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小説「もつれた糸」のでき方について

物語をちゃんと書く気で書いた3個目の作品。今回もどんな感じで書いたのだったかメモしておきたい。

紹介文のところに記載があるように、

>この話は、お題を決めて複数人で小説を書く会「小説を書くやつ」
>で決まったテーマに則って書かれたものです。
>第3回のテーマは3000字以内、
>「この子に釣竿を買ってやりたいんだが」で書き出す、です。

ということで、今回はテーマ設定から半月ほどで書き上げた作品である。前回は丸々1か月以上、小説について考え続けてしまい、他のことが手につかなかった。今回は締切まで半月を残して仕上げることができて、ほっとしている。

今回のテーマは、冒頭の文。しかも、セリフから始まるという縛りしかなかったので、最初に考えたのは、誰が誰にどういう理由で、このセリフを言ったのかという設定だった。結局は「父が息子の釣竿を買いたくて、お店の人に声を掛けている」という、素朴なシチュエーションを選ぶことになった訳だが、案出しの段階では、
・釣りに詳しい主人公が釣り仲間から相談を受ける
・買ってやりたいが金がない
・主人公が釣具屋を探してデパートの案内所に相談してる
・じつは主人公がロボット
・この子というのが実は幽霊
とか色々考えていた。最後の「実は幽霊」というアイデアは、そのとき読んでいた、安部公房「幽霊はここにいる」の影響である。書き出しこそそうならなかったものの、その後しっかりと「あの世」がストーリーに絡んでくることになった。

そして、今回はタイトルを早々に決めてしまった。もともと「この子に釣ざおを買ってやりたいんだが」という文は、テーマ決めのときに「手元の本からテキトーに抜いてきた一文で始めよう」という枠組みで、色々言い合っていた中で決まったものである。そして、これはアンソニー・ドーア『シェル・コレクター』に収録されている「たくさんのチャンス」から抜いたセリフだった。そしてそして『シェル・コレクター』には「もつれた糸」というそのまんまのタイトルの短編も収録されているのだ。内容は何も参考にしていないが、喚起力の高いタイトルだったので、そのまま借りてみることにした。

もうひとつ、毎回やっているのが、主にリアリティのために、自分の実体験を混ぜ込むという手法である。釣りにはいくつか思い出があって、冒頭の「父親が突然学校に迎えに来て何事かと思ったが、釣りに連れていかれた。根がかりだと思ったら、その日いちばんの大物が釣れた。煮つけが美味しかった」の辺りは、ほぼ実体験そのままの話である。これを使うと決めてしまうと、冒頭は、どうしても普通の展開になってしまう。ここから物語が始まる理由を、あとで上手く組み立ててやる必要がありそうだなと思った。

変わったシチュエーションを選ぶと、釣りのことにも深入りできず、物語が狭苦しいことになっていた気がするので、自分の場合は素朴なシチュエーションを選んで正解だったような気がする。

その後、通勤中に「釣り」についての一人連想ゲームをしていて
・魚と人の対話
・モールス信号
・あの世との糸電話ができる
・光ファイバーで通信
という辺りのアイデアが芋づる式に生まれた。とくにあの世との光通信の思い付きには、我ながら感心してしまった。あまり意識はしていなかったが、私は本業が総務のおじさんで、じつはこの執筆期間中に会社で光ケーブルの配線工事に立ち会っている。その辺りも、どこかで着想に関係しているのかもしれない。あとで調べ物をして、糸電話は水中に声を届けることが出来る(逆は無理)とか、釣り糸は糸電話の糸として優秀とか、電飾でじっさい釣り糸が光ファイバーの代替をすることがある、とかの知識を得て、楽しく肉付けがされていったが、基本的には、この片道15分ほどの連想ゲームで、アイデアの骨格のところはできてしまった。

「もつれた糸」の「もつれ」について、何か結び目理論的な、数学的なガジェットが作れないかと同じ通勤中に考えたが、せいぜい、腕組みをしてロープを持つ、腕を解くとロープに結び目ができる。だから、もつれた糸をほどくと世界に結び目ができてしまうのだ、みたいな、漠然とした話しか思いつかず、このアイデアは、何も展開しないままお蔵入りとなってしまった。

問題はストーリーだった。最初は、主人公と父親がややこしい詐欺に遭っているという話にしようかとも思っていた。それならば科学の勝利的な、あるいは「この世には不思議な事など何もないのだよ、関口君」というような、京極堂的な結末をつけられる。妻にそれを言うと「釣りだけに釣りだった訳だね」と言われて、なるほど、釣りにはそういう意味もあったかと、ほとんど採用のつもりで話を温め始めたのだったが、しかし、詐欺となると、誰がどういう目的で行っているのか、というところが焦点になってくる。YouTubeの再生回数が目的ではセコすぎるし、市井の人を巻き込むような、遠大な陰謀を描くには3000字は短すぎた。

冒頭のセリフが持つ意味についても、解決が必要だった。なぜ、あそこから物語が始まるのか。その辺りを、あーでもない、こーでもないと、連想ゲームの翌日辺りに考えていて、詐欺はやっぱりやめることにした。
・結末にも、もう一回、冒頭のセリフを書いて終わろう
・光ファイバーは繋がらなかったことにしよう
・母→父→僕という形で釣りが引き継がれたとしよう
・父→僕→息子という形でそれを受けてみたらどうか
というようなアイデアが降って湧いて、複数の課題が一挙に解決した。それでなんとかストーリーが形になったような気がする。

お母さんは異世界転生している訳だけれど、あっちの世界で死んだ人がこっちに生まれ変わるというネタも考えてはいた。結局これも本筋に深くは結びつかないので却下したが、よく考えてみると、それだとふたつの世界の人口の和が一定になってしまう。こっちの世界では世界人口が数人から100億人に迫るほど増えたが、あっちの世界では、人口が激減しているのだろうか。とか、片方の世界で人類が絶滅したら、もう一方の世界では人が死ななくなってしまうのではないか(生まれ変わる先がないので)。みたいな妄想が膨らんで、それはそれで設定を掘っていくと楽しそうだなと思った。何にも使わなかったけど。

ちなみに毎回登場人物の名前に悩んでいたが、今回は、あっさりと釣りバカ日誌から取った。ハマちゃんとスーさんである。ササキさんは知らなかったけど、ハマちゃんの上司なのだそうだ。

一旦書き上げた後で、釣り好きな人が読んで違和感が生じないか気になった。ウキ釣りで根掛かりするのはどういう状況か、とかが気になって釣りについて色々ネットで調べた。親父に電話取材をして3000字ちょうどを維持しつつ「ウキ下を長くしすぎた」というセリフを入れてみたりした。親父に聞いて小学校のとき大物を釣った場所が山口県長門市の野波瀬漁港であることが分かった。googleストリートビューで周辺の写真を眺めてみると、少し記憶が蘇った気がして嬉しかった。

色々と脱線したが、どれもそれなりに意味のある脱線だった。予定調和でなく、そんな風にして私の書く小説はできるみたいだなと感じている。今回、まだ、みんなに読まれていなくてドキドキするけど、けっこう手ごたえがある。ネガカリでないといいな。そして、いまから次回の執筆が楽しみだ。

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