エピローグ

 天喰そらぐいの早期討伐を決めたホロウは、早速『二枚のカード』を切る。


「ニア、エリザ、準備はできているな?」


「えぇ、もちろんよ!」


「いつでも行けるぞ!」


 ここまでずっと魔力を貯めていた二人は、力強く頷く。


「まずはニアからだ」


「任せて頂戴!」


 彼女は右手を頭上に掲げ、渾身の大魔力を解き放つ。


「これが私の全身全霊! ――<原初の太陽オリジン・フレア>ッ!」


 遥か上空より降り注ぐ巨大な太陽が、純白の背中を焼き焦がした。


「ギ、ギィイイイイイイイイイイイイ……ッ!」


 天喰そらぐいはたまらず、巨大な重力波をその身にまとい、『全方位防御』を展開。

 圧倒的な出力で、原初の一撃をけた。


「う、嘘……っ」


 唖然あぜんとするニアを他所よそに、ホロウは淡々と次の手を打つ。


「エリザ、行けるな?」


「あぁ」


 彼女はゆっくりと目を閉じ、 


「――<銀閃ぎんせん断空だんくう>ッ!」


 斬撃という現象を全方位防御の先、『天喰の体内』に発生させると、


「ギィォオオオオオオオオオオオオ!?」


 耳をつんざく凄まじい悲鳴をあげた。


(ふふっ、イイ火力だね)


 その直後、天喰の頭上に浮かぶ天輪てんりんが神々しい光を放つ。


(来たな、『必殺攻撃スペシャル・アタック』!)


 HPが50%を下回ったとき、天喰そらぐいは性質の異なる三つの特殊な魔法を使う。

 必殺攻撃スペシャル・アタックはどれも『規格外の威力』を誇り、まともに食らえば全滅だ。


(まずは第一波――広域殲滅魔法<呪重の死焔カース・フレイム>!)


 天喰の巨大な口が開き、


「ゴォオオオオオオオオオオオオ……!」


 漆黒の火焔かえんが吹き荒れた。


 遥か上空より降り落ちる『炎の絨毯じゅうたん』を前に、


「お、終わった……っ」


「ひ、ひぃいいいいいいいい!?」


「ホロウ様、どうか次のご指示を……!」


 戦場が大混乱におちいる中――ホロウは周囲に悟られぬよう、宙空ちゅうくうに<虚空渡り>を展開した。


 米粒にも満たない小さな黒い渦、その奥より響くのは、300年と生きた老爺ろうやの声。


「――<原初の天氷オリジン・グレイシア>」


 次の瞬間、極寒の冷気が吹き荒れ、世界が白銀に染まる。

呪重の死焔カース・フレイム>は、原初の白氷はくひょうに包まれ――ボロボロと崩れ落ちた。


「す、凄ぇ……なんて威力だ……!?」


「でもこんな大魔法、いったい誰が……?」


「うぉおおおおおおおお! さすがはホロウ様だぜッ!」


 驚愕と疑問と喝采かっさいが湧く中、


(この魔法は、お爺様の<原初の氷>……!?)


 ニアだけが、魔法の主を正しく理解した。


(さてさてお次は第二波――召喚魔法<呪重の死軍カース・アーミー>!)


 天喰の巨大な前腕から、


「オォオオオオオオオオオオオオ!」


 漆黒の液体が垂れ落ちた。

 地面にドロリと積もった汚泥、そこから這い出すのは、大量の『死兵しへい』。

 触れたモノを呪い殺す『不死の兵隊』――総数にして10万を超える。


「ぜ、前方より大量の召喚獣が接近!」


「おいおい、この数は洒落しゃれになんねぇぞ……っ」


「ホロウ様、いったいどうすれば!?」


 あちこちで悲鳴があがる中、上空に極小の黒い渦が浮かび、そこから不思議な声が響く。


「――『ひざまずけ』」


 10万を超える死兵は、静かにこうべを垂れ、完全に無力化された。


(これは、ヴァランの<支配の言霊ことだま>!?)


