神であれども
@Tukumogami-99
第1話 神と共鳴する少女
二度寝をする事。
少女の休日はそこから始まる。
微睡みの中、桃色の髪の少女は昔買ってもらったクマのぬいぐるみを大事に抱え込んでベットにまるまり、すぅすぅと寝息を漏らす。
この至福の時間の為に生きていると少女は断言出来るほどだった。
時折大きな音が聞こえるとビクッと体を震わせてころんと転がった後、ぎゅむっと体を縮こませる。
しかし、今回だけは勝手が違った。
例えば救急車のサイレンだったら、ほんの数秒我慢すれば聞こえなくなるだろう。
しかし、今鳴る音は違う。明らかに長いしうるさすぎる。
ジリリリリと鳴り止まない音に少女は顔を歪めて、更に一層縮こまると反動でガバッと起き上がった。
「うるせぇぇぇぇぇ!!!!! 黙れぇぇぇぇぇ!!!!!」
少女は咄嗟に毛布を弾き飛ばして立ち上がるとキョロキョロと辺りを見渡し始める。
そして目的の物を見つけると即座にひっ捕えて耳元に当てた。
「もしもし
そう。その諸悪の根源こそがこの黒電話というやつであり、真の黒幕であるのは、電話の向こうで少女の二度寝を邪魔しやがったこの男なのである!
『今は昼の十二時なのだが、まだ寝ていたのかね?』
憎たらしいことに少しも変わらないトーンで話す男に対して、少女は猛然と突っかかる。
「いやいや、休日の昼十二時は深夜十二時と大して変わんないですよ。というか休日ですよ、休日。急になんなんですかマジで」
『確かに学校は休日だろうな。しかし君は“共鳴者”なのだぞ。今日は君の当番だ。何か問題が発生したら直ぐに呼び出す手筈になっているだろう?』
その言葉を聞いた瞬間少女に緊張が走る。
「問題というと、また“暴走個体”ですか。流石に最近多くないですか?」
電話の向こうの男であれ、その疑問は同様に考えているのだろう。低かった声が更に低音になった。
『それゆえに君たちが必要なのだよ。付喪神は付喪神でしか倒せない。だからこそ君たちの力が欲しい。すぐに出られるか? 無理なら別の調査員を派遣するが』
その言葉に少女はにやっと笑って答えた。
「五分あれば出れます。それまで対応よろしくです」
ガコンと黒電話を置くと少女は洗面台に直行した。
さっと顔を洗って桃色の髪をとく。
元の素材がめっちゃ美少女なので、化粧なんてしなくても可愛いのだ。と、少女は考えている。
髪をとかし終わったら、少女はパジャマを脱ぎ捨ててショートパンツを履き、ゆるっとしたトップスを着ると腰のベルトを締めた。
最高に可愛いコーディネートだ。
そして少女は玄関に置いてある竹刀袋を手に取り、靴を履きながら声をかけた。
「任務だって。手伝ってもらうよ。
『ええ。わかりました、
筒の中から穏やかな男性の声が答えた。
彼女の名は
日本有数の神と共鳴できる少女である。
♯
神道。日本古来から伝わる、万物には神が宿るとされる考えである。
事実、八百万の神と呼ばれる者たちはこの国において人々の良き友であった。
それこそが付喪神。
人々に愛された道具たちが百の年を経て、やがて神へと変わったものたちだ。
意思と不思議な力を持つ彼らは時に人々を呪い、救ったとされた。
しかし急速な近代化に伴い、付喪神と呼ばれたものたちも次第に姿を消していった。
津久茂市、それは日本の中でも残り僅かとなった付喪神と人間が共存する街である。
「でもまぁ、付喪神と共存する分、私たちみたいなのも必要なんだけどね」
そう言いながら少女、
『あんまり乱暴に扱わないで下さいよ』
袋の中から男の声が文句を言う。
「あ、ごめん
もう一度
否、そこには一人だけ少年がいた。
彼は白く長い前髪が目立つ少年で、どこにでもあるようなパーカーを着て、公園の地面の上で仰向けになっている。
その姿は、緊急事態であるはずなのに全く別世界かのようにのどかであった。
「あいつ警報聞いてないのかよ。暴走個体発生の中心地なのによくもまぁ昼寝なんてできるなぁ……」
『お嬢様も先程まで眠っておりましたけどね。一般人は保護対象ですよ。安全な場所に避難させなくては』
「はぁ、わかってるって。おいそこの男子! さっさと起きろ!」
「わぁ、びっくりしたぁ。ここ寝ちゃダメでした? 引っ越してきたばかりでよくわからなくて……」
少年はゴロゴロ転がるとハッと起き上がって美咲の方を向く。
「違うって。付喪神! 引っ越したばっかなんじゃ現実感ないかもしれないけど、ここじゃ普通に暮らしてるんだよ。それの暴走個体が発生してるわけ!」
「え?」
少年は未だ寝ぼけているらしく
その姿にイラついて
「付喪神の暴走個体! 生まれたばかりとかの不完全な状態の付喪神たちは暴走したりするの!」
「あーそれなら……」
ドドドドドドドド
「やばっ!?」
その時、突如土煙がまき起こって
咄嗟に筒を掴み取って受け身をとった
おそらくこいつが目標の暴走個体……。
『ガァァァァァァァァァァッ!!!!!』
数秒経って晴れつつある空に浮かび上がっていたのはぐにゃぐにゃとしたよくわからない怪物である。
基本的に付喪神と呼ばれる物は、長きにわたって大切にされてきた道具が突如として神になった存在である。
