第17話:ちょうどいいヒロイン

 イリスとの出会いイベントを消化した後は、レドリック魔法学校と帝国魔法学院の『合同授業』が実施される。


 ボクはこれを豪快にブッチして、帝都の街へ繰り出した。

 まぁ馬カスに「後のことは任せた」、とぶん投げておいたので、きっと問題はないだろう。


(……ふむふむ……)


 今回の目的は――『マップ埋め』だ。

 もちろんボクには原作知識があるので、ここの地理はほとんど頭に入っている。


 ただ、


(おっ、ラインの武器屋だ! ここの店主さん、凄くいいキャラしてたっけ。あーそうそう、ここに占いの館があったな! おみくじを引いて、幸運値を上げられる……たまに超下がるけど。うわぁ懐かしい、『物市ものいち』だ! 極々低確率で超レアアイテムが並ぶんだよね!)


 やっぱりこうして、自分の足で歩くのは違うね。

 記憶の中にあるCGの情景が、現実のモノへ置き換わっていく感覚――これがもうたまらなく気持ちいい。


(多分このマップ埋めは、第一章から第五章の中でも、トップクラスに地味な作業だけど……)


『聖地巡礼』って感じがして、めちゃくちゃ楽しかった。


 ロンゾルキアを愛する原作ファンとして、本当は大はしゃぎしたいところなんだけど、


「おいあれ、ハイゼンベルク家の……」


「あぁ、新たに当主となったホロウ殿だ。ここのところよく、帝都で目撃されているらしい」


「人界交流プログラムでうちに来ているそうだが……。もしかしたら、今晩のアレ・・に出るのかもな」


 今のボクは、極悪貴族の当主『ハイゼンベルク公爵』。

 周囲の目があるため、「わーわーきゃーきゃー」と無邪気に跳ね回るわけにはいかない。


(家督を継いで『社会的な立場』ができた結果、こういう自由度はちょっと下がったかもね)


 もちろんプラスマイナスで言えば、『超大幅なプラス』だから特に文句はない。


 その後、ゲルド商会・魔女の秘跡ひせき・帝国闘技場・帝都競馬場・帝城などなど……『第五章のイベントスポット』はもちろん、活気に満ちた大通りから悪人をヌポンする路地裏まで――じっくりと見て回った。


 そうこうしているうちに、あっという間に陽は傾き、時刻は午後六時。


(さて、と……そろそろ動くか!)


 ボクは懐を漁り、『招待状』を取り出す。

 差出人はアルヴァラ帝国、つまりは皇帝だ。


(この後20時から、いよいよ今日のメインイベントが――『魔女の舞踏会』が始まる!)


 これは『色欲の魔女』に捧げる祝福の儀式であり、帝国の大貴族がこぞって参加する、『超ハイステータスパーティ』だ。


 ボクはクライン王国の来賓客らいひんきゃくとして、ハイゼンベルク公爵として、この舞踏会に招待されていた。


(帝国主催のもよおしだから、日々激務に勤しむ皇帝も、ここには必ず顔を出す……)


 第五章の目的は、大ボスを倒すことではなく――皇帝と・・・仲良し・・・になる・・・こと・・

 つまり今回のお誘いは、『渡りに舟』というわけだ。

 とてもありがたいね!


(でも、気を付けなくちゃいけないことがある)


 原作ホロウと切っても切れない例のアレ・・・・――『死亡フラグ』だ。


 この章には厄介なのが二つも存在し、そのうちの一つが魔女の舞踏会で炸裂する。


(ただまぁ……大丈夫、かな?)


