第15話:ワイズリー、死す

 ボクとワイズリーくんは大勢の観衆を引き連れて、帝国魔法学院のだだっ広い校庭へ移動する。


「ワイズリー、遠慮はいらねぇぞ! ぶっ殺せ!」


「生意気な『極悪貴族』に大恥をかせてやりなっ!」


「未開な王国の猿共へ、帝国の恐ろしさを教えてやれ!」


 帝国魔法学院の生徒たちは、大きな盛り上がりを見せた。


(原作通りと言えば、原作通りなんだけど……ちょっとガラが悪いね)


 一方、


「世界一、結果の読める戦いね……」


「こんなもん、ただの『公開処刑』だぞ……」


「なんかむしろ、可哀想になってきたな……」


 レドリック陣営は、完全に冷え切っている。


(普通こういうのって、両学院がそれぞれの代表を応援する、『友情イベント』的な側面があると思うんだけど……)


 誰も彼もみな、ボクの勝利を信じて――否、確信して疑わない。


(ふふっ、なんか一周回って、逆に新しいね!)


 そんな風にして、このイベントを楽しんでいると、


「――ホロウ、『良い知らせ』と『悪い知らせ』がある。どちらから聞きたい?」


 ワイズリーくんは、どこか芝居がかった口ぶりでキザな台詞を並べた。


(なるほど……原作通り、面白い子だね)


 彼は所謂いわゆる『やられ役』。

 主人公の踏み台となるために生み出された悲しい存在であり、こういう『三下ムーブ』をさせたら右に出る者はいない。


「では、悪い知らせから聞かせてもらおう」


「私は見ての通り、帝国魔法学院の首席合格者でね。キミとは天と地ほどの実力差がある。故にこのままでは、とても決闘として成立しない」


「それは困ったな。で、良い知らせは?」


「今回は特別に『ハンデ』をあげよう」


 これはまた興味深いことを言い出したね。


「せめて戦いの形を成すため、あらかじめこちらの情報を開示する。――私の固有は英雄級エピックラスの<流水演舞ワルツ>、魔力の流水りゅうすいを自在に操り、演舞のような『超高速移動』を行う。さらに最初の攻撃は、模擬刀による袈裟斬けさぎり、真っ正面から挑んでやろう」


 原作知識があるから、全て知っているんだよね。


(ただ、そんなことは口が裂けても言えない)


 ボクはまるで、今初めて知ったかのように目を丸めた。


「随分と大盤振る舞いだな。そんなに手を明かして大丈夫なのか?」


「ふふっ、『格下をおもんばかるのは紳士のたしなみ』だからね」


「ありがとう。気を遣わせてしまったようで、なんだか申し訳ないな」


 ワイズリーくんの善意に感謝を示したボクは――飛び切りさわやかな笑みを浮かべる。


「では、こちらも『縛り』を課そう」


縛り・・?」


「あぁ、俺はこの場から一歩も動かない。そして固有はもちろんのこと、攻撃魔法も全て禁じよう。後はそう、武具の類は持ち込まず、手足を用いた攻撃と防御もなしだ。ふむ……困ったな。ここまでやっても、まるで戦力差が埋まらん。他に何を縛ればよいだろうか……」


 ボクが右手をあごに添え、真剣に考え込むと、


「ほ、ほざけ! そんな『ふざけたルール』で、勝負になるわけないだろう!?」


「確かに貴殿の言う通り、こんな『甘いルール』では勝負にならん。こちらがあまりにも有利過ぎる。だから今こうやって、追加の制約を考えているんじゃないか」


「貴様ァ……人を舐めるのも大概にしろよッ!?」


 ワイズリーくんは瞳を尖らせ、鋭い殺気を放った。


「おいおい、そう気を立ててくれるな。『格下をおもんばかるのは紳士のたしなみ』、自分で言ったことだろう?」


「……あぁ、わかった。よぅく、理解したよ。キミがどれほど愚かで、傲慢ごうまんな男かということがね」


 彼が右手を伸ばすと、背後に控えるクラスメイトが、摸擬戦用の刃引きした剣を渡した。


「いいか、これは『誅罰ちゅうばつ』だっ! このワイズリー・マーシャルが、貴様の己惚うぬぼれた心を叩きのめしてくれるッ!」


 ワイズリーくんは怒りのあまり声を震わせ、こちらへ模擬刀の切っ先を突き付けた。


「ふふっ、それは楽しみだ」


 決闘の準備が整ったところで、馬カスがひょっこひょっこと前に出る。

 どうやら審判役を務めてくれるらしい。


「両者、準備はよろしいですね? それでは――はじめっ!」


 開幕と同時、


「――ハァアアアアアアアア!」


 ワイズリーくんは宣言通り、固有魔法<流水演舞ワルツ>を使い、真っ直ぐこちらへ滑り・・出した・・・


 しかし、


(……遅いな)


 昨晩お迎えしたウロボロスの頭領とうりょう、ドランよりも遥かに遅い。

 なんならこの『隙間時間』を利用して、魔力操作の修業ができそうなほどだ。


(この戦いの目的は――①主人公の強化イベントを横取りし、アレンから経験値を奪い取ること②帝国魔法学院に『圧倒的な格の違い』を見せ付け、今後ちょっかいを掛けて来ないようにわからせること)


 ①は既に達成済み。

 問題は②をどうするか、だ。


(ワイズリーくんの首を飛ばすのが、最も簡単で効果的なんだけど……)


 ボクは『無駄』が大嫌いだ。

 命という稀少資源を浪費するのは、自分のポリシーに反する。


(殺しはNG。自分に課した『縛り』によって、固有はおろか攻撃魔法も使えず、殴る蹴るも一切できない。となれば……やはりこれ・・だろう!)