 今度はエリザだけが、魔法の主を理解した。


(最後の第三波は――単体殲滅魔法<呪重の死槍カース・スピア>!)


 天喰そらぐい天輪てんりんが輝き、


「ヲォオオオオオオオオオオオオ!」


 王国軍の本陣へ向けて、超巨大な黒槍こくそうが放たれた。


「で、デカい……っ」


「なんて規模だ……ッ」


「お願いします、ホロウ様の奇跡を……!」


 刹那せつな、漆黒の渦が浮かび、黄金の巨釜おおがまが現れる。


「――<原初の巨釜おおがま・神殺しの槍>ッ!」


 超高出力の巨大な槍が放たれ、<呪重の死槍カース・スピア>と激突――互いに消滅した。


(((やっぱりホロウのやつ、ラグナ・ラインを飼っていやがったな……っ)))


 王国軍に志願したレドリックの生徒たちが、同級生クラスメイトの腹黒さを再認識する。


(くくくっ、完璧だね!)


 ホロウは自慢の『大ボスコレクション』を活用することで、指揮官席に座ったまま、天喰そらぐい必殺攻撃スペシャル・アタックを完璧に防ぎ切った。


 そして訪れる――『不動時間』。


天喰そらぐいの動きが止まった! 一気に畳み掛けるぞ!」


 ホロウの号令を受け、


「行っけぇええええええええ!」


「勝てる、勝てるぞぉおおおお……!」


「国の未来のため、天喰そらぐいの首を獲るんだッ!」


 王国軍の士気は最高潮に上がる。


「「「「「――<天使の祝福ブレッシング>!」」」」」


 後衛の支援職が前衛の膂力りょりょくと魔力を底上げし、


「ぬぅんッ!」


 ダフネスが<虚飾のくさび>を打ち込み、天喰そらぐいの血液を沸騰・凍結させ、


「「「「「――<烈火の嵐>!」」」」」


「「「「「――<氷華の刃>!」」」」」


「「「「「――<轟雷>!」」」」」


 魔法士部隊が両側から魔法を撃ち込み、


「「「「「おらぁあああああああああッ!」」」」」


 魔剣士部隊が遠距離から斬撃を飛ばす。


 王国軍の総攻撃を受け、


「グォオオオオオオオオオオオオ……っ」


 天喰そらぐいの巨大な両腕が落ちた。


 このまま一気に討ち取れるかと思ったそのとき、


「ギュァア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛……!」


 天喰そらぐいは耳をつんざく雄叫びをあげる。


 それと同時、頭上の天輪が六つに裂け、背中に神々しい翼が生えた。

 純白の大魔力がライラック平原を包む中、宙空ちゅうくうに大量の波紋はもんが生まれ、そこに強力な魔弾が装填そうてんされる。


(ついに来たね、『最終攻撃フェイタル・アタック』)


 ホロウは静かに目を尖らせた。


 天喰そらぐい生命いのちの危機にひんしたとき、その巨体に溜め込んだ全魔力を解放して、敵性生命体を滅ぼさんとする。


「な、なんだこのふざけた魔力は……!?」


「これが四災獣しさいじゅうの力……っ」


「無理だ、勝てっこねぇ……ッ」


 全軍が恐怖に身を固める中、


「こ、これ・・は……っ」


『最速の剣聖』レイラの脳裏をよぎるのは、未曽有みぞうの大破壊。

 十二年前、彼女は王国軍を率いて、天喰を討伐寸前まで追い詰めた。

 しかし、最終攻撃フェイタル・アタックを受けて……。否、この攻撃から兵たちを守るため、捨て身の防御を敢行かんこうし――呪いにしたのだ。


 前線に飛び出した彼女は、自身の固有を解放し、迎撃態勢を取るが……。


(……無理だ。この魔力、前回よりも遥かに強い……っ)


 十二年間、世界中の山々を捕食した天喰は、驚異的なほどに育っていた。


 それでも、レイラは強い。

 前回のように、自軍を守り切ることはできないが……。

 自分の身一つならば、なんとかなるだろう。


 この盤面における最適解は一つ。

 王国軍を即座に見捨て、最前線でダフネスと共闘し、天喰を仕留めること。


 しかし、


(私は『剣聖』、民を守る責務がある!)


