第3話:継承式

 クライン王国はこのところ、『例のニュース』で持ち切りだった。


「――号外! 号外だよぉ!」


 王都の至るところで号外の記事がバラかれ、


「……はっ……?」


「おいおい、マジかよ……っ」


「嘘、だろ……!?」


 そのニュースを見た者たちは、驚愕に目を見開いた。


 ボクは宙を舞う号外をパッと手に取り、ヘッドラインを確認する。


『四大貴族ゾーヴァ・レ・エインズワース、魔法実験中の事故により急逝きゅうせい!』


 うんうん、ボクの指示通り、ちゃんと動いているみたいだね。


 大翁おおおきなゾーヴァを始末した翌日、ボクはニアに<交信コール>を飛ばし、『三つの指示』を出した。


 一つ、ゾーヴァの死は『魔法実験中の事故』と発表すること。

 一つ、どんな手を使っても必ずエインズワースの家督かとくを継ぐこと。

 一つ、困り果てたときは、最下層にある融合の間を調べること。


 きちんと言い付けを守っているようで何よりだ。


 ちなみに……ゾーヴァの訃報ふほうを受け、国王陛下は哀悼あいとうの意を示し、『今日より五日にわたりふくす』と発表した。

 これによって王国の関連機関は全てストップ。

 レドリック魔法学校も王立だから、当然のように休校となる。


 そして現在――黒い喪服もふくを着たボクは、クライン大聖堂へ足を運び、ゾーヴァの国葬こくそうに参列していた。

 王国で一番大きなこの葬儀場には、千人を超える貴族や関係者が詰め掛け、厳粛げんじゅくな葬儀が執り行われる。


(……あぁそうだ・・・そうだった・・・・・……)


 ボクの視線は献花台けんかだいの中央、大翁おおおきなの立派な遺影に吸い込まれる。


(ゾーヴァって、ちゃんと威厳のある顔をしていたよね……)


 この気持ちをなんと表現すればいいんだろうか。

 悲しいような、面白いような、切ないような、不思議な気持ちが込み上げてきた。


 今のゾーヴァは、ボイドタウンで目をキラッキラッ輝かせながら、工場長としてイキイキと働いている。

 ボクのお願いには全て2秒以内に、「はい喜んで!」と返すその姿にはもう……かつての威厳はない。


(まぁでも……本人は意外と楽しそうだし、あれはあれでいいよね?)


 結局のところ、ゾーヴァは『探求心の塊』、生来の研究者だ。

 属性としては、『知欲の魔女』エンティアに近いだろう。

 実際、ボクが日本の知識を教えたとき、彼は本当の意味で目を輝かせた。


【で、『電気』……なるほど、そのようなエネルギーが……っ。いや、面白い! 実に興味深い! 魔力とは異なり、万人が享受きょうじゅできる夢の動力! さすがはボイド様、なんと深き叡智えいちをお持ちなのでしょうッ!】


 ボクの話したアイディアをどのようにして実用化するか、こっちから何を言わずとも、一人で楽しそうに思考を巡らせていた。

 エインズワース家の地下深くで、おぞましい実験に明け暮れるよりも、こっちの方がずっと健全だろう。


 ボクがそんなことを考えている間にも、故人の霊をとむらい、神聖な祈りが捧げられ――葬儀は無事に終了。

 流れるように告別式へ移り、参列者がゾーヴァにお別れの言葉を贈る。

 これには『顔見せ』の意味合いも多分に含まれており、有力な貴族の次期当主と目される者が、代わる代わる短い弔辞ちょうじを述べていった。


 もちろんボクも、ハイゼンベルク家の次期当主として、ゾーヴァに追悼ついとうの言葉を贈る。


「ゾーヴァおうは王国の発展に尽力した偉人であり、此度こたびのご逝去せいきょに際し、深い悲しみと計り知れない喪失感を抱いております。……本当に惜しい方を亡くしました。その魂が安らかに眠れるよう、心よりお祈り申し上げます」


 まぁ、ボクが殺したんだけどね。


 持参した原稿を読み上げている間、喪主もしゅのニアはポカンと口を開けていた。

 あの顔は多分、「よくもまぁそんな心にもないことを……」と思っているのだろう。


(ふふっ、ボクの腹芸はらげいを舐めてもらっちゃ困るよ)


