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SS:カセットテープと録音された声

「あなたくらいの年だと経験があるかは知りませんけど、昔はテレビでやっている音楽番組をカセットレコーダーで録音してた時代があるんですよ。もちろんイヤホン端子にケーブルをさしてなんてことはなく、マイクの方向をテレビに向けての収録です」

 後藤さんの会談はそんな所から始まった。怪異は彼が二十歳になってから起きたそうだ。

 私もそんな時代があったことは知っているので『知っています』と言った。まあ経験者ではないので詳しいことは知らないのだが……

「それなら知っていると思いますけど、録音中に家族の声が入るのってあったんですよ。やめてと言いたいんですが、その声までテープに載りますからね。声を出さずにジェスチャーで黙ってもらっていたんです」

 牧歌的な時代だ。今ならいろいろと面倒なことになりそうな気もする。しかし、年を取ると歌より家族の声の方が貴重になるとか言われがちだ。

「ウチには爺さんがいてなあ……まあそれなりに我儘だったよ。糖尿を患っているのに暴食をやめなかったりさ、そりゃ長生きなんて出来ねえわな」

 今でこそ糖尿病には様々な治療薬があるが、目の前の後藤さんがまだ子供の頃なら主な治療がインスリン注射だった時代だろうか? 年を取っていると運動はきついので必然、食事の方を見直すことになる。

「一番の問題はな、爺さんが好きだったのが日本酒なんだよ。まだ蒸留酒だったら糖質が少ないんだがなあ……まあ当時の知識で糖質制限なんて端から無理だな。で、爺さんは台所にコソコソ行っては酒を拝借してたんだな。家族も気づいちゃいたんだよ、ただ親父が日本酒好きでなあ、ウチに置かないと今度はそっちが不機嫌になったんだわ」

 なかなかアルコールというのは体に悪いが、飲みたい人は多いので家庭から一切のアルコールを排除するのも難しいのだろう。

「結局、爺さんは糖尿の合併症で死んじまったんだな。冷たい人間みたいに思われるかもしれないが、ありゃあ早死にするって行き方をしてたからな、しゃーないって口には出さないけどそんな雰囲気だったよ」

 そうしてしめやかに後藤さんの祖父の葬儀は執り行われたそうだ。まだ戦中世代が珍しくなかった時代なので戦友を名乗るものも訪れて、それなりの人数に見送られる葬儀だったそうだ。

「それで終わりゃあ綺麗な話で済むんだがなぁ……」

 それから相当先に話が飛んだ。

「大学に入ってすこししてからだな、ラジカセを見つけたんだ。時間にも余裕があったしそれを聞いてみたんだよ。タイトルは懐かしい歌謡曲だったかな」

「何が起きたんですか?」

「ああ、一曲だけの録音だったんだがな、聞き終えて停止ボタンを押そうとしたところで声が入ったんだ。『酒もってこい』ってがなり声が入ってたんだ。間違いなく爺さんの声だったよ。その曲が流れていた頃は爺さんもろくに喋れなくなってた時期だよ。声が入るはずがないんだがな……酒が飲みたいんだろうさ。死んでまでそれかよと思ったがな、まあ故人の遺志なんだろうし帰省する度に墓参りして、最後に墓にカップ酒を開けてかけてやってるんだよ。それで酒をかけたらテープの声が消えるんだよ。ただな……爺さんも味を占めたのか、最近じゃ録音機能のあるものに酒が欲しくなったら声を忍び込ませるんだな。やっぱ酒は人をダメにするんだなって思ったよ」

 それで会談は終わった。彼は未だに帰省する度に墓に酒をかけているらしい。

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