第2話:弱い者いじめ

 四災獣しさいじゅう天喰そらぐいは、厄災ゼノが生み出した『人工の魔獣』であり、その正式名称は『四神獣ししんじゅう』ソラグマ。

 確かお腹が空いてあちこちの山を摘まみ食いした結果、そらを覆い尽くすほどの巨体となり、いつしか天喰と呼ばれるようになった――そんな設定だったはず。

 ちなみに性別はメスだ。


「これは……ミニチュアサイズの天喰!?(か、可愛い……っ)」


 驚愕に目を見開くシュガーへ、簡単に説明してあげる。


「四災獣を滅ぼすには、『特定の手順』を踏む必要があってね。今回はそれを無視して倒したから、一定時間の経過で復活――むぐっ!?」


 解説中のボクの顔面に、ソラグマが飛び付いてきた。


「ゼノー! ずっと探してたんだよー! ちゃんと転生できてたんだねー!」


 彼女はそう言って、小さな尻尾をピコピコと振る。


(これは……ヒグマというより、柴犬って感じだな)


 既に好感度Maxの子熊こぐまを引きがし、親指と人差し指で首の後ろを優しく摘まみ上げる。


「落ち着いてソラグマ、ボクは『ゼノ』じゃなくて『ボイド』だよ」


「えぇっ!?」


 衝撃を受けたっぽい彼女は、ジッとこちらを見つめ……ホッと安堵あんどの息を零す。


「どう見てもゼノだよ、ちゃんと虚空因子もあるし」


「確かに虚空は使えるけど、キミの知っているゼノじゃな――」


「――記憶がなくても、目付きが悪くても、腹黒い感じがしても、ゼノはゼノ!」


 ソラグマはそう言いながら、フワモコのほっぺをこすり付けてきた。

 どうやら虚空因子の有無で、『ゼノかいなか』を判断しているっぽい。

 まぁ……本人がそれでいいのなら、別になんでもいいや。


「でも酷いよ、どうしてオノレを攻撃するの? 『ゼノー!』って思いっきり呼んだのに」


「あんな『超ド低音ボイス』じゃ、何を言ってるのかわかんないよ。それに何より、キミが先に襲ってきたんだからね? 『正当防衛』ってやつだ」


「う゛っ……ごめん」


「いいよ」


 素直な子だ。


「ねぇソラグマ、一つ聞いてもいい?」


「うん」


「キミは人類を守護する四神獣だよね?」


「そうだよ」


「どうして人間を襲うようになったの?」


「それはもちろん――」


「もちろん?」


「……なんでだろう?」


 ソラグマは不思議そうに小首を傾げた。


「昔、ゼノに人間を守るように言われて……。でも、人間を見ていると頭がぐるぐるーってなって……。あれぇ……?」


「今はどう? ボクとシュガーを見ても平気?」


「うん、なんともない」


「それはよかった(一度死亡したことで、『邪神の洗脳』が解けたみたいだね)」


 ゼノの死後、四神獣は邪神にとらわれてしまい……『人類を守れ』という命令が、『人類を滅ぼせ』に書き換えられた。


(何故あらゆる摂理せつりを滅ぼしたゼノが、人類を守護する四神獣を生み出したのか。どうして無敵の力を誇ったゼノが、若くして命を落としたのか。邪神とはいえ、摂理をつかさどるはずの神が、なんの目的で四神獣にそんな命令を下したのか……)


 原初の時代には、『多くの謎』が残っている。

 それもそのはず、原作・・ロンゾ・・・ルキア・・・まだ・・完結・・して・・いない・・・のだ・・


 このゲームは年に一度、『超大型アップデート』が行われる。

 そこで多くの個別ルートに追加ストーリーが実装され、原初の時代に起きた出来事が、少しずつ明らかになっていくんだけど……これがめちゃくちゃ面白い。


(ボクがやっていたのは、確か『Ver12.1』だったかな?)


 超大作MMORPGロンゾルキアは、まだ『真の完結』を迎えていない。


(でも、この調子でメインルートを進めれば、この世界の真実を――『全ての謎』を解き明かせるかもしれない!)


