第13話:悩み

きっと忘れている人も多いと思うので、今回のエピソードに登場する、ボイドタウンの住人をサラッと紹介。

■ゾーヴァ:エインズワースの亡霊。反抗的だったので、ルビーにしつけをされる。キラキラの瞳がキュートな工場長。

■グラード:元盗賊団の頭領で魔法省に務めていた過去を持つ、ボイドタウンの初期メン。葉巻とお酒が大好き。

■イグヴァ:元大魔教団クライン王国東支部の副長。ガルザック地下監獄で、ホロウの家族に迎えられる。趣味は盆栽。

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 聖暦1015年5月29日13時。

 この日レドリック魔法学校を休んだボクは、屋敷の庭園で鳥のさえずりを聞きながら、


「ふむ……」


「むぅ……」


 オルヴィンさんとなごやかにチェスを指していた。


 昨日のうちに『仕込み』は全て終わらせているので、後はこうしてゆっくりイベント・・・・の発生を待つだけだ。


 手持ち無沙汰でボーッとしているのもアレなので、「魔力操作の修業でもしようかなぁ」と庭先に出たところ、オルヴィンさんに声を掛けられた。


【坊ちゃま、一つチェスでもいかがでしょう?】


【指せるのか?】


【えぇ、王国杯ベスト4程度には】


【ほぅ、やるではないか】


【ははっ、他愛もない特技でございます】


 チェスはロンゾルキアに実装されているボードゲームの一つで、何度か指したことがある。


(まだ少し先だけど、『とある大軍師とチェスを指すイベント』も控えているし……ちょうどいいか)


 原作ホロウの頭でどれだけ指せるのか、ちょっとばかり興味もあるしね。

 っということで、オルヴィンさんとチェスをすることになった。


 その結果、


(いや……ヤバ過ぎるだろ、ホロウブレイン……っ)


 ほとんど指した経験がないにもかかわらず、王国ベスト4と互角以上に渡り合っている。


(これはもう『知識チート』ならぬ、『頭脳チート』だな……)


 指し手Aから派生する100通り・指し手Bから派生する100通り・指し手Cから派生する100通り、こんな感じで遥か先の手筋を超高速で追い、どれが最善手かをただちに判断できてしまう。


(まぁ……このレベルの頭脳がないと、<虚空>を自由に使えないか)


<虚空>は全固有魔法の中で、最も習得&使用難易度が高い。

 とにかく座標の演算が大変で、高度な情報処理が常に求められる。

 この『悪魔的な頭脳』がなければ、おそらくろくに扱えないだろう。


「ときに坊ちゃま、最近お悩みになられていることなどはございませんか?」


 オルヴィンさんは問いながら、白のポーンを突いて戦線を開き、


「ふっ、悩みだらけだ」


 ボクは答えながら、黒のナイトを跳ねて敵陣に圧を掛ける。


(ほんと……頭を悩ませることばっかりだよ)


 昨日は深夜に緊急の『五獄ごごく集会』が開かれた。

 現在建設しているうつろの本拠地『王の虚城こじょう』で、ボクとダイヤの寝室が隣接していることが発覚。

 他の四人が異議申し立てを行い、現場監督ダイヤがこれを拒絶。

 五人の議論は紛糾し、結審けっしんは次回へ持ち越された。


 ちなみにこの間、ボクは一言も発していない。

 会議の端っこで欠伸あくびをしながら、寝ぼけまなこをゴシゴシとこすっていた。というか半分寝ていた。


(まぁ……久しぶりにみんなの元気な姿を見れて、安心できたから別にいいんだけどね)


 そして『知欲の魔女』エンティアさんは、ボイドタウンに興味津々。

 なんかノリノリで移住計画を立てていたけど……『禁書庫の番人』がを離れたら、あの自然図書館は閉じられ、ボクが本を読めなくなってしまう。

 それでは困るので、彼女に『ノー』と伝えたら、『やだやだやだやだ』と子どものように駄々をね出した。


 面倒くさいから、そのまま放置して帰った。

 しばらく時間を置けば、『イヤイヤ期』も過ぎるだろう。


(他にも、ツンデレニアが進化しないよう調整したり、負けの込んだ借金馬女をあやしたり、大翁ゾーヴァと元盗賊団の頭領グラードと大魔教団のイグヴァたちとお酒を呑んだり……)


