第14話 圧倒的サムネ
「サ、サムネ……ですか?」
「そうよ」
思わず繰り返した俺に、ミカさんが頷く。
サムネとは、言うまでもなくサムネイルのこと。
配信サイトの検索一覧などにズラズラと出てくる画像のことだ。
ちなみに俺のチャンネルだけあって、今日のサムネは俺が自作した。
「え……今日のヤツそんなに悪かったですか?」
「ダメダメよ。逆になんでアレでいいと思ったのか不思議なくらいだわ。ちょっと自分で見てみなさいよ」
「はぁ……」
なにかダメなところなどあっただろうか?
そう思いつつも、俺は言われた通りにスマホで自分の配信のアーカイブ一覧を開く。
そしてそこには、黒い背景に白い文字で『ダンジョン配信』と書かれた画像が延々と並んでいた。
こ、これは……。
「ね? わかった?」
「圧倒的統一感……ですね」
「なんでよ!!」
素直な感想を呟いた俺に、ミカさんが盛大にツッコむ。
「あれ、違いました……?」
「違うに決まってんでしょ! なにが圧倒的統一感よ! だいたいなんなのよこの構成は? 黒字に白文字でひとことって……こんなの謝罪やら引退やらの悪いお知らせでしか見たことないわよ! しかもそんなのが延々続くとか絵面として恐すぎよ!
「そ、そうですか……?」
「そうよ! なんなら昨日ふとアンタのチャンネルをチェックしとこうと思って開いたときなんか、一瞬我が目を疑ったわ! 不気味すぎてお通夜の専門チャンネルかなにかを間違えて開いたのかと勘違いしちゃったじゃない!」
溢れ出るミカさんからの文句の嵐。
どうやら相当ご立腹のようだ。
「それに毎回微妙にフォントが違うけど、これまさか全部手書き?」
「あ、よく気づきましたね。黒い画用紙と白い筆ペンを買ってきて書きました。実は小さいときに1年くらい書道教室に通ってたことがありまして」
「どうりで妙にウマいと思ったわ……」
「ありがとうございます」
「だから褒めてないっての。むしろこの期に及んでは、逆に字のウマさが腹立たしさを際立たせてくるわ」
「え~……」
そんな……せっかく頑張って書いたのに。
「おまけに配信のタイトルだって延々とパート1、パート2……って数字が増えていくだけだし。こんなんでもし視聴者が見返したいと思ったときどうするのよ。ほぼ確実に『あれ?あのシーンってどの配信だったっけ?』って混乱するに決まってるわ」
「ああ、それならご心配なく。俺の配信にそんな見返すような撮れ高ないですから」
「それはそれで大問題でしょうが! なにを呑気にドヤってんのよ! はっ倒すわよ!」
「すいません……」
いかん、また怒らせてしまった。
それにしても、怒ってもかわいいのはさすがアイドル。
……まあ今これを言ったら火に油な気がするから言わないけど。
「と・に・か・く! アンタのサムネは全てにおいて終わってるわ。もっとパッと見ただけで配信を見てみたいと思わせないとダメよ。今のままじゃ、仮にせっかくオススメとして一覧に流れてきたとしても余裕でスルーされるに決まってるわ」
「はあ……」
見てみたい……か。
しかし、それっていったいどんなサムネだろう?
俺にはなんとも難しい話だ。
……いや待て、こういうときこそ他人を参考にすべきじゃないか?
「そう言うなら、ミカさんのも見てみていいですか?」
「ええ、なんなら好きに参考にしていいわよ」
どうぞと促され、今度はミカさんのチャンネルを開いてみる。
つらつらと並んでいる画像は、どれもカラフルかつポップ、それでいてうるさすぎない絶妙なラインといった感じ。
ミカさん自身の容姿がいいことも相まって、すごく華がある。
……なるほど、これはたしかに俺のチャンネルとは段違いだな。
「でも、改めて見るとミカさんの衣裳ってかなり露出度が高めですよね」
「そりゃ多少はサービス精神も持たないとね。やっぱり需要を考えるとどうしてもそうなるわよ」
「需要……ああ、たしかにエッチな方が男心はくすぐられますしね」
「そういうことよ」
ミカさんの装備はビキニアーマー。
防御力はちゃんと防具らしく高いが、見た目はただの水着とそん色ない。
これで激しく動き回ってモンスターと戦うのだから、男としては違う意味でもワクワクする。
――と、そこで俺は気づいてしまう。
「ハッ!? ということは、もしや俺もスケスケのシースルーTシャツなんか着てその写真をサムネに使えば――」
「それ、ガチで言ってるなら本気で山に埋めるわよ?」
「……すいませんでした」
「よろしい」
う~む、やはりこの線はナシか……。
さてと、そろそろ真面目に考えるか。
だが、そう思って何気なくミカさんのサムネを見返したところで――。
「……ん?」
俺はまたしても、ある重要な事実に気づいてしまった。
「あの、ミカさん……もし間違ってたら大変申し訳ないんですけど……」
「なに?」
キョトンとする現実のミカさんと、スマホに映ったサムネ上のミカさん。
俺は両者を見比べながら恐る恐る尋ねた。
「いや、この画像のミカさん、なんか心なしか胸のサイズが若干現実と比べて――」
「……それ以上はやめなさい」
「あ、はい……」
……なんだろう、今一瞬だけど死相が見えた気がする。
「ちなみに言っておくけど、今どき加工なんて当たり前よ。なんなら、それくらいやらないとこの世界では生きていけないと言っても過言じゃないわ。……ま、私は何もしてないけどね」
「……承知してます」
俺はすごく空気を読んだ。
「でも、実際問題加工ってどうやるんですか? というか、サムネ自体の作り方があんまりわかってないんですけど……」
俺のサムネは書いた文字をスマホで撮っただけ。
だから他の人がどうやって作ってるのか全然知らない。
