第六幕 人斬り才蔵

「駕籠やん」

「乗らないからな」

「あれは? 馬が引っ張ってる車」

西洋馬車オムニバスか? 乗るわけないだろ。いくら取られると思ってんだ」


 鍛治河原宿を出て一刻ほど、朔夜と銀乃は初春のまろやかな冷気を浴びながら蓮ノ火湖を北東へ回っていく。二つ先の二十六番目の宿場しゅくばである蓮池宿はすいけじゅくまでの距離は、およそ十三里。一日で行けなくはないが、相当な強行軍となる。飛脚並みの行軍だろう。座卓の治世で言えば、郵便局か。

 そのため、二人は無理せず二十五番目の吹子宿ふいごじゅくで一泊するということにした。鍛治河原より七里(およそ二十八Km。一里=四Km)だ。


 一刻も歩けば二里、進める。二人は早朝、旅籠で朝飯に出された湯漬けと漬物をかき込んで、昼飯にと頼んでおいた握り飯を竹の皮に包み、腰に芋がら縄で結びつけていた。

 街道を行く者たちは、和装が多いが、中には洋装の者も見受けられた。なんとなれば、朔夜もフロックコートを、和装の上から着込むちぐはぐな……よろしく言えば、折衷の装いである。


 西洋文化が入ってきたのは、今からだいたい二十年前。和深の地は閉鎖されていたわけではなく、そこへ至る航路に凄まじい化獣ばけものがおり、船が往来できなかった。

 が、近年の甲鉄艦をはじめとする軍艦の登場で、なんとか、往来が可能となった。


 西洋医学書、カラクリ書、あるいは西洋剣術に始まり西洋魔術。様々なものが入ってきて、和深の文化は色合いが豊かになったように思う。

 それを面白く思わない連中もいるにはいる。けれど、朔夜はどちらかといえば開明的であり、優れた西洋文化や技術は、どしどし取り入れて行ってこそ、と思っていた。


「逢坂や、平晏京ではどうなんだ? 西洋文化を排斥すると聞くが」

「古き良き和深の大地、という思想やね。虎狼痢ころりなんかを、毒が撒かれよったとすらいいよる。こっちの、徳河執政権を前身とする座卓を朝廷に仇なす奸賊、とも言いよるな」

「妖怪一つとっても、俺たちは似通ってる。そんなに嫌になるかね」

「土地が違えば文化が違う。文化が違えば諍いが起きるって、そういうこっちゃ」


 それはそうだが……だから、そのための「言葉」ではないのか。

 ひとに与えられた言葉とは、相手を罵るためだけにあるのではないと朔夜は思っている。愛する、慈しむ。そういう語彙は、ならばなぜ、生まれたのか。


「俺は、仲良くできると思ってるよ。神様仏様に始まり、妖怪に、人間。……化獣だってそうかもしれない。俺たちは……奪い合うだけじゃないだろ」

「奇遇やな。うちもや。うちも、そう思っとる」


 街道を歩く。昼間近と言ったところか。二人は湖でも眺めながら飯にしようと思っていたが、

 ──尾けられている。

 ことにも気づいていた。


「十間くらいを保っとるな。どえらいやっちゃ」

「穢獣と変わらないような、不細工な殺気だ」


 あたりに、四方八方撒き散らす殺気。武芸者は、それを「不細工」と称する。

 真に武を知る者は、──心技体の「心」を知る者ならば、無闇に力を振るうことを是としない。

 己を知り、肉体を律してこその技だ。そのために、心を鍛えねばならない。


 相手も朔夜らがとっくに気づいていると知っているのだろう。往来を避けて湖方面に移動すると、そいつの気配ははやるように、波打った。

 一般人を巻き込みたくないというよりは、警察の邪魔を恐れたと言ったところか。


 警官は執銃を、いずれも、元々は武士だったりした連中である。

 武芸に関しては頭抜けており、中には化け物としか思えない遣い手もいる。

 そういう奴らが介入してくるのは、あちらにとっては都合が悪いのだろう──。


「銀乃、左」

「よしきた」


 朔夜は右に跳んだ。ずだん、と音を立てて、双刀が振り下ろされてきたのだ。


「ちっ」

「てめえ、ここが非戦の花山郷だと知って──」

「やかましいのう、黙らしたるき、とっとと抜かんかえ!」


 きつい杜佐訛り──西条の刺客。


「くそ」


 朔夜は鯉口を切り、抜刀。狐の体毛めいた金色の輝きを返す刀身が露わになる。

 狐牙吉道──本阿弥家、折り紙付きの逸品。


 すかさず杜佐の白髪頭は、獲物に喰らいつく餓狼の如く切りかかってくる。弾き、躱し、切り返して反撃、両者は土煙を上げながら瞬く間に二十合もの斬り合いを演じる。

 大きな傷は両者にはないが、小さな擦り傷が、互いに二、三刻まれていた。


 すると杜佐の刺客は恐ろしい勢いで旋回、迫る銑鋧せんけんを回避する。

 朔夜が仕掛けた。上段、真っ向唐竹割り。男は色の抜けた髪を振り乱して、恐ろしく強い腕力で太刀を弾く。


「こいつっ……」

「わしの剣は、片手でも鉄を断つ!」


 戯言──ではない。確かにそれだけの凄まじい膂力を感じた。

 二刀流は、それくらいの腕力でなければ様にさえならないのだ。天下無双、武蔵と名乗ったかつての剣豪もまた、剛腕剛力であったと伝わっている。


「新免……いや、鏡神冥智流きょうしんめいちりゅうや! そいつ、平晏京で暴れよった人斬り才蔵や!」

「阿呆が、己で名乗るき黙りや。……わしは才蔵。岡田才蔵。おまんらを斬れと命令を受けたき、神妙にせえ」

「誰の命令だ」

「主人をバラすような奴に、人斬りが務まると思うちょるのか。兵法者らしゅう、斬りおうて死ねることをありがたく思いや」


 くそ、と朔夜は眉をしかめた。

 軍属だった頃でどこかで恨みを買ったのか。いや、「おまんら」ということは、銀乃も対象だ。

 考えられるのは西の公家の命令……。


(いよいよきな臭いな)

 ため息を漏らしそうになるのを堪えた。

 才蔵は──明らかに一騎打ちを望んでいる。さっきから銀乃を意に介していないのだ。


「銀乃、手出しするな」

「……わかった」


 才蔵がふっと笑った。二刀を上下に、牙のように構える。

「鏡神冥智流中伝、岡田才蔵」


 朔夜はやや八相気味、正眼──狐腋こえきの構えを取る。

「稲尾狐閃流皆伝、稲葉朔夜。──いざ、お相手仕る」




註:四十七次の「宿」のふりがなについて、「じゅく」か「しゅく」か、どっちにするかで悩みましたが、参考にしている東海道五十三次では「じゅく・しゅくのふりがなを併記していることが多い」ことから、一旦当該和深地域では「じゅく」で通すこととしています。ご了承ください。


註:鏡神冥智流の元ネタは鏡新明智流で相違ありません。江戸の三大道場ともいわれた例の剣術流派です。なお、鏡神冥智流に関する技法等は創作になりますので、元ネタとは一切関係ありません。


註:稲尾狐閃流、狐腋の構えなどは完全な創作です。

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