Life.1 嵐の転校生(5)《成功!? 失敗!? 転校デビュー!》

 アヴィ先輩が構えを取った。この大人数を相手に一人で戦うつもりなのだ。

 それも見ず知らずの、ただ後輩であるというだけの私のために。


「なんでそこまで……」

「困っている人を助けるのに理由なんかいらないよ!」


 彼女はなんでもないように私の困惑を笑い飛ばしてしまう。

 私はと言えば、せめておっぱいの秘密は守ろうと保身に走って……。


(自分が変われると想うこと、リアス先輩にそう言われたばかりなのに)


 失敗しない、転校初日を完璧に決める、そう決めたんじゃなかったのか?


「絶花ちゃん! どうか楽しい学園生活を送ってね!」


 まるで死地へ赴く兵士の如く、アヴィ先輩がまさに前線へ出ようとしていた。

 刹那に考える、このままこの人を見殺しにするのかと。


(私はどこにでもいる平凡な中学生……でも黙ってただ逃げるなんて……)


 天聖は使えない。戦うつもりもない。だけど他にできることが何かないのか。


「──いいや、道はある」


 咄嗟に地面に刺さったままの薙刀を掴んだ。


「少しだけ、力を貸して」


 武器に静かにそう念じると、刃の奥から応じる声が聞こえた気がする。


「え、う、嘘!? 絶花ちゃん、それ持ち上がるの!?」


 全長二メートル以上ある武器を、一気に引き抜いて構えを取る。


(これが私も、アヴィ先輩も、両方が生き残る道──)