「そりゃあ、そんなの普通に“画像編集ソフト”を使ってよ」
「画像編集ソフト……」
「なに? 使ったことないの?」
「あ、はい、存在は知っているんですけど触ったことは……。なんとなく手間がかかるし、とっつきにくいイメージがあるというか……」
「そんなことないわよ。今ならアプリやソフトもたくさんあるし、よっぽど凝らない限りは無料のヤツで問題ないわ。ほら、例えばこんなのとか」
「お~」
ミカさんが自分のパソコンで候補を見せてくれた。
てっきり高価なソフトを買う必要があると思っていた俺にとっては目から鱗。
「でも、やっぱりこういうのって使うの難しいんじゃ……」
「別に。配信用のサムネ程度なら、自分の写真をペッて貼って、それっぽいあおり文とかを入れとけばいいのよ。大事なのは構図と、あとタイトルとのつながりとかかしらね。なるべく配信の見どころを連想しやすいと尚いいわね」
「はあ……」
いや、そこが一番の難所な気がするんですが……。
それこそ俺が避けていた理由でもある。
なぜならこういうのは努力ではなく、もろに製作者のセンスが問われるような気がするからだ。
そして、俺にそんなセンスがあるとは思えない。
と、そんな俺の心情を察したのか、ミカさんが提案してくる。
「しょうがないわね。試しにちょっと触ってみる?」
「え、いいんですか?」
「いいわよ、それくらい。ほら、じゃあここ座って」
「え……!?」
ポンポンと促されたのはミカさんの真横。
若干ためらいを覚えつつも、俺はそろそろと移動した。
だが……。
「うっ……!?」
す、すごい、部屋もそうだけど隣に座っただけでより一層良い匂いがする。
しかもさっき露出の話をしたせいで、どうしても意識がとある部分に向いてしまう。
本人はああ言っていたが、個人的にはミカさんのスタイルは加工の必要などないように思える。
それこそどこの話とは言わないけど……。
しかし、そんな俺の内心などお構いなくミカさんのレクチャーは始まる。
「そうね、まずは今までのアーカイブから使えそうな自分のカットを切り出すところからかしらね。このタブをクリックしたら、次に3番目のメニューを選んで。で、それが終わったらだけど、あとは服の着せ替えツールなんかもあるから、場合によってはコレを使ってコスプレみたいな感じにしても――」
スラスラとツールの使い方を説明してくれるミカさん。
丁寧な上に、実にわかりやすい。
おかげで俺は言われるがまま色んな機能を利用しつつ、その流れで次回のサムネ作りにまで取り掛かった。
そうして、ポチポチと作業すること1時間ほど――。
「……できました!」
「ん」
どれどれ……と、使い方を説明し終えてくつろいでいたミカさんがパソコンを覗き見る。
そこに映っていたのは――。
スケスケのシースルーTシャツを着た俺だった。
「…………」
「すいません、冗談です。こっちが本命です」
まるで腐った魚を見るような目だった。
ごめんなさい、着せ替えツールが楽しすぎてついやっちゃいました。
俺はすぐさま慌てて画像を切り替えた。
すると今度は――。
「あら」
出来上がった画像は、俺とミカさんが剣を構えてモンスターに挑む構図。
あおり文も『引きこもり、アイドルとともに○○に挑む!』といったもの。正反対の二人が組むというギャップを印象づけるもの。
ちなみにモンスターの画像はフリー素材で、配信ごとにタイトルの○○の部分に合わせてすぐ差し替えられるようにしてある。
ミカさんから教えてもらったレイヤーという機能を使った仕組みだ。
これで毎回の労力も減らせる。
なお、俺の分の画像は結局今日の配信から引っ張ってきた。今までのアーカイブに戦うシーンがこれっぽっちもなかったせいだ。
俺が剣を抜いてドラゴンと対峙したシーンの切り取り。
……ま、この剣も結局使わなかったんですけどね(嘆き)。
ともあれ、我ながらそれっぽいものができたと思う。
その証拠に、隣で画像を見たミカさんもうんうんと頷いていた。
よかった、瞳に生気が戻っている。
「なんだ、やればできるじゃない。意外と飲み込みも早かったし、もっと前からちゃんとやればよかったのに」
「あ、ありがとうございます……」
なんか嬉しい。
やっぱり誰かに褒められるって気持ちいいなぁ。
ただ、本当はここで「それはミカさんの教え方がうまかったからですよ」と気の利いたことを言いたかったが、それはできなかった。
喉から出かかったところで恥ずかしくて引っ込んでしまった。
ああ、俺のコミュ力……。
すると、ミカさんが思い出したように言った。
「さて、いつの間にか結構いい時間ね。ちょっと遅くなっちゃったけど、そろそろ晩ゴハンにしましょ」
「ああ、そういえば」
そうだった、そのために来たんだった。
言われて俺もやっと思い出した。
楽しくてつい熱中しすぎてしまった。
「どうしましょう? ちょっと遅いですけど、どこかに食べに行きますか? もしくはウーバーとか」
「まさか。そんなんしないわよ」
「え、じゃあもしかして……」
外食もなし、宅配もなし。
であれば、残る選択肢は……。
「もちろん、私が作るのよ」
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ここまでお読みいただきありがとうございます。
この中でもし「SNSで加工した自撮りをアップしたことのある人」がいたら、もしくは「白黒サムネでドヤるってどんなセンスやねん」と思った方がいれば、よろしければブックマーク、☆評価、レビューなどをしていただけるととっても嬉しいです。
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