmからだったから、60、いや、90 cmもらうと、ちょうど肩くらいですね。それでいいです?」
「はい」
ということで、肩口までまずはばしっと縛った髪の毛を切っていく。すっきりしたなあ。
「で、あとはどうしましょう」
「そうだなあ。ちなみにだけど、1990年代の後半から、2000年にかけて、ちょっと悪いというか、不良の子というか、なんといったらいいか」
子どもを無計画に作って山に捨てちゃうような子、とは言いにくい。
「コギャルとかですかね。ああいう子って、どんな髪型でした?」
「え? そういう髪にするんですか。ちょっと、その、似合わないというか」
「いや、参考までに聞きたくて」
「そうですねぇ」
お姉さんはぱたぱたと店の奥に駆け込んで行き、当時のファッション雑誌を取り出してきてくれる。
「こういうの、取ってあるんですね」
「ええ。流行って結構繰り返しますからね」
「なるほど」
なんつって眺めてみると、ああ、いたなあ。ガングロ。メッシュを入れるのね。シノラー。はいはいはい。前髪ぱっつんだ。PUFFYみたいなほわほわの髪はワッフルパーマというらしい。広末涼子はショートだな。あとはロンバケの山口智子。シャギーね。いやあ、懐かしい。懐かしすぎるぜ。つい見入ってしまう。
「どうします? まあ、今風にアレンジできないこともないですよ、どれも」
「ううん。あ。これ、このラブジェネの松たか子みたいにしてもらっていいですか」
ファンなのだ。
「へえ。まあ、ちょっと古いかもしれないけど、清楚でいいですね。顔の系統がちょっと違うけど……。じゃあええっと、空さん、の、彼氏さん?」
「違う。ちなみに、言われたら悲しいので言っておくが父親でもない。まあ、なんというか、世話人というか」
「はあ。じゃあ、空さんの世話人さんの好みに合わせちゃって大丈夫です?」
お姉さんは、そう空に尋ねる。
「はい」
後はお姉さんに任せて、髪を切り進めてもらう。世間話は最初難航していたようだが、最近のスイーツの話に空が食いついたようで、お姉さんが最近できた甘味所の話を根ほり葉ほり話させられている。これはこの後一軒は行かねばなるまいな。まあでも、楽しそうなのでよかった。
髪を切り終え、先ほど得た情報によると、この近辺にパンケーキという流行のスイーツが、と話し続ける空に従い、パンケーキを食いに行く。これ、ホットケーキと何が違うの。
昔見た「レインマン」という映画を思い出す。火曜日はパンケーキを食うという登場人物がいて、字幕としては「ホットケーキ」と訳されていたのがなぜか印象に残っていて、ということは、この二つの食べ物は、やはり同一のものなのか。だとしたらこの価格は、訳の変更に掛かる手数料のようなものなのか。まあでも、空は幸せそうにしているから特に文句はないし、確かに、ふわふわでうまかったことは認めよう。
「しかし、髪を切ると全然印象が変わるな。もう完全に地球の女の子だ。似合っている。みんなそれぐらいばっさり切ってくれば、世の面倒は減ると思わないか」
「面倒、ですか」
「うん。髪を切った女は褒めておこう、というのは地球の大事なルールの一つなんだが、切ったか切らないか微妙なラインも多くてな。難しいんだよ」
充分長いと思うが相対的にはショートヘアーになった空を見て、一つ思いつく。というか、さっきから思いついてはいたのだが。
別に古い雑誌を、趣味で眺めていた訳ではない。眺めてみたら予想以上に面白かったのでつい読み耽ってしまったというのは、たまたまの結果論であって目的じゃあない。
「何事も、地道に行くしかないな。聞き込みに行くか」
「聞き込み」
「血のつながりがあるなら、顔も似るだろう。こんな顔の子、みたことないですかって聞きに行く。これまでも警察で聞き込みはしてくれていたと思うが、たぶん主に髪の長さだけが手がかりだったからな。写真とかも撮られてないし。でも今の見た目だったら、髪にだけ目が行くということはないから、もし親に瓜二つとかだったら、知っている人もいるかもしれない」
そう言うと、空は、未練がましく一口残していたパンケーキを決然と頬張り、こう言った。
「なるほど。行きましょう」
お前の覚悟は、まあ、大変良く分かったよ。
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