Life.1 嵐の転校生(12)《決戦! 絶花VSゼノヴィア(後)》


 内に溜め込んでいた気を、あますことなく解き放つ。

 全身をオーラが駆け巡り、身体を覆っていた防具が耐えきれずはじけ飛ぶ。


「「闘気!?」」  


 紫藤先輩とアーシア先輩が驚いた声をあげる。


「──ぜ、ゼノヴィアさん!」

「──サイラオーグ・バアルさんと同じ力! 彼女ただの剣士じゃない!」


 もちろん気を当てられた本人が分かっていないはずもない。


「言われなくとも、そんなことは最初から理解しているさ!」


 ゼノヴィア先輩もまた二刀を構える。


「結界は張ってある。このまま試合再開といこう──!」


 これまで黙っていた先生が、待っていたとばかりに開始の合図を切る。

 すると間髪を容れずに、ゼノヴィア先輩が真っ直ぐに向かってきた。


「──絶花ちゃん! 避けて!」


 しかし回避する気配のない私にアヴィ先輩が叫ぶ。

 だがその先に響いたのは、悲鳴でも苦悶の声でもない。


「私の剣を正面からしのぐか……!」


 ゼノヴィア先輩が目を見開く。

 彼女の竹刀は私の二刀によって完全に止められていた。


(アヴィ先輩が助けてくれた、守ってくれた、ならせめてこの、、勝負、、だけは、、、──!)


 隙を逃すことはもうない。すぐさま強烈なカウンターを放った。


「私が勝つ!」


 強化された竹刀と四肢は、容易に先輩を数メートル後方へと後退させる。

 壁に半ば打ち付けられ、派手な音を鳴らすが、すぐに先輩は起き上がってきた。


「……お返しというわけだ、防御が間に合わなければ危なかったかな」


 ゼノヴィア先輩は構わずに防具を脱ぎさってしまう。


「これで条件も同じだ」


 お互い制服一枚、ほぼ生身での試合になる。


「しかし剣術も私と同じ二刀流とはね」

「同じじゃ、ありません」

「なに?」

「私の二刀流こそが、最強の二刀流です」


 それを聞いたゼノヴィア先輩は、心底嬉しそうな表情を浮かべる。


「なら、どちらが真の二刀流かここで決めるとしよう!」


 両者の剣が再び交差する。しかし先ほどと異なり剣戟は互角だ。

 拮抗を破るべく死角から走り込むが、先輩は完璧に対応して剣を振り下ろす。


「二天一流、藪蘭やぶらん!」


 だが斬られたのは私の影だけ。まるで陽炎の如く塵と消える。


「残像か!?」  


 本物の私は背後へと回っている、もはや避けられるタイミングはない。

 しかしだ、私の剣もまた幻影を斬ったように空を切ってしまう。


(姿が消えた? 透明化? 転移? いいやそういうのじゃない……!)


 これはもっと単純な、これまで以上の、超スピードによる高速移動だ。


「──まさか、悪魔イーヴィルの駒・ピースの『騎士ナイト』の特性を使うことになるなんてね」


 彼女の身体は魔力を纏っていた。

 あまりに基礎能力が高いと感じたが、どうやらその正体は悪魔だったらしい。

 しかし今の私の目と足が、追いつけない速度ではないだろう。


「楽しくなってきたな!」

「この勝負だけは譲らない!」


 そして幾たびも斬り合い、お互い身体に小さな裂傷を負っていく。

 決着の時は遠くない、しかし先に音を上げたのは私たちの身体でなくて。


「「──!?」」


 中央で鍔迫り合った瞬間、互いの竹刀が折れてしまった。

 闘気と魔力、武器の方がその負荷に耐えきれなかったのである。


(このまま引き分け!? そんなことはさせない!)


 私が勝つ。しかしその想いはゼノヴィア先輩も同じである。

 もはやこれは誰にも止められない、どちらかが勝利するまで勝負は続くのだ。


(新しい竹刀──取りに行く暇はない──早くなにか武器を!)


