Life.1 嵐の転校生(7)《ようこそ、オカルト"剣"究部》

「ごめんねー、お茶がなくてさー」


 道場の中央に敷かれた二枚の座布団。

 先に座っていると、後に来たアヴィ先輩から、奇妙なスポーツドリンクを手渡される。


「『マジカル☆スウェット』……?」


 名前も変だが、パッケージには謎の魔法少女と、聞き慣れぬキャッチコピーがあって。


「これを飲めばキミも魔王級……極悪怪人にレヴィアビィィィム……?」

「高等部にいる先輩が差入れだってくれたんだー」

「ちゃんとした飲み物だと信じたいですけど……ちなみにその先輩って巨乳ですか?」

「なんで急に胸の話? まぁあたしより少し大きいくらいかな?」

「……巨乳じゃない先輩、素晴らしいですね、では遠慮なく頂きます」

「急にゴクゴク飲むね!? 今の話のどこに安心できるポイントがあったの!?」


 ついでに聞けばその先輩、実家が医療関係や映像関係のお仕事をしているとか。

 この謎飲料も事業の一環で作ったらしい。味はちゃんと美味しかったです。


「さてと、改めて自己紹介しよっか」


 彼女は背をピンと伸ばし、ハツラツな声音を轟かす。


「あたしは中等部三年、そしてオカ剣の部長、アヴィ・アモン!」


 私もそれに応じて軽く頭を下げる。


「中等部二年、宮本絶花です」


 好きな言葉は最強でした、今はもう違いますけど。


「そういえば、アモンって……」

「聞き覚えある?」

「有名な悪魔の名前だったような。先輩もそうなんですか?」

「そうだけど、え──悪魔に会ったことあるの?」


 これまで様々な敵と戦ってきたこともあり、異形の存在が様々いることは知っている。

 それに悪魔に関しては、転校してすぐにリアス先輩という人に会ったばかりだ。


「わ、私がそういう存在を知っていると踏んで、妖刀とか魔剣を見せてくれたんじゃ?」

「あれは勢いだよ。絶花ちゃんなら大丈夫かなーって」

「勢い!?」

「あとは部活紹介として格好いいじゃん?」


 じゃんって、私が一般人だったらどうしてたんだろう……。


「その時は気合いで信じてもらうしかないね」


 すごい自信! 気合いでどうにかなるものなの!?


「まぁ最悪の場合は、記憶を消さなくちゃいけないけどさ」

「あ。そういう便利な魔法があるんですか」

「悪魔の場合は魔法じゃなくて魔力だね。あとやるとしたら物理だよ?」


 ……無茶苦茶だ、まさか殴って記憶を消すの?


「あたし悪魔としてはダメダメで、そういう器用なことはできないんだ」


 彼女はなんでもないように朗らかな口調で語る。


「ダメダメ? アモンは強い悪魔だと聞いたことがありますけど……」

「確かにアモン家は旧七十二柱の第七位。冥界でも未だに強い影響力を持ってるよ」


 その家柄から、アヴィ先輩は悪魔の世界において、貴族という立場になるらしい。

 では、なぜその血を引きながら……そんな疑問を彼女は察して説明をしてくれる。


「まず魔力量がほとんどないでしょー。それに魔力操作も下手くそだし。本家の出なのにアモンの特性である〈盾〉の魔力も使いこなせないっていうオマケ付き」


 特性については使う気もないんだけど、と意味深な補足も入る。


「なによりも──」


 アヴィ先輩は周囲を軽く見渡してから。


「眷属が一人もいないんだ」


 素人な私でも、眷属というのは悪魔にとって大事だとは聞いたことがあった。


「最弱最低の上級悪魔──それがあたし、アヴィ・アモン」


 それから先輩は少しだけ身の上話をしてくれた。

 悪魔としての才能がなく、眷属になってくれるような人がいなかったこと。

 誰からも見向きされず、ずっと落ちこぼれとして人生を送ってきたのだと。


「でも、お母さんが剣を教えてくれたんだ」


 アヴィ先輩は、一つだって悲しい顔をしなかった。

 すっと立ち上がると、空いたペットボトルを剣に見立てて構える。


「魔力がなくても、特性が使えなくても、剣があれば未来を切り開ける」


 先輩は剣を振るう動きを披露してくれた。

 激しい言動とは真逆の、基本に忠実な努力の剣である。


「あたしの夢はね、レーティングゲームで下克上すること」


 レーティングゲームというのは、悪魔世界における武術競技のようなものだという。

 先輩は剣先に見立てたペットボトルを天井に向けた。


「あたしだって、やればできるんだって証明するんだ!」


 そう語る先輩の目はキラキラと輝いていた。

 いや、燃えていたと表現する方が正しいかもしれない。

 彼女は絶望しない。ひたすら前へと進み続けているんだ。


「っと、ごめんね、あたしの話ばっかり」


 盛り上がりすぎた自覚があったのだろう、アヴィ先輩が照れた様子で座り直す。


「先輩は」

「ん?」

「この場所で、ひとりで、ずっと鍛えてきたんですね」


 まだ数振りしか見ていないが、先輩の剣にはちゃんと芯があった。

 なにより彼女の手は努力の手、毎日鍛錬していなければそれにならない。

 ただ聞いている限り、三年近くを旧武道棟で孤独にすごしたことになるわけで。


「ひとりじゃないよ」


 きっと辛かっただろうと思った。しかし先輩はそれを否定する。


「小さい頃だけどお母さんに剣を教わった。それは今もあたしの中に生きている」


 それに、と。


「学園では先生も指導してくれるしね」


 彼女はやっぱり明るくそう言うけれど、実は見えない本心は違うのではないか。

 私も剣はお祖母ちゃんに教わった。

 だからこそ、己の実体験として、師と友は異なるものだと思うのだ。


(この人は少し、私と似ているのかもしれない)


 おこがましい考えだと理解している。

 彼女の太陽の如き熱さは、私にはまったくないものだ。

 それでも育った境遇、生きてきた環境に、どうしてもシンパシーを感じてしまう。


仲間、、──と、そこまで思うのは失礼かな)


 言葉にはしない。けれど彼女のことを他人とは思えなかった。


「絶花ちゃん、さっきから何でニヤニヤしてるの?」

「え、いや、してないですよ」

「してたよ! なになに! もしかしてエッチなこと考えてた!?」

「エ──エッチ!? おっぱいは嫌いです!」

「あたし、おっぱいなんて一言も言ってないけど……」


 それからアヴィ先輩と色々な話をした。

 といっても、ほとんど喋っていたのは彼女の方だけど。


 それでも、自分と似ていると思えたからなのか、私の心はいつもより軽やかだった。

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