• エッセイ・ノンフィクション

自然死 長崎の鐘

義父が昨夜亡くなった。
前立腺癌だったが自宅での自然死だ。

前立腺癌が発見された数年前の当初から延命治療を拒否していた。
癌は他の部位にも転移した。
今年の春から寝たきりになり、7月には食事も取らなくなった。
そして9月11日から水も飲まなくなった。
それから8日目の夜、息を引き取った。

水を飲まないから死ぬのではなく、
死ぬから水を飲まないのだ。

よく言われる言葉ではあるが、
義父はそれだった。

寝たきりになった時、
どうして点滴を打たないのか、などと思っていたが、
それは大きな勘違いだったと、義父が自らの枯れ方をもって教えてくれた。

水分を摂らなくなって枯れていって死ぬか、
点滴や胃ろうなどで栄養を無理やり入れられ、
痛みを伴いながら、水膨れになって死んでいくか。

義父は枯れる方を選んだ。

完全なる老衰、自然死であった。
人の枯れである。
立派である。
そして、こういうおしまいを迎えさせることが出来た、
義母を始め、子供たちにあっぱれ。

義父は、最後死ぬ時になったら、
「長崎の鐘」という歌を歌ってほしいと、
義母にお願いしたいたらしく、
昨夜の23:30頃に、義父の耳元で、
凛と歌い遂げたらしい。

天晴れ!

義父のご冥福をお祈りいたします。
ありがとうございました。

1件のコメント

  • この度はご愁傷でありました。
    義父様のご冥福をお祈り致します。
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