 原作ロンゾルキアに転生して早六年、ボクはこの間ずっと怠惰傲慢を演じてきた。

演技力には、ちょっとばかし自信がある。


(それにしても……本当に『ただの儀式』だな)


 この葬儀場には、沈痛な空気が満ちているけど……たったの一滴も『涙』がない。

 そう、ここにいる誰も、ゾーヴァの死を悲しんでいないのだ。


(まぁ彼、私利私欲のために無茶苦茶やってきたからね……)


 四大貴族としての公務を放棄し、慈善事業は一切せず、『王選』の協力要請を三度も拒否。

 ただひたすらに自分の野心を――魔法因子の研究を優先してきた。


 しかし、『功績』だけは山のようにある。

 魔法因子の遺伝条件・魔法因子の覚醒可能性・魔法因子の移植手術などなど、彼が遺した論文は数知れず……それらは全て、クライン王国の発展に大きく寄与きよした。

 まぁその裏には、非人道的な実験があるから、諸手もろてを挙げて称賛することはできないんだけどね。


 そういうわけで、立派な国葬は執り行われるけれど、誰もゾーヴァの死をいたんでいない。

 みんな大人だから、貴族としての体裁ていさいがあるから、仕方なく顔を出しているだけだ。


 告別式が終わると、ゾーヴァの棺が運ばれ、クライン霊園へ丁重に埋葬された。

 当然そこに遺体は入ってないため――というか本体はボイドタウンで『イキイキピンピン』しているため、これは完全に形だけのモノだ。


 こうしてゾーヴァ・レ・エインズワースの葬式は終了。

 大翁おおおきなによる専制が幕を閉じ、エインズワース家は新たな時代を迎えた。


 その新時代の幕開けは――ボクの予想した通り、荒れに荒れまくった。

 そう、お約束の『家督かとく争い』だ。


 一応おおやけには、ニアが次期当主ということになっているんだけど……彼女は所詮『お飾り』に過ぎない。

 ゾーヴァに<原初の炎>を抜き取られ、無残に捨てられるだけの哀れな存在いのち

 それがニア・レ・エインズワースという少女であり、誰一人として、彼女が家督を継ぐなんて思っていない。


 しかし今、突如としてゾーヴァは死亡し、当主の椅子がぽっかりと空いた。


 極々自然に考えるならば、モノの道理に照らすならば、ニアが次期当主となる。

 おそらく本人もそう思っていたのだろうけれど……現実はそう甘くない。


 目の前に『四大貴族当主』の座が――圧倒的な地位と名誉がぶら下げられれば、みんな道理を無視して、死に物狂いで奪い合う。


「ニアなどという小娘よりも、私のせがれの方が、ゾーヴァ様の跡を継ぐにふさわしい!」


「はっ、あなたの不細工な子が継げば、エインズワースは終わりです。それよりも、うちの可愛い息子が、次期当主となるべきでしょう!」


「どいつもこいつも馬鹿ばっかりだ! 家督を継ぐのは、儂の娘しかおらぬ! 何せ本家の中で、最も色濃く大翁おおおきなの血を引いておるのだからな!」


「ふんっ、めかけの子が笑わせる……」


「なんだと貴様、もういっぺん言ってみろッ!?」


 昼ドラも真っ青な『ドロッドロの家督争い』だ。


 まぁ……エインズワース家は、かなり親類縁者しんるいえんじゃの多い貴族だからね。

 これはゾーヴァが『一日でも早く<原初の炎>を手に入れん』として、手当たり次第に関係を結ばせ、子作りを奨励したのが原因だ。


 本家の一部では、裏で密約を取り交わし、ニアを排斥はいせきしようとする動きも見られた。

 もちろん、分家の連中も黙っちゃいない。

 ほんの少しでもエインズワース家の遺産を取ろうとして、一枚も二枚も噛んでくる。


 ちなみにこれらの情報は――『ボク専属の特殊諜報員』となった、うつろの戦闘員シュガーが調べてくれたものだ。


 骨肉の争いによって憔悴しょうすいし切ったニアは、ボクが出した最後の指示――『困り果てたときは、最下層にある融合の間を調べること』に従った。


 彼女はそこで、


「う、うそ……これって……っ」


 ゾーヴァの遺言状を発見した。

 こうなることを想定して、ボクが無理矢理に書かせたアレである。


 遺言状はただちに鑑定機関に持ち込まれ、文書の筆跡・魔力の残滓ざんしされた血判けっぱん、その全てがゾーヴァのモノであると証明された。