 ロンゾルキアをこよなく愛するボクにとって、これは本当に幸せなことだ。

 もちろん『死亡フラグ』には、細心の注意を払わなきゃだけどね。


「ところでソラグマ、他の四神獣たちはどうしてるの?」


「うーん、よくわかんない。でも、みんな元気でやってると思うよ。なんとなく、そんな感じがするんだ」


「そうか」


 残り三体の四神獣は、メインルートの流れに沿って、適切なタイミングで回収しよう。

 本編から逸脱いつだつした行動を取り過ぎると、『原作知識』という最強の武器が機能しなくなっちゃうからね。


(さて……とりあえずソラグマは、ボイドタウンで飼育しようかな)


 第四章のクリアボーナス&大ボスコレクション&貴重なマスコット枠として、彼女はきちんと回収しておきたい。

 まぁ虚空界は、四神獣の生まれ故郷みたいなものだから、きっと喜んでくれるだろう。


「ソラグマ、ボクの家族になってもらえる?」


「オノレとゼノは、千年前からずっとずぅっと家族だよ!」


「ふふっ、ありがとう。それじゃ、虚空界へ帰ろうか」


「うんっ!」


<虚空渡り>を使い、ボイドタウンへ飛ぶと、


「な、なに・・これ・・……!?」


 ソラグマは大口を開けてフリーズした。


「虚空界が、ゼノの聖域が、オノレの故郷が……っ」


 ボイドタウンの発展ぶりに驚いているみたいだ。

 うんうん、とてもいい反応だね!


「どう、凄いでしょ?」


「凄いというか、凄過ぎるというか……。ゼノは昔から、とんでもないことばかりするね……っ」


 そんな風に二人で談笑していると、前方から金髪の大男がやってきた。


「おぅボイド、こんなところで奇遇だな!」


「ん……? あぁ、ラグナか」


 その瞬間、背後に控えていたシュガーが、切れ長の瞳を尖らせる。


「ラグナ……いったい何度言えばわかるんですか? 『ボイド』ではなく『ボイド様』と呼びなさい」


「あー、はいはい、わかったわかった」


「返事は一回」


「へいへい」


「あまり反抗的な態度を取っていると、ダイヤ様に言い付けますよ?」


「……悪かった、それだけは勘弁してくれ」


 ラグナはすぐに白旗をあげた。

 どうやら前に絞られたのが、よっぽどこたえたらしい。


「せっかくの機会だし、紹介しておこうかな。ボクたちの新しい家族――ソラグマだ」


「ほぅ、空飛ぶしろダヌキか。こりゃまた珍しいモンを拾ってきたな」


 ラグナは興味深そうに距離を詰め、


「た、タヌキじゃない! オノレは偉大な白熊だっ!」


 ソラグマは激怒し、白い体毛を逆立さかだたせた。


「おいおい、こいつ喋れんのか!?」


 ラグナは感心したように目を丸くする。


「ふふっ、凄いでしょ? なんと言ってもこの子は、四災獣の一角天喰そらぐいだからね!」


 ボクが新しいコレクションを自慢すると、


「ぷっ、くくく……ぎゃっはははははははは! おいおいボイド、冗談はよしてくれや! この間抜けな白ダヌキが、天喰のわけねぇだろっ!」


 ラグナは腹を抱えて大笑いし、


「……ムカッ」


 ソラグマは小さな口を頑張って開いた。


 次の瞬間、


「――<呪重殲滅弾カース・グラビドン>」


 世界の敵ワールドエネミーの『致死攻撃フェイタルアタック』が炸裂。


「ぉ、おぉお゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛……!?」


 かなり手加減されているが、その威力は凄まじく、


「……う゛、ぁ……っ」


 ラグナはなんの生産性もなく、ただ無意味に無価値に、瀕死の重傷を負った。


(いや、何やってんのさ……)


 多少しぼんだとはいえ、ソラグマは四神獣の一角。

 彼女の保有する魔力は、ラグナを遥かに超えている。

 ちなみに、周囲の建物は<虚空憑依>で守ったので、ボイドタウンの被害はゼロだ。


「前々から思っていたんだけど……キミってさ、絶妙に『不憫属性』を持ってるよね?」


 ボクはため息まじりに回復魔法を使い、『金色のボロ雑巾』を補修してあげる。


「むっふー、オノレの方が強い!」


「く、くそったれぇ……っ(金髪のハーフエルフ・五獄ごごくの女ども・白ダヌキ……。ボイドの周りは、化物だらけか……ッ)」


『勝ち誇る白熊』と『挫折する金獅子きんじし』。

 中々に面白い光景だけど……そろそろこの辺りで、仲裁に入るべきだろう。


「はいはい、うちは『仲良し家族』だから、本気ガチの喧嘩は禁止。ソラグマ、弱い者いじめはやめなさい。ラグナもラグナで、格上にちょっかいを出さないの。いいね?」


「はーい」


 ソラグマは素直に頷き、


「よ、弱い者……いじめ……っ」


 ラグナは屈辱に震えるのだった。

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