Life.1 嵐の転校生(14)《天聖ーーその真の名前は》

 それから先生の助力もあり、小一時間ほどで部室は元通りになる。


「絶花ちゃん」

 

 ようやく終わったと一息ついているとアヴィ先輩が隣に立つ。


「ごめんね、なんだか大変なことになっちゃって」

「……いえ」

「すごかったね。あんなに強かったんだ」

「……黙っていて、すみませんでした」

「ううん、謝ることないよ、むしろ──」


 アヴィ先輩はガバッと頭を下げた。


「本当にありがとう! オカ剣のために戦ってくれて!」

 

 年上らしからぬ丁寧すぎる御礼だ。


「あ、アヴィ先輩!? そんな改まらなくても!」


 私はただ、ゼノヴィア先輩に言われて、それで戦わないといけないと必死になって。

 いつの間にか闘気だけでなく神器も使ってしまった。

 でも、この人のために剣を振るわないと、そう思ってしまったんだ。


(あれだけ戦うことが嫌だったのに、私は……)


 これから再出発しなくちゃいけない。友達を作るために頑張ることはたくさんある。


(たくさんの人に出会い、たくさんのことを学びなさい……か)


 もしかしたら、ここでなら──


「頭を、上げてください」

「でも……」

「部員に対して、部長がそんな風だと、格好がつかないじゃないですか」

「格好って……え、待って、それってつまり」

「さ、先に、言っておきますけど、最強の剣士とかなりませんからね! ただ人数不足らしいですから! ただの部員として所属するぐらいなら……い、いいかなって」

「絶花ちゃん……」

「よ、よろしくお願いします、アヴィ部長」


 私の言葉に先輩が──いや、部長が飛びついてくる。


「絶花ちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあん!」

「お、おっぱいを揉まないでください! セクハラですよ!? 辞めますよ!?」


 おっぱいを揉まれたら悦ぶ人間と勘違いされてる!?


「新入部員、よかったじゃないかアヴィ」


 それを傍で見ていた先生が近づき、部長の頭をポンポンと優しく叩く。


「しかし二天一流の使い手とはね、名前を聞いてあるいはと思ったけど」

「黙っていて申し訳ないです……」

「謝る必要はないよ。でもあの子がいなくなったと思ったら、今度は宮本の子孫か……」

「?」

「いやなんでもない。アヴィともども歓迎するよ。ここでの日々は神器セイクリッド・ギア使いのキミにとって良い経験になるだろう、どうやらまだちゃんと制御できていないみたいだし」


 先生は神器セイクリッド・ギアの使い方をここで学んで行けと言ってくれた。


「しかしその神器セイクリッド・ギア、再びお目に掛かる日が来るとはねぇ」


 そう、交流のせいですっかり忘れていたが、私は噂の堕天使を探しにきていたのだ。


「先生が、有名な神器セイクリッド・ギア研究者なんですよね、だったら──」

「あー、きっとそれはアタシじゃなくて、たぶんアザゼルのことだろうね」

「アザ、ゼル?」

「高等部で教師をしているよ。今は忙しくて研究どころじゃないだろうけど」


 なら今すぐ相談しに行くことはできないのか……。

 当分は進展がなさそうと落ち込む私に、ベネムネ先生がニヤリと口端を吊り上げる。


「アタシだって永いこと生きてきた堕天使だ。とりわけ刀剣型の神器セイクリッド・ギアについてはアザゼルよりも詳しいかもしれない」

「な、なら、天聖のことも知っているんですか!?」

「いいや」


 あ、あれ? 今の流れだと相談に乗ってくれる感じでは?


「正確には『天聖』などという名の神器セイクリッド・ギアは知らない、だね」

「どういう、ことですか?」

「現在確認されている神器セイクリッド・ギアにおいて、そんな名前のものは存在しないんだよ」


 天聖はちゃんとここにいる、存在しないというのはどういうことなのだろう。


「本当に何も知らないみたいだね……おい、何とか言ったらどうだい?」


 ベネムネ先生が私の胸に問いかける。すると輝きを伴い天聖が声を発する。


『然り。オレの真名は天聖ではない。これは武蔵が勝手につけた名にすぎないのだ』


 は、初耳なんですけど……。天聖ってただのあだ名だったの……。


「勝手に命名したとしても、アンタに『天』をつけるなんて剣豪も皮肉屋だね」

『オレ自身の名は魂と共に封じられている、至極どうでもいいことだ』

「そうかい。ちなみに武蔵は彼女の方にはなんて名前をつけたの?」

終聖しゅうせいだ』

「天聖と終聖……ね。それぞれの名前については一先ずそれでいこうか。肝心なのはここから先のことだし。この子たちに多少教えても文句ないね天聖?」


 彼は好きにしたらいいと述べ、それではとベネムネ先生が場を仕切り直す。


「ここからは戒厳令さ。今から聞くことを誰にも口外してはいけないよ?」


 改まった雰囲気であり、私だけでなく全員が彼女の言葉に耳を傾ける。


「絶花の神器セイクリッド・ギア神滅具ロンギヌスに選ばれ……そうになった代物だ」

「「「「「「そうになった?」」」」」」

「こいつは二刀一体の神器セイクリッド・ギアなんさ。すなわち二本の刀が揃えば神をも殺せるという」


 神を殺せるかもしれないって、大事じゃないか!

