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淀川大まじめ

淀川大です。
今、実家で家財の整理をしています。
外は台風で暴風雨。風が吹き荒れる度に柱がきしむ音を聞きながら、色々と古道具の整理をしています。
まあ、色々と事情がありまして、一世代を飛び越して明治生まれの祖母、その後は実母の面倒を診てきましたので、荷物も殊更多いわけです。なにせ明治の人はその前の代から受け継いだ物を大切に保管していたり、使ったりしていますから。つまり江戸時代からの物も多数です。
ほとんどがボロボロの状態で無価値となっていて廃棄なのですが、一応の仕分けはしているところです。
そんな中、納戸の一角から出てきた古いダンボール。りんごや蜜柑の箱が六箱。達筆で私と兄弟の名が記されています。今、ショートステイで施設にいる母の字です。
中を開けてみると、子供たちにかかる幼稚園から大学卒業までの様々な記録。いわゆる連絡帳や通知表などです。部活の雑多なプリントや学校からの教材購入のチラシなどまで綺麗に綴って保管してありました。
その日の報告を担任の先生が手書きで書かれていて、その下に私たちが汚い字で今日の反省や出来事・印象などを書き、最後に母が子供と先生への返信を記しています。
子供の頃の自分も今と変わらすアホな感想ばかり、ウケ狙いなのか一言ボケのような下らない事ばかり、幼年期から中二の途中くらいまでそんな調子で書いてあり、生来のおふざけ症の確証に愕然とした次第ですが、目が止まるのは母の返信。
現在、SNSやカクヨムの読者コメントや返信などで書いているような感じで、私や兄弟たちの連絡帳に毎日、何行も書いてあります。長いものはB5のページ1頁を埋めています。全て手書きで。
教育に配慮しながらも、担任の先生に気遣いながら、女性の先生には女同士のキラキラ話題まで、丁寧に書いています。
毎日、食事作りや洗濯の後で、これらの子供たちの連絡帳を書いていたのだと、改めて確認して、外の風雨の音など忘れて色々と考えてしまいます。
私も、その母の介護で施設の連絡帳を毎日書くのですが、はっきり言って苦痛ですし、男性ということで必要事項をぶっきらぼうに箇条書きして済ませてしまいます。それでも面倒くさいと思いながら書いてます。それと比べると、我が親の返信文には、本当に頭が下がります。
そして、今にも目を向けさせられます。
カクヨムやSNSで交流させてもらっている皆さんも、とくにお母さんたちは、今のIT時代の遣り方なりに、それぞれに工夫して、これまで、または今も、そうして頑張っておられるのだなあと。
世代は様々で、状況もそれぞれでしょうが、そんな皆さんと遣り取りさせていただいている中で(ほとんどが私のふざけた漫談にお付き合いいただいているのですが)、時折、文面の端から書き手さんの子育ての苦労がヒリヒリと伝わることがあります。ある一定の時間になると、家族に食事を作るためでしょう、交信が止まります。多方面に気を使っておられるのも感じる時があります。
こういう過去の遺物を見ると、余計に、そういう皆さんのご苦労と努力が想像され、頑張っておられるなあと、感心してしまうのです。
もちろん、家事だけでなく、お仕事をされながら、休みで家族サービスに体力を削られているお父さんお母さんたちも。
巡る思いは近況ノートだけでは語りきれませんが、ちょっと言いたかったので。

皆さん、ホントにすごいです!

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