第3話:継承式
クライン王国はこのところ、『例のニュース』で持ち切りだった。
「――号外! 号外だよぉ!」
王都の至るところで号外の記事がバラ
「……はっ……?」
「おいおい、マジかよ……っ」
「嘘、だろ……!?」
そのニュースを見た者たちは、驚愕に目を見開いた。
ボクは宙を舞う号外をパッと手に取り、ヘッドラインを確認する。
『四大貴族ゾーヴァ・レ・エインズワース、魔法実験中の事故により
うんうん、ボクの指示通り、ちゃんと動いているみたいだね。
一つ、ゾーヴァの死は『魔法実験中の事故』と発表すること。
一つ、どんな手を使っても必ずエインズワースの
一つ、困り果てたときは、最下層にある融合の間を調べること。
きちんと言い付けを守っているようで何よりだ。
ちなみに……ゾーヴァの
これによって王国の関連機関は全てストップ。
レドリック魔法学校も王立だから、当然のように休校となる。
そして現在――黒い
王国で一番大きなこの葬儀場には、千人を超える貴族や関係者が詰め掛け、
(……あぁ
ボクの視線は
(ゾーヴァって、ちゃんと威厳のある顔をしていたよね……)
この気持ちをなんと表現すればいいんだろうか。
悲しいような、面白いような、切ないような、不思議な気持ちが込み上げてきた。
今のゾーヴァは、ボイドタウンで目をキラッキラッ輝かせながら、工場長としてイキイキと働いている。
ボクのお願いには全て2秒以内に、「はい喜んで!」と返すその姿にはもう……かつての威厳はない。
(まぁでも……本人は意外と楽しそうだし、あれはあれでいいよね?)
結局のところ、ゾーヴァは『探求心の塊』、生来の研究者だ。
属性としては、『知欲の魔女』エンティアに近いだろう。
実際、ボクが日本の知識を教えたとき、彼は本当の意味で目を輝かせた。
【で、『電気』……なるほど、そのようなエネルギーが……っ。いや、面白い! 実に興味深い! 魔力とは異なり、万人が
ボクの話したアイディアをどのようにして実用化するか、こっちから何を言わずとも、一人で楽しそうに思考を巡らせていた。
エインズワース家の地下深くで、
ボクがそんなことを考えている間にも、故人の霊を
流れるように告別式へ移り、参列者がゾーヴァにお別れの言葉を贈る。
これには『顔見せ』の意味合いも多分に含まれており、有力な貴族の次期当主と目される者が、代わる代わる短い
もちろんボクも、ハイゼンベルク家の次期当主として、ゾーヴァに
「ゾーヴァ
まぁ、ボクが殺したんだけどね。
持参した原稿を読み上げている間、
あの顔は多分、「よくもまぁそんな心にもないことを……」と思っているのだろう。
(ふふっ、ボクの
原作ロンゾルキアに転生して早六年、ボクはこの間ずっと怠惰傲慢を演じてきた。
演技力には、ちょっとばかし自信がある。
(それにしても……本当に『ただの儀式』だな)
この葬儀場には、沈痛な空気が満ちているけど……たったの一滴も『涙』がない。
そう、ここにいる誰も、ゾーヴァの死を悲しんでいないのだ。
(まぁ彼、私利私欲のために無茶苦茶やってきたからね……)
四大貴族としての公務を放棄し、慈善事業は一切せず、『王選』の協力要請を三度も拒否。
ただひたすらに自分の野心を――魔法因子の研究を優先してきた。
しかし、『功績』だけは山のようにある。
魔法因子の遺伝条件・魔法因子の覚醒可能性・魔法因子の移植手術などなど、彼が遺した論文は数知れず……それらは全て、クライン王国の発展に大きく
まぁその裏には、非人道的な実験があるから、
そういうわけで、立派な国葬は執り行われるけれど、誰もゾーヴァの死を
みんな大人だから、貴族としての
告別式が終わると、ゾーヴァの棺が運ばれ、クライン霊園へ丁重に埋葬された。
当然そこに遺体は入ってないため――というか本体はボイドタウンで『イキイキピンピン』しているため、これは完全に形だけのモノだ。
こうしてゾーヴァ・レ・エインズワースの葬式は終了。
その新時代の幕開けは――ボクの予想した通り、荒れに荒れまくった。
そう、お約束の『
一応
ゾーヴァに<原初の炎>を抜き取られ、無残に捨てられるだけの哀れな
それがニア・レ・エインズワースという少女であり、誰一人として、彼女が家督を継ぐなんて思っていない。
しかし今、突如としてゾーヴァは死亡し、当主の椅子がぽっかりと空いた。
極々自然に考えるならば、モノの道理に照らすならば、ニアが次期当主となる。
おそらく本人もそう思っていたのだろうけれど……現実はそう甘くない。