 レイラの高い善性が、決してそれを許さなかった。


 一方――この戦闘中、ずっと妻に気を掛けていたダフネスは、当然その動きを把握する。


(やめろ、レイラ! この攻撃は、もはや人間に防げるモノではないッ!)


 彼の明晰めいせきな頭脳は、冷静に戦況を分析する。


(私がこのまま攻め続ければ、おそらく天喰そらぐいを落とし切れる。しかしその場合、レイラが……っ)


 指揮官としてるべき答えは一つ。


 ――妻を見捨てて、天喰を仕留める。


 王国の未来と一人の命。

 こんなもの、天秤てんびんに掛けるまでもない。


 だが、


「――レイラァアアアアアアアアッ!」


 ダフネスは最前線を放棄し、レイラを守るために駆け出した。


 彼は家族愛の強過ぎる男。

『理』よりも『情』が勝ってしまったのだ。

 

 それは『唯一の負け筋』。


 この後、天喰そらぐいの『最終攻撃フェイタル・アタック』を受けてダフネスは死亡、壊滅的な被害を受けたレイラたちは撤退をいられる。

 王国軍は歴史的な大敗をきっし、ハイゼンベルク家は没落を辿る――はずだった。


 しかしここに、


「ふむ、頃合いだな」


 そんな『BadEnd』を許さぬ男がいた。


 届いたのは、一本の<交信コール>。


(――父上、ここは自分にお任せください)


(ホロウ!?)


(十二年と溜め続けたその魔力は、防御ではなく攻撃へ――天喰そらぐいを仕留める最後のチャンスです)


(し、しかし……っ)


(奴の攻撃は、自分が責任を持って防ぎます。ですから、どうか父上は天喰を)


(……わかった、お前を信じよう)


 最後の鍵となったのは――『信頼』。

 ホロウの積み重ねた実績が、その言葉に重みを生んだ。


(ありがとうございます)


交信コール>が切断されるや否や、


(くくくっ、これで『勝利条件』は全て揃った!)


 飛び切り邪悪な笑みを浮かべたホロウは、ゆっくりと指揮官席を立ち、階段を上るように宙空ちゅうくうを進んでいく。


「ちょっと、どこへ行くつもりなの!?」


「少々厄介な攻撃が来るのでな。迎撃に出る」


「待て、こんなところで<虚空アレ>を使えば――」


「――案ずるな。固有を使わずとも、それ・・なりに・・・戦える・・・


 ニアとエリザを制したホロウは、遥か上空に立ち、天喰と視線を交える。


(さてさて、ようやく来たボクの見せ場。ここはやっぱり『絵映えばえ』を意識しなきゃだね!)