 自分で言うのもなんだけど、謙虚堅実に努力を続けた結果、ボクのレベリングはかなり仕上がっている。

 今夜の死亡フラグにも、きっと対応できる――はずだ。


(そうなると問題は、『パートナー探し』だ)


 舞踏会は、社交の場。

 ハイゼンベルク家の当主が、女性の同伴もなく、一人寂しく出席するのは……さすがにちょっといただけない。

 貴族の作法に反した振る舞いをすれば、当家うちが軽んじられてしまうからね。


(さて、今回はボイドじゃなくて、ハイゼンベルク公爵として出る)


 つまり『裏の住人』であるうつろの面々、ダイヤ・ルビー・アクア・シュガーを連れて行くわけにはいかない。


(ボクが誘い出せる『表の住人』って、誰がいたっけ?)


 ニア・エリザ・リン・エンティア・馬カス・セレスさん、後は屋敷のメイドあたりか。


(……ふむ……)


 ヒロインたちの『舞踏会適性』をじっくり考えた結果、


(――やっぱりニアがベストだな)


 選ばれたのは、『不憫ふびんの女王』だった。


 彼女はなんというか、『ちょうどいいヒロイン』なんだよね。

 常識・礼節・教養が備わっていて、貴族としての振る舞いもばっちり。

 綺麗だし、家格もあるし、荒事にも対応できる。


(そして何より、ロンゾルキア随一の『不憫キャラ』だ)


 人に迷惑を掛けられることは日常だが、人に迷惑を掛けることはほとんどない。

 きっと魔女の舞踏会にも、自然に溶け込んでくれるだろう。


 そうと決まれば『善は急げ』だ。

 ボクは早速<交信コール>を使い、『最高の潤滑油じゅんかつゆ』に念波を飛ばした。


(――ニア、今から会えるか?)


(ホロウ? 急にどうしたの……って、あなたはいつも突然だったわね)


(実は、お前と一緒に出掛けたいところがある)


(一緒に出掛けたいって……二人っきり?)


(あぁ)


(行く行く、絶対に――はっ!?)


 ニアは突然、急ブレーキを踏んだ。


(どうした?)


(……どうせ期待させて、またとんでもないとこに連れて行くつもりなんでしょ? 最初は『王国の危険な裏カジノ』、次は『観光地じゃない方のトネリ洞窟』。今度はどこ?)


(『舞踏会ぶとうかい』だ)


(『武闘会ぶとうかい』ぃ? いったい何と戦わせるつもりよ)


(違う。武闘会・・・ではなく舞踏会・・・だ)


(……戦う方じゃなくて踊るやつ?)


(あぁ)


 どうやら誤解が解けたらしい。


(もしかして……誘ってくれているの?)


(同伴が必要でな。難しいようなら、他をた――)


(――行く行く! 絶対に行くわ!)


(そうか。では、すぐに支度しろ)


(うん、わか――あ゛っ!?)


 にわとりが喉を詰まらせたような声だ。


(どうした、他に予定でもあったか?)


(私、ドレス持ってきてない……)


(案ずるな。そこらで適当に見繕みつくろう)


(……プレゼント?)


(まぁ、そうなるな)


(ぃやった、ありがとうホロウ!)


 ニアはめちゃくちゃ上機嫌になった。

 彼女の好感度がグーンと上がった気がする。


(まぁ、いつも不憫ふびんな目に遭ってもらっているし、たまには『プレゼントイベント』があってもいいだろう)


 彼女は『便利枠』&『メインたて』として、今後も使いたお……ゴホン、活躍してもらう予定だしね。


 その後、漆黒の正装せいそうに着替えたボクは、大貴族御用達ごようたしの高級ブティックでニアと合流する。


 二人で舞踏会用のドレスを探した結果、中々よさげなモノが見つかったので、奥のフィッティングルームで試着させてもらうことになった。


「ホロウ、ちょっと待っててね?」


「あぁ」


 三分後。

 奥のカーテンがシャッと開かれ、そこから姿を現したのは――『天使』だった。


「……どう、かな……?」


 頬を少し赤くしたニアは、指で髪をいじりながら、気恥ずかしそうに微笑む。


(いや、可愛い過ぎるだろ……っ)


