第11話 蛮族王子、今後を考える






 勇者を生け捕りにした。


 俺は勇者を放っておいてもいいと思ったが、他ならぬアンリに止められてしまったのだ。



『勇者を逃せば、次は大軍勢を率いて戻ってくるかもしれません』



 アンリの意見に納得した俺はひとまず主人公をバンデッド城の地下牢に入れ、その世話を彼女に丸投げしたが……。


 何をしているのやら、アンリはネルカを連れてあしげく地下牢へ通っている。


 まあ、何にせよ。このままではまずい。


 女神の加護を授かった勇者が帰らない時点で、ネドラ帝国は森に何かあると気付く。


 もしかしたらバンデッド王国の存在を知り、皇女であるネルカや聖女のフェリシアを救おうと大軍で押し寄せてくる可能性もある。


 どう対処したものか。



「……困ったな」


「エルト君、何か悩み事でもあるの?」


「いや、悩み事という程でもないが」



 バンデッドの総力を上げれば、きっと帝国と戦いになっても善戦できる。


 問題は帝国が総力戦を仕掛けてきた場合だ。


 流石に魔王復活が間近に控えている状況で大戦を引き起こすことはないと思いたいが、帝国の皇帝はネルカを溺愛している。


 下手したらネルカ救出のために大胆な行動に出るだろう。


 問題はそのネルカが今――



「まったく躾のなっていない犬ですね。そんなにわたしにいじめてほしいのですか?」


「わ、わんっ♡ アンリお姉様のいじめられたいわんっ♡」



 四つん這いで犬の物真似をし、アンリに全力で媚びていた。


 最初は美少女と美女が濃密に絡み合う様を見たくて命令したのだが、アンリもネルカもその関係にドハマりしてしまったらしい。


 今では隙あらば百合の花を咲かせている。


 アンリが厳しくすればするほど、俺が優しくしてやった時に幸せそうな顔をするからネルカはかわいいのだ。


 ネルカには女王様の如く振る舞うアンリが俺には媚びてくるのもエロい。


 っと、そうじゃない。



「アンリ、楽しそうなところ悪いが……」


「如何なさいましたか、エルト殿下? もっと犬の調教を厳しくした方がいいでしょうか?」


「い、いや、それはいい。今後のことで話がしたくてな」



 俺がそう言うと、アンリはネルカを調教する手を止めてこちらに向き直った。


 そして、可愛らしく小首を傾げる。



「話というのは?」


「お前も分かっているだろう? 勇者やネルカをこのままここにおいておけば帝国が捜索しに来る。そうなればバンデッドは全面戦争を選ぶ」


「そうですね」


「さすがに帝国が全戦力を差し向けてきたらまずいだろう」


「……それの何がまずいのです?」



 そうでした。アンリも蛮族でした。



「戦って散ることはバンデッドにとっての誉れ。むしろ大国と戦えるのはいいことです」


「……そうか」


「まさかとは思いますが、エルト殿下は帝国を相手に尻込みしているのですか?」



 アンリがまじまじと俺を見つめてきた。


 完全に目が据わっており、返答を間違えたら襲ってきそうな雰囲気だ。



「お前は、戦いで負けるつもりなのか?」


「っ、い、いえ、そういうわけでは……」


「破滅を覚悟で挑むということは、最初から負ける気満々と言っているのと同じことだぞ。やるからには勝つ。勝って全てを奪う。違うか?」


「も、申し訳ありません。わたしの考えが浅はかでした」



 目に見えてシュンとするアンリ。



「あー、いや。お前を責めるつもりはない。お前が強者相手にも物怖じしない勇敢な女ということはよく分かった。頼りにしているぞ」


「エ、エルト殿下……♡」



 アンリが瞳を潤ませ、ネルカを放って俺にゆっくり近づいてきた。


 そして、甘い声で囁いてくる。


 それはネルカがアンリに媚びている時のような、無性にゾクゾクする声だった。



「どうかこの浅はかで卑しいメイドにエルト様へご奉仕するお許しを♡」


「ん、苦しゅうない」



 俺はアンリを抱きながら、今後を考える。


 一番簡単な解決策は勇者もネルカも解放することだろう。


 しかし、その選択肢はない。


 せっかく奪い取った戦利品をわざわざ元の持ち主に返すとか冗談じゃない。


 ……俺もアンリのことを言えない蛮族だな。



「エルト殿下♡ わたしに名案がございます♡」



 アンリを抱いた後、彼女は目をキラキラ輝かせながら言った。


 その視線がフェリシアとネルカにも向く。



「そのためにはフェリシアとネルカの協力が不可欠なのですが……」


「ご主人様とお姉様のためなら何でもしますっ♡」


「わ、私もっ♡ 私にできることなら、エルト君のために何でもするよっ♡」



 二人の返事を聞いたアンリは満足気に頷いた。









 それから数日後。


 どうしてこうなったのか、俺はネドラ帝国の城を訪れていた。



「おお!! そなたが聖女フェリシアと我が娘、ネルカを賊から救い出してくれた旅人か!!」


「お初にお目にかかります、皇帝陛下」


「よいよい、そなたは恩人だ。そう畏まらずともこの場に咎める者はおらん」



 しかもネドラ帝国の皇帝が満面の笑みで俺を出迎えている。


 アンリの計画は実に単純なものだった。


 その計画とは、俺が聖女と皇女を救い出したことにするというもの。


 あわよくば帝国での地位を得て、目ぼしい人材を奪い取ってバンデッドに吸収してしまおうという計画だった。


 要するに、ただのマッチポンプである。






―――――――――――――――――――――

あとがき

どうでもいい小話


作者「メルトレインの台詞がなかったのはエルトに抱かれて気絶してたから」


エ「……」



「アンリが勇者に何してるのか把握してないの草」「アンリとネルカの関係がいい」「剣も気絶するのか……」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。

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