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⑥淀川戦記~受付再死闘編~

 ピー ピー ピー
 機械音が鳴る。
「すみません。お帽子を取っていただけますか。体温が正確に測れませんので」

 受付カウンターの横に立つ中年男性に言われて、淀川大は紺色の帽子を頭から外した。カウンター横のカメラ式体温測定器の前に顔を突き出す。

『タイオン、セイジョウデス』

 機械に許可を貰い、淀川大は安堵の息を漏らした。そのまま、視線を横に流す。カウンターの向こうで、アクリル板越しに、昨日の女性がニコリと微笑んだ。

 帽子被ってきた意味ないじゃねえか……。

と、こんな事で消沈しないのが男の子である。もとい、オジサンである。淀川大は堂々とした顔を作って受付カウンターへと向かった。当然、姿勢はオードリーの春日さんを意識しながら。さあ、決戦だ!

 淀川大は、昨日対応してくれたその女性事務員さんの前に受付書類一式を置いた。昨日のように鞄の中をゴソゴソなどしない。準備万端である。なにせ一度予行練習しているから。

「昨日はどうも。本日はよろしくお願いします」と、ちょっと低めの声で言ってみる。昨日も来て、今日も来てやったぞ、くらいの調子だ。

「書類をお預かりします。検便キットと検尿キットは一緒にこちらの箱に入れてください」

 ビニール手袋をした手で握られた黒いプラスチック製の箱がアクリル板の下からこちらに差し出される。厳重だな。そんなに汚いと思っているのか。まあ、そのとおりだが……。

 淀川大は準備していた二つの小袋を箱の中に入れ、貸金庫に引出しを戻すかのように颯爽と向こうに箱を戻した。少し肩を斜めにして、鼻の横を指先で搔きながら小声で伝える。
「やっぱり、駄目でした」
「はい?」

 女はこの時だけは声が大きかった。

「あ……だから、やっぱり出ませんでした。なので、検便キットは一日分だけですが……」
「結構ですよ」
 女は表情筋を意思で動かして作った笑顔を一瞬だけ見せてから、椅子を回して背を向けた。

 笑ってるだろ! そっちを向いて笑っているだろう! オラッ

 淀川大のスタンド(スタンド名:スタープラスチック)が彼の背後で女を強く指差す。

 黒い箱をワゴンの中に乗せた女は、手袋を外しながら椅子を回して再びこちらを向いた。視線は合わさない。フフッ、どうやら俺の迫力勝ちだな。淀川大がそう思ってほくそ笑んでいると、パソコンのモニターに顔を向けながらキーを叩いている女の口から思わぬ言葉が投げられた。淡々とした冷たい口調で。
「おしっこは今朝採られたのですか?」
「あ……いや、昨日だと思っていたので、昨日の朝に採ったものですから、それをそのまま……」
 女が小さく溜め息を漏らした、ように聞こえたが、淀川のスタンドはポンコツなので、空耳だったかもしれない。

 アクリル板の下から紙コップが、突き出すように差し出された。
「それでは、こちらに尿を採られて、検査の方にご提出ください。専用のお手洗いがありますので、そちらでお願いします。右手突き当りのお手洗いでお願いします」

 なんか、今日は随分と不機嫌なようだ。まあ、いい。

 淀川大は紙コップを受け取ると、女に一礼した。
「すみません。で、採ったらどこに出せば……」
「中に提出口がありますので」
「すぐ出さないといけませんか」
「採られたら、そのまま提出してください」
「あ、いや。尿自体がすぐに出るか……」
 女の視線がこちらに向けられる。便の次は尿かと言わんばかりだ。
「少しくらい出ませんか」
 出るか。少しくらいって何だ。ソースやドレッシングの瓶じゃあるまいし。
「まあ……頑張ってみます……」
「どうしても無理な場合は中の職員に尋ねて下さい」
「はあ……」
「終わりましたら、隣のカウンターで、こちらの番号を言われて更衣室のロッカーのカギをお受け取り下さい。検査着に着替えられたら、二階の待合フロアで順番をお待ちください。番号でお呼びします」
 淀川大は番号札を受け取った。

 女に一礼した淀川大は再び帽子を被ると、右手に番号札、左手に検尿カップを握りしめ、長い廊下をトボトボと歩いていった。

《つづく》

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