 視界の端に、壁へ掛けられた無数の刀剣が映る。

 魔剣だろうが妖刀だろうが構わない、とにかく戦う力をこの手へ。


「来い、エクス・デュランダル──!」


 しかし先輩はわざわざ壁面になど向かう必要はない。

 短く詠唱すると、空間を切り裂くように何本もの鎖が走った。


(先手を打たれた、異空間からの武器召喚、だけどあれは──!)


 ゼノヴィア先輩の手には、およそ伝説級と呼ばれるような剣が握られていた。

 しかも既にこちらに迫ってきている。

 もはや新しい武器を取りに行くどころではなく、そもそも並の剣では太刀打ちできない。

 だったら、だったら、この人に勝つためには──


「来て!」


 私は自身に課した制約を超え、迷うことなく叫んでいた。


「天聖──ッ!」


 輝きが、力が、おっぱいが、封じてきたもの全てが解き放たれる。


「胸が光っている……!?」


 ゼノヴィア先輩が足を止める。その理由は輝きだけではない。


「──ゆ、揺れが、地震っすか!?」

「──そうじゃないよ! これは!」


 ゼノヴィア先輩が目線だけで辺りを見渡して理解する。


「剣が怯えている、のか──?」


 部屋を揺らしていたのは、壁に飾られていた無数の刀剣たちだ。

 お祖母ちゃんが教えてくれた、どんな武器にも意思は宿っているのだと。

 そして彼らは知った、私という剣士を、私が持つ『天聖』という名の刀を。


『──待ちかねたぞ』


 威厳のある声がした。

 シャツが破け、サラシが破け、白帯が風と共に流れていく。

 世界を照らすは金色の粒子、胸から封じられていた彼が現れる。


「「「「「おっぱいから刀!?」」」」」


 皆が驚くのは当然だろう、私は構わずに谷間から彼を引き抜いた。


「天聖! 私は!」

『釈明なぞいらんさ。ただ勝ちたいのだろう?』

「うん、私はこの人に勝たなくちゃいけない!」

『伝説の聖剣、そして美乳の剣士、相手にとって不足なしだ』


 私は切っ先をゼノヴィア先輩へと向け走り出す。


「「──はぁッ!」」


 超高速領域での攻防に、激しい火花が散っていく。


「刀剣型の神器セイクリッド・ギア、二本目はないのかな……!」

「先輩こそ、その武器、分離させなくていいんですかっ!」

「なぜそれを……」

「見れば、戦えば、剣の意思は伝わってきます!」


 彼女の武器はおそらく二つ以上の刀剣が合体したものだ。

 ならば能力も複数あると考えるのが妥当だろう。


(もっと、もっと力がいる!)


 エクス・デュランダルと呼ばれたそれは天聖とも張り合う。

 せめて一太刀浴びせられれば活路があるのだが、そう上手くは決まらない。

 思わず奥歯を噛みしめると、口の中に血の味が滲んでくる。


「血──赤──これって──!」


 すると、いつのまにか内にあったとある力を自覚する。

 走馬灯のように思い出すのは、真紅の女神と出会った時のことだ。

 あの朝、抱き合って、そして彼女の胸が、私の胸に密着して──


「天聖!」

Evolutionエボリューション!!』


 迷っている暇はなく、私が命じると彼が即座に反応した。  

 天聖の能力は『簒奪さんだつ』だ。

 第一は『Dualデュアル』により、相手の生命力を奪って己の中に蓄えることができる。

 第二に『Evolutionエボリューション』で、蓄えたその生命力を、自然治癒速度の向上や闘気へと変換するのだ。  

 しかしなにより特出する点は、奪うことができたのなら、その相手、、能力、、一度、、だけ、、再現、、できる、、、ということにある。

 私は自身のおっぱいに蓄えられていた、彼女の能力を具現化した。


「あ、あれは、リアスお姉さまの……」


 アーシア先輩が信じられないという表情をした。

 女神様と抱き合った時、彼女と私の胸は密着していた、だから力を使えるのだ。

 しかし無意識とはいえ奪ってしまったのだと、罪悪感に苛まれないわけではない。


『──いいや、お前は奪っていない、それどころか一片とて奪うことができていない』


 力を解放するまでのコンマ数秒で天聖が語る。


『──信じられない事実だが、あの紅髪の女人は、特別な乳気にゅうエナジーを保持している』

『──何者かが彼女のおっぱいを超進化させているのだ』

『──今オレに込められているのは、あくまでその進化の過程で生じた残滓にすぎない』


 特別な乳気にゅうエナジー、何者かによる超進化、彼が言っているその意味を理解できない。


(でもリアス先輩のおっぱいが、一切縮んでいないというのなら──)