 次の瞬間、漆黒の大魔力が吹き荒れた。

 それは原作ホロウの悪性をこれでもかと表現した『汚泥おでいのような黒』。

 天喰の放つ純白の魔力を押しのけ、おどろおどろしい闇が世界を呑み込んで行く。


「こ、これって……っ」


「まさか、ホロウ様の魔力……!?」


「嘘だろ……っ。天喰よりも遥かにデケェぞ……ッ!?」


 王国軍が恐怖に体を凍らせる中、


「――ゼェノォオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!」


 天喰は最終攻撃フェイタル・アタック呪重殲滅弾カース・グラビドン>を発動。

 大空を埋め尽くす超高出力の魔弾が、凄まじい速度で一斉に解き放たれた。


 対するホロウは、右手を前に突き出す。


 それと同時――世界が夜に包まれた。

 漆黒に浮かぶは、深紅しんくの恒星。


 それはかつて『禁書庫の番人』が行使した広域殲滅魔法。

 しかしその威力と規模は、魔女のモノと比較にならない。


 不敵な笑みを浮かべた『虚空の王』は――静かにつむぐ。


「――<終末の極星ラス・ミーティア>」


 刹那せつな深紅しんく極光きょっこうが世界をいろどった。


 莫大な魔力を凝縮した星の輝きは、天喰の<呪重殲滅弾カース・グラビドン>を喰らい尽くし、その巨体を蹂躙じゅうりんしていく。


「グォオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛……!?」


 天喰は苦悶くもんの声をあげ、その身をよじらせた。


「こ、これは……最高位魔法<終末の極星ラス・ミーティア>!?」


「いやしかし、あの魔法にこんな威力と規模はないはず……っ」


「『神話の大魔法』……ッ」


 王国軍が呆然と立ちすくむ中、


(っと、危ない危ない)


 ホロウ・・・慌てて・・・魔法を・・・中断した・・・・


 このまま<終末の極星ラス・ミーティア>を行使し続ければ、難なく天喰そらぐいほふれるだろう。

 そうなった暁には、ホロウ・フォン・ハイゼンベルクの名声は、クライン王国全土へ轟く。


(でも、ボクはそこまで『無粋・・』じゃない)