 邪悪なホロウブレインが、いつものように『最高の回答こたえ』を弾き出した。


 それからほどなくして、


「喰らえっ! 夢幻むげん流奥義・鎮魂歌レクイエムッ!」


 ゆったりとした袈裟斬りが放たれたところで、『とある防御魔法』を発動する。


「――<障壁ウォール>」


 次の瞬間、ワイズリーくんの頭上から、巨大な壁が千枚と降り注ぎ、


「ぉ、ご!?」


 彼は面白い悲鳴をあげて、校庭にプチッとめり込んだ。


「ほぅ、『土下座』ならぬ『土下寝どげね』か。なるほど、確かに認めねばならんな。帝国は王国よりも進んでいる。まさかこのような前衛的ぜんえいてきな謝罪があるとは……正直、驚いたぞ」


「ん、ぐっ、ぉおおおおおおおお……!」


 地に這いつくばったワイズリーくんは、ありったけの魔力を解放しながら、必死にカサカサと手足を動かした。

障壁ウォール>の拘束から、抜け出そうとしているのだ。


「くくっ、頑張れ頑張れ」


 ボクが邪悪な笑みを浮かべると、


「お、おい……何やってんだよワイズリー!?」


「お前の魔力量なら、<障壁>ぐらい跳ね除けられるだろ!?」


「さっさと立ちやがれ! そんでムカつくホロウをぶっ殺すんだ!」


 帝国魔法学院の生徒たちは、ワイズリーくんを鼓舞こぶした。


 しかし、


(くそ、抜け出せない……っ。ホロウめ、<障壁>一枚にどれだけの魔力を練り込んでいるんだ!?)


<障壁>を破ることは不可能。

 そう判断した彼は、大声を張り上げる。


「ほ、ほふは・・・んふる・・・!」


 ……多分、『降参する』かな?

 ワイズリーくんの口は今、地面に密着しているため、上手く喋れないのだ。


「ふむ、よく聞こえないな。いや、これは……反撃の魔法を唱えているのか!?」


 追加で三百枚の<障壁ウォール>を重ねてあげると、


「んぐーっ!?」


 ワイズリーくんの体がさらに深くめり込み、涙目になりながらブンブンと首を横へ振った。


嗚呼あぁ、ちょっとたのしくなってきたぞ……っ)


 原作ホロウの嗜虐心しぎゃくしんが、『黒い愉悦ゆえつ』がたぎり始めたそのとき、


「そこまでだっ!」


 帝国魔法学院の教師が、たまらず「待った」を掛けた。


「ホロウ・フォン・ハイゼンベルク! 速やかに魔法を解除し、うちのワイズリーを解放しろっ! これ以上の攻撃は、傷害事件とみなすぞッ!」


「おやおや、何をおっしゃるのですか。今は決闘の最中ですよ?」


「ふざけるな! もう決着はついただろう!?」


「先生、冗談はよしてください。誇り高き帝国魔法学院の首席が、低位の防御魔法でやられるわけないでしょう。きっとこうしている今も、虎視眈々こしたんたんと反撃の機を窺っているはず――なぁ、そうだろう?」


 校庭にめり込む羽虫ワイズリーくんに目を向けると、


「……」


障壁ウォール>の圧に耐えかねたのか、ピクリとも動かなくなっていた。


(……えっ、死んだ……?)


 ちょっと焦ったけど、ちゃんと魔力の反応がある。

 これはただ、失神しているだけだ。


(しかし、見事なやられっぷりだね)


 ボクが苦笑いを浮かべていると、馬カスから<交信コール>が入った。


(ホロウ様、これ以上は本当に死んでしまいます。此度このたびの帝国訪問は、『人界じんかい交流プログラム』の一環、人死ひとじには少々マズいかと……)


(ふむ、仕方あるまい)


 ボクは<障壁ウォール>を解き、ワイズリーくんを解放した。


 それと同時、馬カスがバッと手をあげる。


「勝者ホロウ・フォン・ハイゼンベルク!」


 ボクは軽く鼻を鳴らし、クルリときびすを返した。


「うそ、だろ……っ」


「あのワイズリーが、ただの<障壁ウォール>にやられた……?」


「ホロウ・フォン・ハイゼンベルク、あいつはいったい何者なんだ……!?」


 魔法学院の一年生たちが恐怖に震える中、


「まぁ、そりゃこうなるわな……」


「あの化物に勝てるわけねぇだろ……」


「ホロウくん、楽しそうだったね……」


 レドリック陣営は、ただただ呆れていた。

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