 肩と胸元を露出した純白のイブニングドレスは、美しい金のロングヘアを大きくて豊かな胸を瑞々みずみずしい柔肌やわはだを、ニアの持つ『素材の良さ』をこれでもかと引き出していた。


 思わず見惚みとれてしまうほどに美しい……が、この思いをそのまま伝えるわけにはいかない。


「まぁ……それなりだ」


 原作ホロウの設定を守った、『らしいコメント』を述べると、


「えへへ、ありがと」


 ニアは嬉しそうに微笑んだ。


(……マズいな)


 このままじゃ、情欲が暴れ出しかねない。

 迅速にそう判断したボクは、天使から視線を切り、店の主へ声を掛ける。


「このドレスをいただこう」


「ありがとうございます。こちら、お召しになって行かれますか?」


「あぁ」


 元々ニアが着ていた制服を袋に詰めてもらい、手早くササッと会計を済ませて退店する。


「ねぇホロウ、ほんとによかったの? このドレス、かなり高かったけど……」


「気にするな。これぐらいどうということはない」


 つい最近『帝国闘技場』+『帝都競馬場』という、巨大な財源を手にしたばかりだしね。

 ちょっと高めのドレスを買ったところで、痛くもかゆくもない。

 もちろん無駄遣いは駄目だけど、これは完全に必要経費だ。


「本当にありがとう、とっても嬉しいわ。このドレス、一生大切にするね」


「はっ、好きにしろ」


 そうしてニアの衣装を用意した後は、少し歩いて待ち合わせ場所へ、『高級Barバッカス』へ向かう。


「ふむ、ここだな」


「私、こういうお店に行くの初めて……ちょっと楽しみかも!」


「念のために言っておくが、はしゃぎ回るなよ?」


「もぅ、子どもじゃないんだから、それぐらいわかってるわよ」


「ならばいい」


 ボクはこのバッカスを『舞踏会の待ち合わせ場所』に指定しており、午後七時三十分に帝国から迎えの馬車が来ることになっていた。

 ここを選んだのには、当然きちんと理由がある。


(夜時間にバッカスを訪れると、『とあるイベント』が発生するんだよね!)


 それはボクが厳選した『おいしいサブイベント』で、舞踏会までの時間潰しがてら、必ず回収しようと決めていたモノだ。


「入るぞ」


「うん」


 扉を開けて中へ入ると、ニアがその後ろに続いた。


(おーっ、完璧な再現度だね!)


 高級Barバッカスの内装は、原作と同様にとても落ち着いてた。

 黒いバーカウンターが空気を引き締め、奥の棚にグラスと酒瓶さかびんが並び、壁際のキャンドルが全体を優しく照らす。

 ほのかにアルコールの香りが漂う中、渋面しぶづらの眼帯マスターが、カウンターにスッと立っていた。


「――お好きな席へ」


 超ド低音の案内を受けて、ボクとニアは空いている椅子に座る。


「ご注文は?」


「『ロンゾ・グレイ』を」


「え、えっと……」


「お前もノンアルコールにしておけ。『ルキアラ』とかが呑みやすいかもな」


「じゃあ、それでお願いします」


「かしこまりました」


 それからほどなくして、


「――どうぞ」


 カウンターテーブルにお洒落なグラスが置かれた。


「ほぅ……」


「うわぁ、綺麗……っ」


 ボクとニアはお洒落なカクテルグラスを持ち、


「「乾杯」」


 お互いにカツンとぶつけて、そのまま喉をうるおした。


「ふむ、悪くないな」


「んっ、これおいしい!」


 そうして二人で穏やかな時間を過ごしていると、左奥の席でトラブルが発生する。


「――んだとてめぇ! もういっぺん、言ってみやがれ!」


 豪奢ごうしゃな服を着たガラの悪い貴族が、凄まじい怒声を張り上げ、


「も、申し訳ございません……っ」


 見るからに貧しそうな男が、店の床で深々と土下座した。


(ふふっ、どうやら始まったみたいだね!)


 ボクが狙っていた『おいしいサブイベント』だ!

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