 この時を待ち焦がれた男がいる。

 復讐の刃を研ぎ続けた男がいる。

 その機会を奪い取り、自分の舞台にするほど、ホロウは無粋な男じゃない。


「――12年・・・本当に・・・永か・・った・・……っ」


 万感ばんかんの呟きと共に立ち昇るのは、<虚飾きょしょく>の大魔力。

 重力は荒ぶり、空は煮え立ち、あらゆる法則が乱れ狂う。


「ぐ、グォ……!?」


 生命いのちの危機を感じ取った天喰は、大きく体をひるがえし――何故か・・・ダフネス・・・・もとへ・・・逃げ・・出した・・・

 虚飾の魔力を大量に叩き込まれた結果、前後左右はおろか上下の感覚まで、『あべこべ』になっているのだ。


 遥か頭上より落下してくる天喰に対し、ダフネスはゆっくり目を閉じる。

 まぶたの裏に流れるのは、これまで過ごした苦渋くじゅうの日々。


【……レイラが……敗れた……?】


 耳を疑った第一報。


【何故だ、私は何故あのとき……くだらぬ公務を優先した……っ】


 悔いても悔い切れぬ判断。


【すまない、レイラ……っ。本当に、本当にすまない……ッ】


 何度も繰り返す贖罪しょくざいの言葉。


【私は……何をやっているのだ……。私は、どうすればよいのだ……ッ】


 両の手からサラサラと零れ落ちていく、家族三人で楽しく笑い合えるはずだった、えのない時間。


【くそ、くそ、くそぉ゛……! 許さぬ、絶対に許さぬぞ、天喰そらぐいめ……っ。必ずや貴様の脳天を叩き割り、その肉体からだをグチャグチャにしてくれるわ……ッ】


 臓腑ぞうふを焦がす憤怒の炎。


 つのりに募った12年の感情、その全てをこの一撃に乗せる。


「――<虚飾・一鉄いってつ>ッ!」


 全魔力を込めた右の鉄拳てっけんが、天喰そらぐいの脳天を撃ち抜いた。


「ブォオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!?」


 頭蓋ずがいが砕け、臓物が四散し、輝く天輪てんりんが光を失い――その巨躯きょくがゆっくりと倒れ伏す。


「――ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」


 世界の敵ワールドエネミーを仕留めた男の雄叫びは、妻のかたきを討った夫の慟哭どうこくは、遥か地平線を超えてどこまでもどこまでも響き渡った。



 天喰そらぐい討伐のほうは、その日のうちに世界中を駆け巡る。

 四大国はもちろんのこと、大小様々な国で号外ごうがいが飛び交った。

 たった一人の死者も出さずして、天喰を討ち取った完全勝利――これは紛れもなく、人類史じんるいしに残る偉業だ。

 指揮官を務めた『虚飾のダフネス』はもちろん、『天才軍師』ホロウ・フォン・ハイゼンベルクの名も、大陸全土へ轟くこととなる。


 歴史的な快挙を成し遂げた夜、王城のメインホールでは、呑めや歌えやの大宴会が開かれる。


天喰そらぐい討伐を祝して――乾杯!」


 国王バルタザールが音頭おんどを取り、


「「「「「かんぱーいッ!」」」」」


 王国の正規兵たちが、酒の入ったジョッキを掲げた。


「んぐ、んぐ……ぷはぁ……! まさかこうして再び、うまい酒が呑めるとはのぅ!」


「へ、陛下、あまり御無理をなされては……っ」


 近衛このえたしなめられたが、


「馬鹿者、こんなときに呑まんでいつ呑むのじゃ! 王たる者、祝いの宴は派手にやらねばならん! それでこそ、兵の士気があがるというモノよ!」


 バルタザールはそう言って、肩を揺らして笑う。


 にぎやかで楽しげな空気が満ちる中、そこかしこであがるのは、ハイゼンベルク家を称える声。


「いやしかし、ダフネス様は恐ろしくつえぇな!」


「あぁ、あの天喰と真っ正面から殴り合っていたぞ!」


「さすがは起源級オリジンクラスの固有魔法、<虚飾きょしょく>の使い手だ!」


 ダフネスを褒める声が湧き、


「それにしても、ホロウ様の指揮はとんでもなかったな!」


「あぁ、まるで天喰の思考を先読みしているかのような神采配かみさいはい!」


「王国最高の――いや、『世界最高の天才軍師』だ!」


「最後に使った大魔法、あれはマジにしびれたぜ……」


「これでまだ15歳……末恐ろしい御方だな」


「うちの家も、『ハイゼンベルク派閥』に入れてもらえねぇかなぁ?」


 ホロウを絶賛する声は、湯水の如くあふれるばかりだ。


 王国軍がハメを外し、酒宴しゅえんに興じる中、


「……」


「……」


 ゾルドラ家の当主ゾルディアと次期当主ルイスは、メインホールの片隅で所在なさげに立っていた。

 本当はこんな場に来たくもなかったのだが……。

 四大貴族としての面子めんつ体裁ていさいがあるため、出席せざるを得なかったのだ。


(ホロウ・フォン・ハイゼンベルク、あのクソガキさえいなければ、今頃はゾルドラが武功をあげていたものを……っ)


(覚えておけよホロウ、次の『王選』でその生意気な顔を叩き潰してくれる……ッ)


 二人は静かに『復讐の炎』を燃やし、ホロ苦い酒を呑むのだった。


 一方、歴史的勝利の立役者となったホロウが、壁際で静かにグラスを傾けていると――ニアとエリザがやってきた。


「やっほ、天才軍師さん」


獅子奮迅ししふんじんの大活躍だったな」


「ふん、当然だ」


 ホロウはそう言って、グラスで口をうるおす。

 これは一種の照れ隠し。

 素直じゃない彼は、面と向かって褒められたとき、誤魔化ごまかす癖があるのだ。


「ねぇねぇ、最後の魔法なんだけど……あれ絶対、途中で止めたよね?」


とぼけても無駄だぞ? 私達は、お前の本当の実力を知っている」


 ニアとエリザはそう言って、嬉しそうに微笑む。


「お父さんに花を持たせるために、自分は黙って手を引くなんて、やっぱりホロウは優しいね」


「お前のそういうところは、とても好ましく思えるぞ」


 どうやら二人には、見抜かれていたようだ。

 しかし、自分の口からそれを明かすのは、なんだか違うような気がした。


「はっ、くだらぬ妄想も大概にしておけ」


 捻くれ者のホロウが、適当にはぐらかしていると、


「――あっ、ホロウくん!」


「……アレンか」


 今回仕留め損ねた宿敵が、小さく右手を振りながら、小走りでやってきた。


「凄い活躍だったね! やっぱりホロウくんは天才だよ!」


「そういうお前は、そこそこの活躍だったな」


「あはは、ありがとう」


 アレンは肩を揺らしながら、右手をスッと差し出す。


 ホロウはわずかに眉を上げ、


(まぁ……今日ぐらいはいいか)


 同じく右手を伸ばし、


「「――乾杯」」


 悪役貴族と主人公、二人はカチンとグラスをぶつけた。


 その後ホロウ・ニア・エリザ・アレン、いつもの四人で宴会を楽しんでいると――メインホールの奥が、にわかに騒がしくなった。


(なんだ?)