目の前に『四大貴族当主』の座が――圧倒的な地位と名誉がぶら下げられれば、みんな道理を無視して、死に物狂いで奪い合う。
「ニアなどという小娘よりも、私の
「はっ、あなたの不細工な子が継げば、エインズワースは終わりです。それよりも、うちの可愛い息子が、次期当主となるべきでしょう!」
「どいつもこいつも馬鹿ばっかりだ! 家督を継ぐのは、儂の娘しかおらぬ! 何せ本家の中で、最も色濃く
「ふんっ、
「なんだと貴様、もういっぺん言ってみろッ!?」
昼ドラも真っ青な『ドロッドロの家督争い』だ。
まぁ……エインズワース家は、かなり
これはゾーヴァが『一日でも早く<原初の炎>を手に入れん』として、手当たり次第に関係を結ばせ、子作りを奨励したのが原因だ。
本家の一部では、裏で密約を取り交わし、ニアを
もちろん、分家の連中も黙っちゃいない。
ほんの少しでもエインズワース家の遺産を取ろうとして、一枚も二枚も噛んでくる。
ちなみにこれらの情報は――『ボク専属の特殊諜報員』となった、
骨肉の争いによって
彼女はそこで、
「う、うそ……これって……っ」
ゾーヴァの遺言状を発見した。
こうなることを想定して、ボクが無理矢理に書かせたアレである。
遺言状はただちに鑑定機関に持ち込まれ、文書の筆跡・魔力の
当然だ、ボクが目の前で書かせた、『出来立てホヤホヤ』の一品だからね。
これにより形勢は大逆転。
ニアは正式に次期当主の座を射止めた。
そして――ゾーヴァの国葬から一週間が経過した今日この日、ニアの『継承式』が執り行われる。
エインズワース家のだだっ広いホールには、ニアと血縁のある大小様々な貴族が揃い踏み。
ちなみにこの式の見届け人は、ハイゼンベルク家が務めた。
父ダフネスは公務で忙しいため欠席、ボクと母レイラが代理で出席している。
(この継承式は、ニアがエインズワース家の当主となり、
ボクたちハイゼンベルク家が取り仕切っていることもあってか、継承式はなんのトラブルもなく進行し――ついにその時が訪れる。
「それではこれより、『継承の儀』を
エインズワース家の執事長の手によって、家宝である『
立派な杖を持ち、銀色の冠をかぶり、純白の法衣を
「――ここに第十二代エインズワース家当主、ニア・レ・エインズワースの就任を宣言します」
執事長の言葉を受けたニアは、ホールに
しかし――拍手は起きない。
「「「……」」」
冷ややかな視線が鋭い矢となり、ニアの全身を貫いた。
彼女はあくまで『お飾りの次期当主』であり、ゾーヴァに捧げられる『哀れな生贄』。
それが当主の座に就くことを、親類一同は認めていないのだ。
(……さすがに
せっかくの晴れの舞台で、あんな綺麗にしてもらっているのに、誰もそれを祝福しない。
こういう人を晒し物にするような、イジメみたいな行いは――はっきり言って嫌いだ、
「……」
仕方がないので、ボクは無言のままに手を打った。
すると母は、何故かとても嬉しそうに微笑み、待ってましたとばかりに大きな拍手を送る。
他の参列者たちは、こちらに目を向け――苦虫を噛み潰したような渋い顔で、悔しそうに手を打った。
そりゃそうだ。
この継承式の見届け人は、他でもないハイゼンベルク家が務めた。
ニアの当主
これ以上くだらない我を通して、ハイゼンベルク家の
子どもっぽい嫌がらせをするにも限度がある、ということだ。
(しかし……くくくっ、これは『イイ眺め』だな……っ)
ボクの意に従って、貴族たちが嫌々と拍手する眺めは――実に痛快だった。
(……っと、いけないいけない、また『邪悪な思想』が……)
原作ホロウの意識のようなモノが、たまにうっすらと表層へあがってくる。
決して支配されることはないけれど、ときたま『黒い愉悦』のようなモノが、ふんわりと湧きあがってくるのだ。
(怠惰傲慢な気質+極めて邪悪な思想+超強烈な情欲、これが原作ホロウに付された『デバフ』、か……)
生来の怠惰傲慢は、謙虚堅実に置き換えられた。
たまに出る邪悪な思想は、自制できる範囲のモノだ。
(となると問題は……やっぱり超強烈な情欲か……)
美しい女性対策は必須、早急になんらかの手を打つべきだろう。
とにもかくにも、継承式はこれにて終了。
エインズワースの
(ふふっ、これでエインズワース家は、名実共にボクのモノだ……!)
メインルートの攻略において、また一つ強力な武器を手に入れた。
勝って
このまま気を緩めず、『原作第二章の攻略』を進めていくとしよう。
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