しかし物が神になるのはそう簡単ではなく、時折りこうして暴走してしまうのだ。
そして暴走した付喪神は元の道具の姿を一時忘れ、不完全な化け物となってしまう。
そんな暴走した付喪神を見た
「へぇ。ようやくお出ましになったね。あなたに選ばせてあげようか。私に斬られるか、それとも私にぶった斬られるか!」
その武器は
『どっちも同じですけどね』
「うっさいな」
津久茂の街には骨董品がよく集まる。
土地柄故か、はたまた誰かの陰謀か。
どちらにせよその刀は、運命のように一人の少女へと辿り着いた。
無名の刀匠の名もなき一品。
しかしそれが、少女と刀の絆を繋いだのかもしれない。
少女は刀と初めて共鳴したその日に、彼に名前をつけた。
その名を
春の満開の桜の下であった。
それこそが彼女が持つ刀の付喪神であり、先ほどから聞こえていた男の声の正体だった。
彼を手に取った
地面を滑るように走る刀は一撃の元に暴れ回る怪物を切り裂く。
無論付喪神は元は道具、
その一撃と共に二人は勝ち誇った。
「私たちは最強の相棒なの!」
『私たちは最強の相棒なのです』
しかし、それだけで暴走する付喪神は止まらない。
ダメージを受けたからこそ、その体は元の『モノ』としての体を取り戻し、それでいてその性質を持ったままに暴れ回る。
『ガァァァァァァァァァァッ!!!!!』
ぐにゃぐにゃとしていた本体は一部を切り裂かれると更に変質して、鮮やかな布へと移り変わった。
前面で交わる衿に特徴的な袖。
そこには朱色の牡丹が黒の布地の上にこれでもかと咲いていた。
和の代表的な衣服、着物である。
「あー面倒なタイプかな、これ」
その着物の付喪神は空高くへと飛び立ち、奥より同じ柄の布を美咲に向い解き放った。
それすなわち暴走する付喪神はこちらの間合いを読み、
布は巻き付くように
だが付喪神の猛攻は最も簡単に防がれた。
この程度の攻撃に二人が傷を負うことはない。
しかし同時に二人が着物の付喪神に簡単に攻撃できない事も示していた。
『お嬢様。このまま守りに入ってもジリ貧かと思いますが』
「わかってるって。どーにかするから」
そう言うと
「やぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
布を沢山斬ればその分付喪神もおとなしくなるはずだ。
そんな脳筋の発想で
切り落とすのが少しでも遅れれば絡め取られる。
そんな中でも
「チッ」
『お嬢様!』
当然のようについには足を掴まれた。
逡巡と共に
パッと振り向いた時、
「やぁ。お邪魔するよ」
『ハハッ、それを言うなら奪い取るだろ!』
それは先ほど昼寝していた長い前髪の少年だった。
右手には板のようなものが握られて、そこから若い男の声が聞こえる。
保護対象だと思っていた少年の行動に
「はぁぁぁ??? お前何!?」
「え、何って何さ?」
「何って何さって何だよ!!!」
しばし流れる沈黙。
その間でも彼らは常に布片の迎撃を止めなかった。
お陰で状況は更にシュールになってるとも知らずに。
「あ、僕まだ名乗ってないのか」
少年はようやく
「僕は
『ヨロ〜』
花火の絵が書かれたその板は確かに羽子板といえる造形をしている。
新人の話を聞いていたのだろう。
さほど驚かずに
『あぁ。
しかしそれは
「いやいや
『最強とか言う割にはさっき普通に絡め取られてたけどな』
すぐさま反対をする
まぁうん、いいチームなんじゃなかろうか。
その姿を微笑ましく見守りながら
しかしその時、流石に無視されすぎて痺れを切らしたのか、捕獲対象である暴走中の付喪神が先ほどと比べものにならないほどの絶叫で吠えた。
『ガァァァァァァァァァァッ!!!!!』
布片は一度着物本体へと巻きつくと、それを反動にして爆ぜながら動き出す。
「それで、結局あれはどうするつもり?」
『そりゃもちろんゴリ押しだぜ!』
「さっき失敗してたけどね。まぁ僕は
『いやいや、流石にもう少し考えません?』
各々が適当にほざく中、
(あの
よって彼は物を弾き飛ばす特性を持ち、その点に
「
彼女の発言を聞いて、
彼らは頷くと行動に移し始める。
その不気味な雰囲気に着物の付喪神は恐れるように布の手を広げた。
「お前ら、私たちをぶっ飛ばせ!!!」
「あいよー」
『あいよぅ!!!』
左足を
そして、付喪神本体にたどり着いた
これこそが彼らの作戦。
すなわちゴリ押し戦法・改である!
闇を切り裂く閃光となった
「行くよ
「ええ、
一度鞘にしまった
「『共鳴反応:【切咲爛漫】!!!』」
共鳴反応。
それは付喪神と共鳴者が心を一つにした時に発動する新たなる可能性の事。
元の道具の頃とはまた違った性質を発現させる、二人の絆の必殺技である!
一刀の元に切断された付喪神の体から途端に花が咲き、その姿を覆っていく。
振り向くと空には花びらが舞う。
少しだって悲しくはなく、清々しい始まりを感じさせる桜だった。
まるで二人が絆を誓ったあの日のように。
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