 メインストーリーが進行する裏で、これだけのサブイベントが同時多発的に発生したら、さすがにちょっと疲れてしまう。


 まぁつまり何が言いたいかというと……人生、悩みなんて尽きないよね。


「なるほど、悩みばかりと」


「あぁ。嘆いても仕方がないので、地道にコツコツと潰しているが……中々に『大変な仕事』だ(そう言えば今日は、うつろの定時報告があったっけ……。帝国と皇国こうこくが小競り合いを始めたって話、ちゃんと落ち着かせられたかな? 最悪の場合はルビーを応援に回して――いや、あの『脳筋ドラゴン娘』が関わったら、余計に悪化しそうだ。お願いするなら……やっぱり『ウルフ』かなぁ?)」


大変な仕事・・・・・、ですか(やはり……ヴァラン辺境伯討伐の任が、かなりの重荷になっておられるようだ)」


 オルヴィンさんの手がピタリと止まった。


(ん? 別に長考するような盤面じゃないと思うけど……いや、ボクの見えていない妙手みょうしゅがあるのかもしれない)


 チェスって、『最善手を見つける宝探し』みたいで、けっこう面白いね。


「……(私はかつて、幼少の坊ちゃまと向き合えなかった……。彼と同じ目線に立って、相談に乗ってやれなかった……っ。このオルヴィン・ダンケルト――同じてつは二度と踏まぬっ! かつての経験あやまちを活かし、ここは大きく踏み込む場面であろうッ!)」


 オルヴィンさんは白のルークを走らせ、大胆な攻めを展開した。


(へぇ……)


 かなり攻撃的な一手だ、ちょっと意外かも。


 ボクが思考を巡らせ、最善手を模索していると――いつになく真剣な顔のオルヴィンさんが、とある質問を投げてきた。


「坊ちゃま、先日のお仕事は、どのような具合でしょう?」


「あぁ、順調だよ」


「えぇそうですよね、やはりむずか……じゅ、順調!?」


「うむ――それよりもチェック」


「ぬ゛ぉっ!?(て、手強い……っ。この私が押されて――いや、それよりも順調とは、いったいどういうことだ!? 強がり……をなさるのは、『昔の坊ちゃま』だ。今のホロウ様は、そのような虚勢をお張りにならない。もしや……本当に順調なのか……!?)」


 オルヴィンさんが固まっている間に、チラリとクライン時計塔へ目を向ける。


(十三時三分、もうそろそろ……っと、来た来た!)


 欲にまみれた奴隷商の荷馬車が、屋敷正面の大通りをゆっくりと走っている。


(目立たないようにしているつもりだろうけど、一発でわかったよ)


 何せ荷馬車を引く馬が、超特徴的な『まだら模様』をしているからね。


(普通なら奴隷商は、こんな目を引く馬を使わない。でも、こういう『イベント』においては、必ず『原作の設定』が適用される)


 例えば、ヴァラン辺境伯の仕事を引いたときも、オルヴィンさんの同室が確定演出だったり……その後に続く父の台詞が、イベントテキストと完全一致していたり……。

 イベントにおける衣装や台詞などの設定は、かなりの強制力を持って実行されるのだ。


 この世界は現実リアルでもあり、虚構ゲームでもあるんだな、と再認識させられるね。


(さて、と……まずは荷馬車を止めようか)


 魔力で小さな球を作り、親指で軽めにピンとはじく。

 それは亜音速で空中を進み、荷馬車の車輪を粉砕した。


「な、なんだぁ……!?」


 御者にふんした奴隷商が、横転しないようにバランスを取る。


(よし、もう一発っと)