 でも逆に言えば、一本だけでは神器セイクリッド・ギアとして弱いのだろうか。


「一振りでも弱くはない。むしろ強力。しかし二本揃った時に比べればすかんぴんだろうね。何百年か前に神滅具ロンギヌスに認定しようとしたが、その時には肝心のもう一本が行方不明になってしまっていた」


 だから神滅具ロンギヌスとやらにはカウントされず、いつしか忘れ去られていったという。


「それでもアタシ流にあえて数えるなら、『番外のエキストラ神滅具・ロンギヌス』ってところさね」


 消えたというもう一本の刀、終聖の行方は誰も知らないという。


「しかし強い能力であるのは当然なのさ。なにせ彼らは神に最も愛されてたんだから」


 一本欠けたところで基本性能は群を抜いている。その秘密を先生は紐解く。


「結局は禁忌を犯して神器に封じられてしまったけど。ただコキュートス最下層に封じられた『龍喰者ドラゴン・イーター』と比べれば、その待遇の差は歴然だ」


 禁忌とは何だろう。天聖は一体どんな罪と罰を背負ったのか。

 やっぱりおっぱいで暴走しすぎたのだろうか。謎が謎を生み出していく。


「今こそ教えよう、絶花が持つ神器セイクリッド・ギアの本当の名を」


 しかし長く続いた、そんな暗闇の中にも一筋の光が差し込む。


「天聖と終聖、この二つの刀が揃った時、人々はその武器をこう呼んで恐れた」


 私はようやく知る、自分の力の正体を。


「刀剣型神器セイクリッド・ギアの最高峰──『失楽園エデンズの双刀・デュアル』と!」




 オカ剣への入部が決まった日、私はアヴィ部長と共に帰路に就いていた。


「え、絶花ちゃん一人暮らしなの!? ホームシックになってない!?」

「大丈夫です。お祖母ちゃんとは手紙でやり取りしてるので」

「古風! かっこいい! あたしも今度から皆に矢文とかで連絡しようかな!」

「それはやめておいた方が……いつか捕まるかと……」


 アヴィ部長と色々な話をしながら帰る。


「──青、色?」


 その途中、一人の女性とすれ違う。

 燦めくゴールドの髪、それを束ねる綺麗な青帯に、なぜか視線を奪われた。


「今の人……」

「知り合い?」

「いえ……」

「背もすごく高いし外国の人かな。金髪なんて珍しいよね」


 ピンク色の人がそれを言うのに大きな疑問は感じるけれど……。


「あの後ろ姿……それに青色……青色……」


 どこかで見たような記憶があるのだが思い出せない。


「絶花ちゃん!」


 アヴィ部長が焦った声を出す。もしかして誰か知っているのかと反応するが。


「はい、コロッケ!」

「……なぜコロッケ?」


 彼女の手には、ほかほかのコロッケが二つ握られている。


「そこのお肉屋さんで買ってきた! できたてだよ!」

「いつの間に……というか私はお金を出していませんし……」

「細かいことはいいよ! さぁ! 遠慮せず冷める前に早く食べて!」


 私は戸惑いながらも差し出されたコロッケを受け取る。


(こんな風に人からもらうの、初めてだな……)


 自然と零れそうになる笑みを抑えながら、ふとさっきの女性のことを思い出す。


「いない──?」


 振り返ると、そこにはもう誰の姿もなかった。

 冷たい夜風だけが流れ、世界は静寂が支配し──


「おいふぃ! おいひぃよほれ!」


 ……静寂は言い過ぎだけど。

 とにかく不安というか、胸騒ぎが走ったような気がしたのだ。


「──まぁ、いつか思い出すよね」


 私は問題を先送りにし、先輩に倣う形でそれを食べる。

 しかし私は、あの金髪の少女のことを、注意深く見るべきだった。

 なぜ私の直感が働いたのか、もっと考えるべきだったのである。


 そうすれば、私が更なる事件に巻き込まれることも、なかったかもしれないのに──

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