 彼女の話だと、多少なら武器を使っても、この学園では大問題にはならないはずだ。


「雰囲気が、変わりやがった……?」


 副会長が眉間に皺を寄せる。


「だが俺の武士道に後退という文字はねぇ!」


 副会長がすかさず号令を上げると、前と後ろから軍団が果敢に向かってくる。


「アヴィ先輩、二年B組の教室ってどこですか?」

「二年? もしかして絶花ちゃんの教室のこと? あの辺だと思うけど……」


 それさえ分かれば十分だ。私は担ぐようにした薙刀に力を溜める。


「一秒後、しゃがんでください」

「ど、どういう──」

「行きます」


 アヴィ先輩は戸惑いながらも屈んだ。


「──唸れ」


 自身を起点に、円形を描くような大振りの回し斬りを放つ。


「なんつー力技ッ!」


 副会長だけはすかさず回避を取るが、それ以外は風圧だけで一気になぎ倒される。


「……すごい」


 姿勢を低くしたままのアヴィ先輩が呆然と呟く。


「……かっこいい……まるで…………」


 なにやら褒めてくれるが、しかし技巧も能力もない、単純なパワーのごり押しである。

 だけどあれだけの数に取り囲まれていた状況が、今の一発でひっくり返せた。


「道は拓けました、行きますよ先輩」

「は、はい、今度はなに!?」

「今度も受け身、しっかり取ってくださいね」

「……へ?」


 柔道で言うところの投げ、私は彼女の身体を掴むと、勢いよく外へ弾き飛ばした。


「ちょ、ちょっと──どういうことぉ────ッ!?」


 アヴィ先輩は放物線を描きながら吹き飛び、校舎入口の方へ放り込まれていく。

 叫び声を上げていたが、離れていくせいで、それも次第に聞こえなくなってくる。


「……ありがとうございました」


 こんな私を助けようとしてくれて。どうか遅刻せず間に合ってください。


「──あんなヤツを救って何になる」


 残るは、私と、そして副会長を含む生徒会の一団。


「だが珍しく肝の据わった後輩だ。となれば覚悟はできてんだろう?」


 副会長が背負っていた鞘袋を開けようとする。


「学園で決闘は御法度。まして許可なく一般生徒、、、、武装、、する、、こと、、は認められてねぇ」


 私の手の中にある薙刀を見て、お前はそうじゃないよなと口角を上げた。


「テメェだけは俺が特別に認めてやる。決闘じゃなく練習試合っつー形にするが──」


 本気でろうぜ、そう彼女の目は語っていた。


「申し訳ないですけど、私に戦うつもりはありません」

「あぁん?」


 淡々とした私の返事に、副会長は何を言っているのかという表情をする。

 しかし今の自分が為すべきことは、最初から一つだけなのだ。


「──それは転校初日を、絶対に成功させること!」


 私は彼女らに背を向け、校舎へ向かって走り出す。


「俺に背を向け……止めろ! 必ず捕まえンだ!」


 正面に残った数人が、私の行く手を阻もうとする。


「二天一流──」


 ご先祖様から受け継いだ兵法、そこにあるのは攻撃の技のみではない。

 風の如く走り、水の如く流れ、身のこなしだけで人々を躱していく。


 それでも唯一追いついてくる副会長、さすがは武士道がどうと言うだけある。

 ならば気は進まないけれど。


「今日はこれで失礼します──ミーナ先輩」

「み、ミーナ!? お、俺の名前は源だ!」


 まさか初対面であだ名呼びされるとは思わなかったのだろう。

 赤面した彼女はわずかに足を緩めてしまう。


(距離、配置、タイミング、ここしかない!)


 最大加速した直後に、薙刀の先を地面へと突き刺し、身体を思いっきり浮かせた。


「跳び、やがった──?」


 棒高跳びの世界記録は六メートル超という。

 校舎二階にある教室は、ざっと下から六メートル程度である。

 ならばこのまま、私の在籍する二年B組までは届きうる!


「何者、なんだお前は──」


 副会長のその言葉を最後に、私は完全に空を飛んだのだった。

 教室の窓が開いていたのが幸い。

 窓のサッシへと、私はそのまま降り立つことができた。

 しかも着地と同時、始業を告げるチャイムが鳴る。


「……間に、合った」


 さすがに疲れた。予想外のことで身体も思考も重たくなっている。

 はっと顔をあげた。間に合ったということは今からホームルームのはず。

 すなわち一般的な流れなら、今から私の自己紹介をするわけだ。


「ここ、二階で……」


 教壇にいた教師が、ぽかんとした顔で呟く。

 上手く頭が回らず、練習してきた完璧な挨拶が出てこない。

 でも黙ったらいけない、せめて名前だけでも言わないと──


「あ、あなたは」

「宮本」


 教師がまたも何か言おうとしたが、被せるように口を開いてしまう。

 しかしもう止まれない。このままの状態で名乗りを上げる。


「私は、宮本絶花!」


 背後から勢いよく秋風が吹いた。

 舞い込んでくる紅葉と、自身の黒髪が激しく揺れる。


「本日から、この教室でお世話になります」


 私の背を押すように、風はますます勢いを増していく。

 窓ガラスは軋み、掲示物は剥がれ、クラスメイトたちは目を開けるのもやっとである。


「……嵐だ。嵐が来た」


 生徒の誰かが、紅の風を背負う私を見てそう呟いた。

 余裕のない挨拶になってしまったけれど、今できる最高の笑顔で締めくくる。


「──よろしく、お願い申し上げます」




 あの日の後日談。

 ギリギリで遅刻を回避し、手短ながらもちゃんと挨拶ができたと思った。

 しかしあれから学園には、あっという間に一つの大きな噂が流れる。


 すなわち──中等部にとんでもない転校生が現れた、と。


 転校初日に生徒会をなぎ倒し、たった数秒で教室を制圧した最恐の中学生。

 話によると、どうやら決まったと思った表情にも問題があったらしい。

 笑顔は怖く、目つきは一段と鋭くて、かつ声もドスが利いていたとかなんとか……。


 宮本絶花の転校デビューは、失敗どころか大失敗を迎えたのであった。

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