 よかった、私は心置きなくこの力を使うことができる。


「神器展開!」

Genesisジェネシス Sword・ ソード ・ <Crimsonクリムゾン>!!』


 刀身から真紅の魔力が溢れた。

 そのあまりの放出量に耐えられず、壁にある刀剣を収めていたガラスケースが割れる。

 勢いよく一斉に砕けたガラス片が、雪のように辺りに降り注いだ。


「──これが、リアス先輩からもらった力」


 軽く刀を振るうと、ガラス片はどこかへ消滅してしまう。

 紅い軌跡の後には何もない。誰にもそれが降ってくることはなかった。


「……滅びの魔力、いや滅びの魔剣と呼ぶべきか」


 ゼノヴィア先輩が、その光景を静かに分析した。


「規格外の神器セイクリッド・ギアの能力。しかしそれが何の代償もなく使えるわけがない」


 彼女はじっと私を見た。


「では改めて問おうか。どうしてアヴィ・アモンのためにそこまでする?」


 ゼノヴィア先輩は剣士として、私という剣士を見定めようとしていた。


「……初めて、私のことを褒めてくれたんです」


 剣はもう要らないものだと思ったけれど、彼女はそれを純粋に認めてくれた。


「……初めて、必要としてくれたんです」


 あんなに温かく歓迎されたことが、今までの人生であっただろうか。

 アヴィ先輩とはまだ出会ったばかり、お互いのことはほとんど知らない。


(褒められたからとか、必要とされたからとか、もしかしたらそれは私の思い込みで、こうして戦うまでの理由にはならないのかもしれない──)


 だけど、彼女は私と同じなんだ。

 ひとりぼっちで、これだと信じた道を、必死に進んできた人なんだ。


「初めて、仲間だと思えたんです」


 生まれも育ちも性格も、私なんかとは全然違う。


「だから私は戦います」


 それでも、仲間なんだ。


「私は、この人のために戦わなくちゃいけない──!」


 昂ぶる感情に呼応し、リアス先輩からもらった乳気が世界を照らす。

 紅に染まる空間、静寂に包まれる中で、紫藤先輩の一言が耳に残る。


「……あの時のゼノヴィアと一緒ね」


 口振りからして、きっと大切な思い出だったのだろう。

 それを言われた当の本人は、肩の力を抜いてやれやれと素直に笑った。


「そういえば、まだ名前を聞いていなかった」

「知ってますよね」

「キミの口から聞きたいんだ」


 彼女の声音はひどく優しいものだった。

 しかし尋ねられたのなら名乗ろう、私は大きく息を吸って声を大にする。


「二天一流、宮本絶花!」


 刀の先を真っ直ぐに向ける。対して相手もそれに応じて。


「リアス・グレモリーが騎士ナイト、ゼノヴィアだ!」


 彼女の胸奥に悪魔イーヴィルの駒・ピースが輝いて見えた。

 そして名乗り合ったのなら、やるべきことは一つだけ。


「覚悟、ゼノヴィア先輩!」

「行くぞ! 絶花!」


 声が重なった。動きが重なった。思考が重なった。


「「勝負!」」


 この一撃で決めると、接近するお互いの眼が語っていた。

 オカルト剣究部とオカルト研究部、これでゲームに決着をつける!


「──そこまでさね」


 瞬間、私たち二人を巨大な光が包む。

 視界が白く染まり、意識が飛ぶ間際、そこに黒翼をはためかせた先生を見た。


「流石にやりすぎだ。でも面白いゲームだったよ」


 この勝負に審判を下すのは神ではない。


「『神の子を見張る者』が書記長、堕天使ベネムネの名の下に──これにて決着だ」


 私はついに探していた存在を見つけ、そして見つけられてしまったのだった。

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