 当然だ、ボクが目の前で書かせた、『出来立てホヤホヤ』の一品だからね。


 これにより形勢は大逆転。

 ニアは正式に次期当主の座を射止めた。


 そして――ゾーヴァの国葬から一週間が経過した今日この日、ニアの『継承式』が執り行われる。

 エインズワース家のだだっ広いホールには、ニアと血縁のある大小様々な貴族が揃い踏み。

 ちなみにこの式の見届け人は、ハイゼンベルク家が務めた。

 父ダフネスは公務で忙しいため欠席、ボクと母レイラが代理で出席している。


(この継承式は、ニアがエインズワース家の当主となり、ボクが・・・エインズ・・・・ワースを・・・・支配下に・・・・置く・・、とてもとても大切な儀式だ。どこぞのボンクラ貴族に邪魔されないよう、しっかりと目を光らせておかないとね……)


 ボクたちハイゼンベルク家が取り仕切っていることもあってか、継承式はなんのトラブルもなく進行し――ついにその時が訪れる。


「それではこれより、『継承の儀』をり行います」


 エインズワース家の執事長の手によって、家宝である『あま錫杖しゃくじょう』・『永久とこしえ白冠びゃっかん』・『原初の法衣ほうい』、三つの魔道具が、ニアへ譲渡された。


 立派な杖を持ち、銀色の冠をかぶり、純白の法衣をまとった彼女は――このまま肖像画に収まりそうなほど美しく、思わず見惚みとれてしまった。


「――ここに第十二代エインズワース家当主、ニア・レ・エインズワースの就任を宣言します」


 執事長の言葉を受けたニアは、ホールにつどった貴族たちへ優雅にお辞儀をする。


 しかし――拍手は起きない。


「「「……」」」


 冷ややかな視線が鋭い矢となり、ニアの全身を貫いた。


 彼女はあくまで『お飾りの次期当主』であり、ゾーヴァに捧げられる『哀れな生贄』。

 それが当主の座に就くことを、親類一同は認めていないのだ。


(……さすがにこれ・・は、ちょっと可哀想だな)


 せっかくの晴れの舞台で、あんな綺麗にしてもらっているのに、誰もそれを祝福しない。

 こういう人を晒し物にするような、イジメみたいな行いは――はっきり言って嫌いだ、虫唾むしずが走る。


「……」


 仕方がないので、ボクは無言のままに手を打った。

 すると母は、何故かとても嬉しそうに微笑み、待ってましたとばかりに大きな拍手を送る。


 他の参列者たちは、こちらに目を向け――苦虫を噛み潰したような渋い顔で、悔しそうに手を打った。


 そりゃそうだ。

 この継承式の見届け人は、他でもないハイゼンベルク家が務めた。

 ニアの当主襲名しゅうめいを祝わず、この場に水を差せば、うちの顔を潰すことになる。


 これ以上くだらない我を通して、ハイゼンベルク家の不興ふきょうを買おうものならば、貴族として生きていけなくなるからね。

 子どもっぽい嫌がらせをするにも限度がある、ということだ。


(しかし……くくくっ、これは『イイ眺め』だな……っ)


 ボクの意に従って、貴族たちが嫌々と拍手する眺めは――実に痛快だった。


(……っと、いけないいけない、また『邪悪な思想』が……)


 原作ホロウの意識のようなモノが、たまにうっすらと表層へあがってくる。

 決して支配されることはないけれど、ときたま『黒い愉悦』のようなモノが、ふんわりと湧きあがってくるのだ。


(怠惰傲慢な気質+極めて邪悪な思想+超強烈な情欲、これが原作ホロウに付された『デバフ』、か……)


 生来の怠惰傲慢は、謙虚堅実に置き換えられた。

 たまに出る邪悪な思想は、自制できる範囲のモノだ。


(となると問題は……やっぱり超強烈な情欲か……)


 美しい女性対策は必須、早急になんらかの手を打つべきだろう。


 とにもかくにも、継承式はこれにて終了。

 エインズワースの家督かとくは、無事にニアへ引き継がれた。


(ふふっ、これでエインズワース家は、名実共にボクのモノだ……!)


 メインルートの攻略において、また一つ強力な武器を手に入れた。

 勝ってかぶとを締めよ。

 このまま気を緩めず、『原作第二章の攻略』を進めていくとしよう。

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