認知プロファイリング探偵松尾光
暇空茜
第1話 認知プロファイリング探偵
「ご依頼の件ですが、調査した結果、ご主人はクロだと思います。ですので成功報酬でお受けいたします。条件は以前お伝えした通り、
・裁判で使えるレベルの浮気の証拠を押さえることに成功した場合に報酬200万円
・今週末までにご依頼いただければ、2週間以内に証拠をおさえられると思います。
それでは、これにて契約完了となりますのでよろしくお願いします」
今回の調査は1時間で済んだ。あとは外注先の樋口に、50万円で日時や対象者を指定して尾行させ、証拠写真を撮らせれば150万円の儲けだ。
なぜ俺が浮気調査専門の探偵なんていう仕事をしているかというと、ひょんなことで身についたこの認知プロファイリングというスキルで、他人と極力かかわらずに金を稼ぐことができたからだ。
当松尾探偵事務所は業界では唯一だろう、報酬こそ高額だが成功報酬型で、一度依頼を受ければ確実に浮気の証拠を抑えるという触れ込みで、高額の報酬をポンと出せる富裕層の方々の間で口コミが広がって有名になりつつある。おかげさまで仕事には困っていない。
ふつう、探偵が浮気調査をする際には、依頼者に浮気をしてそうな候補日と、その日想定される行動スケジュールを出してもらい、尾行調査をして依頼料を稼ぐ。日当数万円×尾行は最低でも2人、できれば3人が必要となるため、たとえば3日間の尾行で3人チームとなれば、それだけで50万円を超えるというわけだ。浮気の証拠を抑えるまでこれを繰り返すことになるので、ターゲットが尻尾を出さなければ依頼料が300万を超えても成果0ということもままあるらしい。まあ、そうやって大金を注ぎ込んだ依頼者は、引っ込みがつかなくなって金が尽きるまで依頼を続けるらしいが……。
依頼者が依頼料でゴネることが多いから、ふつう浮気調査では、探偵は調査レポートを無駄に厚く丁寧に書かされるらしい。あなたの依頼通り、この日、この時間からこの時間までターゲットを確実に尾行し、その途中経過の写真もこんなにたくさん撮りましたよ、そして本当に3人チームで尾行しましたよ、と。昔飲み屋でぶつかってきた樋口という奴が、俺は探偵をやっているんだぞとイキってくるので、酒を奢って探偵業について色々と聞き出したのが、俺が探偵になったきっかけだった。
当時樋口は雇われの探偵で、事務所に所属してサラリーマンで探偵をやっていたが、最近独立して俺の下請け一本に絞ったらしい。俺は飽きたら辞めるぞ、とは言ってあるのだが。樋口は頭はそんなによくはないが、要領のいいやつで、情報を与えればターゲットを的確に尾行し、ご自慢の一眼レフを使って浮気現場の証拠写真を抑えてくる腕前だけは評価している。
認知プロファイリングのスキルについても説明しよう。
当松尾事務所は、依頼フォームにターゲットのSNSアカウントを書く箇所がある。ここが空欄の依頼は、定型文で3時間後にお断りメールが飛ぶように設定してある。これも、いちいちお断りのメールを書く手間を省く大切な工夫だ。
今回のターゲットのこのアカウント、依頼者はチェックしているのだろうか。こんなの、見れば浮気しているのは丸わかりなんだがな。
SNSアカウントからはその持ち主の「認知」が漏れ出て見える。嘘をついていれば違和感を感じるし、隠していることがうっすらと感じられる。この感覚は勘として誰でも持っているものだと思うが、俺のその勘というやつはちょっと他より敏感になった。
今回のターゲットは経営者の旦那で、Xのアカウントを1時間調査したら、次に浮気する日がわかった。
これだけじゃわからないか。順を追って説明しよう。
ここに先月ターゲットがポストした写真がある。「今日は大事なプロジェクトのために出張。懐かしいアニメがTVでやってたので旅館で男二人で鑑賞会して盛り上がりました」
これは嘘だろうと思った。このアニメは俺も好きなので知っている。確かにこの日テレビでやっていた。だが、この時やっていたのは国営放送のMHKで、深夜0時から2時の放送だった。しかも20年前にヒットしたアニメのリメイク劇場版だ。男でこのアニメがそんなに好きなら、Blu-rayで手元においてあり、いつでも見られるはずだ。ましてや、仕事関係の男なんかと、二人で夜中に鑑賞会などしたくはならないだろう。
この写真に写っている鑑賞会用の食べ物や飲み物を見ると、男が好きそうなまぜそばやビールセットとともに写っているのは、甘いチューハイや柔らかいマシュマロ、味付けうずらときたもんだ。これは女と居る。
さらにこの写真のポストに、思わせぶりに「わー私もこのアニメ大好きなんです」とリプしている女性のアカウントがあった。ターゲットも「いいよねこのアニメ」とリプを返している。
何かをカンで感じた俺は、このアカウントのポストを詳しくみていく。20代の職場の部下だろうか。こんな古いアニメが好きとは、随分いい趣味をしていることになるが、この女のアカウントからは一切オタク臭がしない。妙だ。20代でこのアニメが好きなくらいのオタクなら、SNSからはオタク臭がしなければならないはずじゃないか。
さらに詳しく調べると、どうもこの女は誰かとデートしているときに、相手の素性を出せないが、そのことを匂わせたいらしい。ポストの中で「」でいちいちくくっている内容をつなぎ合わせて読み解けば、どうやらこの女がターゲットの浮気相手のようだ。趣味じゃないアニメ鑑賞会につきあわされ、職場のボスとの関係をSNSで匂わせながら、二人の逢瀬ポストにリプして反応をもらおうとするいじましさは評価できる。ただ、俺の認知プロファイリングは二人の関係はただの遊びだと告げている。まあ、それはどうでもいいことか。この女は俺の依頼者じゃないしな。
二人とも顔写真をSNSにあげていたので、この写真とSNSアカウントと、あとは認知プロファイリングスキルで読み取った毎週浮気してそうな曜日などの情報を添えて樋口にメールすれば、あいつはあいつで元探偵のスキルで自分なりに調べ、浮気証拠をあげてくるというわけだ。樋口と俺の契約も成功報酬となっているので、あいつが失敗しても俺は損をしない。最初は訝しげにしていた樋口も、じゃあ失敗しても半額の25万円はやるよと言って2,3件依頼を投げてやると、俺の認知プロファイリングが当たりをつけた内容はほぼ的中に近いことが多いと思えるようになったようだ。以後も定期的に1件50万円で投げていたら、専属外注探偵として独立したから全部自分に投げてくださいと言ってくるようになった関係がもう2年近くも続いている。
これが俺の認知プロファイリングというスキルだ。1時間、おっさんのSNSを読み込んで疲れた脳にブドウ糖水出しコーヒーが染みていく。今日はもう仕事もない。今日は何の歴史について研究しようか。
俺にはもう一つの顔がある。元アカデミアの若き俊英、異端児、そして追放され二度とアカデミアには戻れない、趣味で歴史を研究しているVtuber「松尾凍道」。「凍道の歴史研究チャンネル」の運営者としての顔だ。一応収益化はできているものの、稼ぎとしては探偵業が9割を占めている。しかし、使っている時間は探偵業が1割で9割がこの凍道チャンネルと歴史研究だ。やはり、俺は歴史が好きなのだ。愛していると言ってもいい。できれば歴史研究のために生きたかった。
次回予告
次回は、なぜ俺がアカデミアを追放されて、凍道チャンネルを開設することになったのかについて説明しよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます