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読書メモ57

『引き裂かれた世界の文学案内 境界から響く声たち』都甲 幸治∥著(大修館書店)2020/09


またまた都甲氏の書評本。この人は本当に読みたくなるように解説をしてくれるのですねえ。
「外国文学を読むとは、人間の共通した心情と、異なった経験とを共有する冒険」
「個人の感覚や無意識に物語という形式で迫る小説は、こうした外界と内海の息苦しいほどの絡み合いを描くのが得意だ。しかも、日本とは前提が違う外国文学では、こうした矛盾がグロテスクなほどに拡大される。だからそれは、日本に住む僕らの、時に醜い部分までを明確に意識させてくれる鏡として機能する。」(p5)
などなど、説得力のある言葉の数々に、ますます読みたい本リストが。
都甲さんファンが多いのも納得なのでした。

著者単独のエッセイみたいな書評も味わい深いですが、旬の作家さんや翻訳家さんを招いての対談が面白いです。
あたりまえなのですが、翻訳家というのは、語学が堪能なだけでなく、作家本人についてや思想や時代背景、国際情勢まで、ものすごく勉強されてるんだなって頭が下がります。みなさん、お話が面白いですし。
翻訳家さんについてもいろいろ知りたくなったりして、読みたい本がいっぱいです。



『本当の貧困の話をしよう 未来を変える方程式』石井 光太∥著(文藝春秋)2019/09


17歳の君たちへ、と想定したこれまでの著者の講義を集大成的にまとめた一冊。
あまりにも過酷な世界の絶対貧困と、質は異なりつつもつながっている日本の諸問題。
語りかける文体が説教臭いと反発する読者もいるようですが、涙もろい私は泣きながら読みました。イラストや図表が豊富で現状をわかりやすくすっきりと解説してくれています。何よりも著者の実体験が真に迫っています。
こういった現実を前に、特別な才能がなく、特別なコネクションもない私たちひとりひとりに何ができるか。
「豊かさ」の意味合いが少しずつ変わってきていることがポイントになるようです。

〈今までは財産をつくって物理的に恵まれることが豊かさだとされてきた。しかしこれからは、収入にかぎりがあっても、趣味を楽しんだり、ボランティアによって居場所を見出したりすることで、自分なりの満足感を得ることが幸せにつながるという考え方が主流になりつつある。〉(p250より)

先日私も、障碍者就労支援の会社をつくった方と話す機会がありました。給料は半分以下になったけど銀行に勤めていた40年間よりもこの5年間の方がずっと充実していた、というお話でした。

こういった心の豊かさによる幸せを追求するには健全な心が必要であり、そのためには自己肯定感が大切だと著者は繰り返します。

100人の人を救おうと思わなくてもいい、目の前のたった一人を気にかける。ひとりひとりのそんな一歩から、よりよい社会になっていくという希望は持っていたいです。



『死体格差 解剖台の上の「声なき声」より』西尾 元∥著(双葉社)2017/03


長年法医解剖医を務めている著者の経験と知見、思いが詰まった「死」から「生」を見つめた良書です。
専門的なトピックスを交えつつ、法医解剖した遺体の豊富な症例と統計データ、そして自身の体感に基づいて現代社会の「死」の特徴が指摘されます。

〈私たちの仕事は、生も死も含めて、「命」と向き合う仕事なのだと改めて思う。
 現代社会は、自身と直接関係のない命に対して、距離を置くようになっている。(中略)
 そうした〃見たくない現実〃に対して、現代人は過剰に距離を取ろうとしているように思えてならない。ある種の潔癖さが、社会的に役に立たないと判断した人、関われば自分に何か損がありそうな人を排除するような状況を生み出しているのではないか。そうして、弱い立場の人たちが、ますます社会から孤立してしまっている気がしてならない。〉(p190-191)

コロナ禍や時代のニーズで家族葬が増え、葬儀に参列する機会がぐっと減ったことも更に私たちを「死」から遠ざけてしまっているように感じます。
実体験の不足を補う役割をしてくれるのがこのような本に触れることではないかと思います。



『古代オリエントの宗教』講談社現代新書2159 青木 健∥著(講談社)2012/06


〈「聖書ストーリー」が東方に進出してからの一〇〇〇年間というもの、メソポタミアやイランの民の宗教的想像力の坩堝は沸点を維持しつづけ、そのなかでさまざまな化学反応が起こっては消えていった。(中略)
 マンダ教徒たちはメソポタミア南部の沼沢地帯のなかで、ユダヤ教や原始キリスト教教会の全ストーリーに反抗したし、マーニー教徒は逆に「我こそは真のキリスト教徒なり」と名乗って、全世界で原始キリスト教教会に取って替わろうとした。アルメニアでは、古いアーリア人の神であるミトラへの信仰が正統使徒教会の教えに塗り替えられ、ゾロアスター教は、ズルヴァーン主義から二元論に変身し、イスマーイール派はグノーシス主義が隔世遺伝した亡霊のように、彼らの特異な宗教思想を四〇〇年にもわたって宣教しつづけた。三位一体論を奉じるキリスト教や多数派イスラームの目から見れば、東方は恐るべき邪宗が猖獗をきわめた悪魔の土地だった。〉(p206-207より)

というわけで、オリエントにおけるハチャメチャな宗教思想史の変遷をまとめています。
いやもう、わかっちゃいましたが、まー中二です。某教祖が自分こそはイエスの意志を継ぐ者だと思いこむくらいイエスが好きすぎるのも時代が近いせいかしらとちょっと思いもしましたけど。現代からは思いもしない原風景があったのでしょうし。
マーニー教にしろゾロアスター教にしろ教義の強引なこじつけはまるで二次創作。そんなに自由でいいんですかっていう。

個人的には、政治的敗者にあまんじていたアリー家のファーティマ王朝樹立にいたる執念のドラマが面白かったです。

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