 そちらへ目を向けると、仮設舞台にダフネスが立っていた。

 ゴホンと咳払いをした彼は、低く渋い声を響かせる。


此度こたび、指揮官を務めさせてもらったダフネスだ。まずはみなに感謝を、勇敢な諸君らの奮闘によって、四災獣天喰そらぐいは討たれたっ! これは我々の勝利であり、王国の勝利であり、人類の勝利だッ!」


「「「「「うぉおおおおおおおお……!」」」」」


 地鳴りのような歓声が沸いた。


「このような宴で、上の立場の者が長々と語るのは、あまり好ましくないのだが……。どうしても一つ、この場で伝えておきたいことがある」


 ダフネスはそこで一拍置き、スッと右手を伸ばした。


「我が誇り――ホロウについてだ」


(んっ?)


「確かにこやつはまだ若く、未熟なところもある。だがしかし、『類稀たぐいまれな知略』と『圧倒的な武力』を併せ持つ『自慢のせがれ』だ」


(こ、これは……っ)


「私も既に四十を数え、魔法士としての最盛期を過ぎた。憎き天喰を討ち取り、長年の宿願しゅくがんを果たした今、もはや思い残すことは何もない。今後は裏方に回り、新たな・・・当主・・を支えたいと思う」


(おいおい、まさか……!?)


「今この時をって、私はえある当主の座を退しりぞき、ホロウ・フォン・ハイゼンベルクを正統な後継者とする!」


 次の瞬間、メインホールは大歓声に包まれる。


「ホロウ様が、ハイゼンベルク家の新当主だァ!」


「ホロウ様、当主就任おめでとうございますっ!」


「『虚飾』のダフネス様が裏で支え、『天才軍師』ホロウ様が表に立つ、か……すげぇ布陣だな」


「おいおい、『最速の剣聖』レイラ様を忘れちゃいかんぞ?」


「こりゃ、ハイゼンベルク家の将来は安泰あんたいだな!」


 祝いの言葉が飛び交い、軽快な指笛ゆびぶえが響く中、


(くくく……素晴らしい! 最高だよ、父上っ!)


 ホロウは凛々りりしい外面そとづらを保ちつつ、腹の底で邪悪に微笑む。


 それを横目に見たニアとエリザは、


(これ、また悪い事を考えているわね……っ)


(これは、またよからぬことをくわだてているな……っ)


 軽くのけぞりながら、ゴクリと息を呑んだ。


 大観衆の前で当主に指名されたホロウは、礼儀正しく頭を下げる。


「――浅学非才せんがくひさいなこの身ですが、つつしんでお受けいたします。先人せんじんの築きし家と領地を守り、さらなる繁栄に導くべく、『謙虚堅実』に精進しょうじんする所存です」


『怠惰傲慢な極悪貴族』はそう言って、飛び切り邪悪な笑みを浮かべた。


 こうしてハイゼンベルク家50代目当主『ホロウ・フォン・ハイゼンベルク』が誕生するのだった。



 王城の大宴会が終わった後、ボクは禁書庫へ飛んだ。


(本当は自室に戻って、恒例の『振り返り』をしたかったんだけど……)


 うちの屋敷は天喰討伐に沸き、お祭り騒ぎになっている。

 とてもじゃないけど、静かに考えごとをできる状況じゃない。

 そういうわけで、どこか『イイ感じの場所』を探した結果――禁書庫がヒットしたのだ。


(幸いエンティアの魔力は、ボイドタウンにある。今この自然図書館にいるのは、大人しい分身体だけ)