 再び魔力の球を弾き、荷馬車をおおう白い布――『ほろ』と呼ばれる部分を吹き飛ばしてやった。


 その結果、積み荷がバッとあらわになる。

 そこにはなんと……煽情的せんじょうてきな衣装を着せられた三人の美少女が、ぎゅうぎゅうに詰め込まれているではないか。


 これには当然、周囲の通行人も騒然となった。


「ま、まさか……奴隷!?」


「おい、うちの領で奴隷は禁止だぞ!」


「しかもここ、ハイゼンベルク家の真っ正面だ。……あんた、終わったね。ご愁傷しゅうしょうさん」


 領法りょうほうに反した者へ、冷たい視線が注がれる中、


「ち、違うっ! これは、その……しょ、『娼婦』だ! 決して『奴隷』なんかじゃねぇ!」


 奴隷商の男――確かキールとかいうモブは、必死に大声を張り上げ、苦しい言い訳を並べた。

 しかし……少女たちの胸元には、『奴隷の印』がはっきりと刻まれている。

 確たる証拠が目の前にある中、キールの話を聞く者は誰もいない。


「ふむ、何やら通りが騒がしいな……。面倒だが、様子を見に行くとしよう。――付いて来い、オルヴィン」


「はっ」


 オルヴィンさんを連れて、騒ぎへ中心へ向かっていく。


「まったく……真昼間まっぴるまからなんの騒ぎだ?」


「ほ、ホロウ・フォン・ハイゼンベルク……っ(さ、最悪だ。よりにもよって、あの・・『極悪貴族』が出て来やがった……ッ)」


 奴隷商のキールは、サッと顔を青褪あおざめさせた。


「んー……? これは……奴隷じゃないか」


 ボクはまるで「今気付いた」とばかりに目を丸くし、飛び切り邪悪な笑みを浮かべる。


「当家の治める地では、奴隷の売買・所持・通行、全てが禁止されている。こんな白昼堂々と領法を犯すとは……中々に肝がわっているな」


「お、恐れながら、この女たちは、ただの娼婦でして……」


「おいおい、どこの世界に奴隷の印を刻んだ娼婦がいる? もしやとは思うが……俺のことを馬鹿にしているのか?」


「め、めめめ……滅相もございません!」


 キールは首が千切れそうなほど、ブンブンブンと横へ振った。


「ふん、まぁいい」


 こいつの沙汰さたは後回し、今は彼女たちの保護が最優先だ。


 ボクがパチンと指を鳴らせば、ハイゼンベルクの庭先から、黒づくめのメイド部隊が音もなく現れた。


「ホロウ・フォン・ハイゼンベルクの名のもとに、この三人を保護する。適切な治療を施し、衣食住を整え、社会復帰への道をサポートしてやれ。外での就労が難しければ、うちで雇っても構わん」


「「「はっ」」」


 ボクの命令を受け、メイドたちは迅速に行動を開始する。

 まずは人の壁を作って周囲の視線をさえぎり、黒いローブを掛けて少女たちの肌を隠した。


(あぁ、なるほど……)


 女性同士ということもあってか、気の回し方がとても上手いね、勉強になるよ。


「今まで大変でしたね……。でも、もう大丈夫ですよ」


「ホロウ様がそのとうとき名前を以って、保護するようにと命じてくださいました」


「貴女方は坊ちゃまの庇護下ひごかにある。このハイゼンベルク領は、世界で最も安全な場所ですよ」


 三人の少女たちが、屋敷へ運ばれていく中……一つ、大切なことを思い出した。


「あ゛ー、ちょっと待て」


 ボクは右手を伸ばし、回復魔法を発動。

 少女たちの怪我と――その体に刻まれた、奴隷の印を消してあげた。


 心の傷はすぐに消えないだろうけど……せめて体の傷ぐらいは、ね。


「ぁ、ありがとう、ございます……」


「……本当に、なんと、お礼を言えばいいのか……っ」


「この御恩は、いつか……必ず……ッ」


 三人はポロポロと嬉し涙を零しながら、必死に感謝の言葉をつむいだ。


「今はゆっくりと休め。今後のことは、よきようにしてやる」


「「「……はぃ……っ」」」


 彼女たちは深々と頭を下げた後、うちのメイドに手を引かれ、屋敷の中へ入って行った。


 これでもうあの三人は、『安全』で『安泰』だろう。

 何せボクが、自分の名前を掲げて保護したんだ。

 もしも彼女たちに手を出そうものなら、次期当主ボクの顔を潰すことになる。


 さて後は、間抜けにも・・・・・釣られた・・・・欲深い魚・・・・を――奴隷商どれいしょうのキールをしっかりと『処分』しなきゃだね!

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