第32話 初めてのプレゼント

 言葉が出なかった。店員さんも驚いて口をぽっかりと開けている。目の前の立華さんはさっきまでと全く同じ顔なのに、どう見ても別人にしか見えなかったからだ。


 超絶イケメンをカーテンで隠したら、中からボーイッシュ美少女が現れた。目の前の現実を言葉にするとそういう事になる。


「ね、ねえ……何か言ってくれると……嬉しいんだけど……」


 立華さんが恥ずかしそうに腕を身体の前で組みながら言う。いつの間にか立華さんの性格が切り替わっていて、それも印象の変化に一役買っていた。『王子様』とは表情や所作が全然違う。


「ごめん。ちょっと見惚れてて……」

「み、見惚れ……っ!?」


 ザッ、と勢いよくカーテンが閉まり、立華さんが向こう側に消えてしまった。こっちの立華さんは割と恥ずかしがり屋なのかもしれない。王子様の方なら「ふふ、もっと近くで見ても構わないよ?」なんて揶揄ってきそうなものなのに。


 試着室の中から、立華さんが慌ただしく着替える音が聞こえてくる。本音を言えばもう少し見ていたかったから残念だった。


 暫くして、男装姿の立華さんがカーテンの向こうから現れた。不意を突かれたのか店員さんの目がハートマークになる。


「これ、貰おうかな。夏樹の評判もいいみたいだしね」

「凄く可愛かった。向こうの立華さんにもそう伝えて貰えるかな」

「大丈夫、聞こえてるよ。別に二重人格って訳じゃないからね」


 そういうものなのか。正直その辺りよく分かってないんだよな。俺がバイト中は店員用の性格になるのと本質的には同じなのかもしれない。


「なら良かった。すぐ隠れちゃったから直接伝えられなくて」

「まだ刺激に慣れてないから恥ずかしかったんだろうね。でもちゃんと喜んでいたよ」


 立華さんが試着室から出て来て、店員さんにワンピースを手渡す。「俺にしか見せない」と立華さんは言っていたけど、いつかもう一度見られる日が来るんだろうか。



 ワンピースを買った立華さんは次に「ワンピースに合うミュールも必要だね」と呟いた。どうやら俺がサンダルだと思っていたものは、正確にはミュールと呼ぶらしい。


 俺達は靴屋に移動し、立華さんは悩んだ末にベージュのミュールを購入した。頭の中でさっき買ったワンピースと合わせてみると……うん、合っている気がする。立華さんは服のセンスも良いんだな。それを直接伝えると────立華さんがとんでもない事を言い出した。


「────なら夏樹の服も選んであげようか?」


 そんな訳で今は男性用の服屋で俺の服を選んでいる所だった。面白い事に立華さんはこの店が一番馴染んでいる。全く浮いていないし、店員さんに話しかけられる事もない。今の俺達は「一緒に服を買いに来た男友達」にしか見えていないだろう。


「夏樹は素材がいいからね、何を着ても似合うとは思うんだけど」


 言いながら立華さんは足早に店内を物色していく。立華さんに「素材がいい」と言われても、冗談か何かにしか聞こえないのが悲しい所だ。お世辞を言うタイプではないから、本音で言ってくれてるんだと思うけど。


「うーん…………ボクの好みで決めちゃってもいいかな? これから私服姿を見る事も増えるだろうし」

「増えるんだ」

「そりゃ勿論。夏樹だってボクのワンピース姿、見たいだろう?」

「そりゃ勿論」

「なら決まりだね。自分の服を選ぶ時より腕が鳴るよ」


 立華さんがニヤッと笑みを浮かべる。立華さんがこの顔になるのは大抵俺を揶揄う時なんだけど、今回はどうなることやら。



「うーん…………これも悪くないんだけど」


 立華さんはシャツを手にとっては、俺の身体に合わせて「うーん」と唸る作業をもう五回は繰り返している。色々試してくれているけど、どれもしっくり来ないみたいだ。俺に似合う服なんてないのか……とちょっと不安になる。


「立華さん、あんまり無理しなくていいからね? 俺、服にこだわりないしさ」

「今までのもちゃんと似合っているよ。ただ、もっと良いのがあるんじゃないかと思うと中々決まらなくてね」


 俺の不安を察知したのか、立華さんがそんな事を言う。


 立華さんはいつになく真面目な表情だった。正直な所、どうしてそこまで真剣になっているのか分からなかった。もっと軽い気持ちで選んでくれてもいいのに。


「これが夏樹への初プレゼントになる訳だからね。半端な物は贈りたくないんだ」

「初プレゼント?」


 いつの間に奢られる事になっていたんだ。


「どんな事でも『初めて』というのは記憶に残るものなんだ。大人になってから夏樹に笑われないように、しっかりした物を選ばないとね」


 何ともスケールの大きい話だった。立華さんは大人になっても俺とつるんでいる想定をしているらしい。


 俺もそうなればいいなと思っているけど、実際の所それは難しいんじゃないかという気もする。少なくとも俺は高校卒業と共にサイベリアを辞めるつもりだし、きっと立華さんもそうだろう。何なら受験勉強の為にもっと早く辞める可能性すらある。


 そう考えると、立華さんや小林さんと面白おかしく働ける時間もあと一年ちょっとしかないのかもしれない。


 その事を、凄く残念に思う自分がいた。

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