 振り返りをするには、もってこいだ。


「――よっこいしょっと」


 エンティアがいつも座っている、真っ白な椅子に深く腰掛け、『思考の海』にひたる。


(第四章を簡単にまとめると……序盤は天魔十傑てんまじゅっけつの下半分を始末して、中盤は国王バルタザールを延命させて、終盤は天喰を討伐した)


 他にもゾルドラ家の密偵みっていカーラ先生を抱き込んだり、『スケルトン製造機ラグナ』に無限の労働力を吐き出させたり、ドドンたちドワーフ族を配下に引きり込んだり……。


 毎度のことながら、今回もイベントくしだった。

 そろそろ『南国のリゾート』とかで、ゆっくりと羽根を伸ばしたいなぁ。


(とにもかくにも、第四章を総括そうかつすると――『完璧な出来栄え』だ)


 シナリオの進行速度・イベントの回収量・第五章以降への布石、どれを取っても申し分ない。

 特に天喰そらぐいを『死者ゼロ』で討ち取ったのが大きいね。


(王国最高の天才軍師として、ホロウ・フォン・ハイゼンベルクの名は世界中に轟き――クライン王国の王族たちにも、その力を見せ付けることができた)


 人類史に残る武功ぶこうを立てたんだ、『王選』にもはずみがついたことだろう。


(唯一の誤算は……勇者の覚醒)


 でもまぁ第二段階マジック・カウンター第三段階アタック・カウンターは、二つで一つみたいなモノだから、そこまで強化されたわけじゃない。


(『メインルートの主人公』と照らし合わせると、今のアレンの実力は『第二章終盤』ってところかな?)


 現在は第四章の最終盤、明日からは『第五章』が始まる。

 主人公のレベリングは、依然いぜんとして周回遅れ。


 だから、そこまで慌てる必要はない。


(『主人公対策』については、また後日ちゃんと考えるとして……)


 今は『第四章のスペシャルクリア報酬』とも呼ぶべき――『新当主就任』を喜ぼう。


 正直これは、本当にデカい・・・

 勇者覚醒というマイナスをおぎなって余りあるどころか、差し引きすると『超大幅なプラス』だ。


(次期当主と当主――両者の差はあまりに大きい。はっきり言って、次元が・・・違う・・


 次期当主というのは、跡目というポジション。

 ハイゼンベルク家がかなり強いため、それなりにうやまわれこそするが……『実態としての力』は何も持っていない。


(でも当主になった今、ボクは四大貴族ハイゼンベルク家の力を、極悪貴族の力を自由に振るうことができる!)


 権力・発言力・影響力、どれを取ってもこれまでとは桁違い!

 もちろん、社会的なステータスも『爆上がり』だ!


(ハイゼンベルク家当主という地位は、今後のメインルート攻略において、絶大な力を発揮するだろう)


 ボクは今日、『一つ上のステージ』にコマを進めたのだ。


 さて、第四章の振り返りはこれぐらいにして、そろそろ『次』へ進もうか。


(明日から始まる『第五章』は――)


 次のイベントへ思考をかたむけたそのとき、五獄ごごくの一人、帝国担当のアクアから<交信コール>が飛んできた。


(――ボイド様、夜分遅くに申し訳ございません。至急お伝えしたいことが)


(どうした?)


(つい先ほど、アルヴァラ帝国より密使みっしが届きました。彼らの話によれば、『皇帝陛下がうつろの統治者ボイド殿との極秘会談を望んでいる』、とのことです)


(ほぅ、実にいいタイミングだ。『近日中に帝城ていじょうへ出向く』と伝えろ。『詳細については追って連絡する』ともな)


(はっ、かしこまりました)


交信コール>切断。


(ふふっ、皇帝からの『招待状』が届いたみたいだね!)


 思いがけず家督かとくも継げたし、王選はまだ少し先だし、王国の景色も少し見飽きてきたところだし……。


「第五章はアルヴァラ帝国へ、楽しい楽しい『観光しんりゃく』に行こうか!」

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