連載中の「元聖騎士の俺」の過去エピソードです。連載前にキャラ設定をするために書いたもので、気軽に楽しんでくれたら幸いです。
聖騎士団試験に合格した者は騎士見習いとして聖騎士訓練学校で徹底的にしごかれることになる。過酷な訓練に耐えられなくて逃げ出す者も多い中、俺とセシルは無事に一年にも及ぶ学校生活を乗り越えようとしていた。
「レオン!」
訓練終わりの食堂でにこやかに俺の席の前に座るのは幼馴染のセシルだ。
「レオン! 聞いた!? 明日の実地訓練のパーティーは誰か?」
「聞いてない。発表されたのか?」
セシルはドンと胸を張った。
「聞いて驚くな。レオンと私は同一パーティーでした!」
「って本当か? 俺たちいつも一緒にいるから別のパーティーにされると思ったんだけど。他は?」
「リリス、それから話したことがなくてよく知らないけどバンピーっていう男の子だったかなぁ」
「リリスとバンピーか……これまた厄介な二人だな」
「リリスは無口だけど剣の技術はすごいんだよ」
「ああ、よく知ってる。ただあいつちょっと俺に対して敵意があるんだよな」
リリスは無口な性格で他の騎士たちとも会話をする方じゃないが、なぜだかセシルだけには心を開いて懐いている。その一方、セシルとよく行動を共にする俺には辛辣な言葉を吐くというちょっと面倒な女の子なのだ。
セシルは夕食のシチューを啜ってから言った。
「この一年、訓練学校に篭りっきりだったから王都を歩けるのは嬉しいなぁ。レオンが聖騎士になったって知ったらみんなはどう思うかな?」
「ああ、パン屋のおじさんも腰を抜かすだろうな。物乞いしていたあのガキが聖騎士になったことを知ったらな」
「だね」
セシルは懐かしそうに笑みをこぼした。その時、緊張感みなぎる声が耳に入る。
「セ、セシルちゃん! あの、明日の実地訓練よろしくお願いします!」
「えっと、君は、もしかしてバンピー?」
バンピーは満面の笑みを浮かべる。
「嬉しいなぁ!名前覚えてくれてたんだ! そう、俺はバンピー・ウッズ。セシルちゃんのことはずっと気になってたんだ」
「あっそうなんだ。明日はよろしくね」
「隣いいかな?」
セシルが答える前から先にバンピーは隣に座った。そして席につくなりバンピーはいつもの話を得意げに披露する。自分は貴族出身、しかも長男だから家督を相続することは間違いなし。ウッズ家が所有する葡萄畑は広大で、その葡萄から作るワインは王家でも広く飲まれているという話。
俺はバンピーと営舎の部屋が同じなので、この一年頭にこびりつくほど繰り返し聞かされた。そしてこの話の着地点もまたいつも一緒だ。
「だから貴族出のセシルちゃんは、一般庶民、しかも親すら不明のレオン・シュタインより俺と仲良くするべきだと思うんだ」
初めてこのセリフを聞いた時は耳を疑ったものだが、今じゃ何も思わなくなった。ただ、この手の話はセシルには禁忌だ。
それまで黙ってきていたセシルのこめかみがぴくりと動く。時はすでに遅し、セシルは机をバン!と叩いた。
「それは何? 私がレオンに相応しくないってことかな?」
突然のセシルの怒りにバンピ-はたじろいだ様子だ。いつもはにこやかで人当たりのいいセシルだが、とある話題だけには沸点が恐ろしく低いのだ。セシルの怒りはバンピーではなく俺に向けられた。
「そもそも私だって貴族出とは言っても家は没落して今じゃ庶民となんら変わらないの。だからレオンと私の間には隔てる壁なんかないんだから」
「セシル、いったん落ち着こうか。それにウェイブ家は全く没落なんかしてないだろ」
「私は落ち着いてます。そしてウェイブ家は私の中ではすでに没落の一途を辿っています。それに私とレオンは今や同じ聖騎士。身分は対等です」
いくら聖騎士になろうが俺とセシルの間には壁なんかじゃ言い表せないくらいの距離がある。そもそも親がなく、小さい頃から路上で暮らす俺と名だたる貴族であるウェイブ公爵家の一人娘がこんな近しい中になったのは奇跡としかいえないのだ。
セシルは小さい頃からとにかくお転婆で家出の常習犯だった。凱旋広場で物乞いをしていた俺とひょんなことから知り合い、一緒に店をまわってパンの端きれを集めるような仲になった。所作や顔立ちから良家で暮らしていることは分かっていたが、セシルがあのウェイブ家の娘ということを知った時は世界がひっくり返るほど驚いた。なんでお前、クズパンの端切れなんか食べてんだ?と。
「それにレオンはものすごいスキルが発現するに決まってる。すぐに大出世してうちの馬鹿父親を見返してやるのよ。その第一歩が明日の実地訓練なんだから」
セシルは満足げに腕を組んでうんうんと一人頷いた。
もちろん俺だって出世欲がないわけじゃない。路上で暮らしていた孤児が聖騎士の座を掴んだのだ。どうせだったら聖騎士団長に選ばれるくらいの出世をしてやる。そうなればセシルの願いも叶えられるかもしれない。
しかし、この訓練は見習い騎士には過酷なものとなったのだ。