第31話

 体育祭、当日。

 その日は運動日和の晴天だった。


『うぅ……暑いです……』


 リリィは頭にジャージを被りながら言った。

 一見、余計に暑そうにも見えるが……。

 直射日光が当たらない分、マシなのだろう。


『まだ五月なのに……。異常気象ですか?』

「夏日ではあるかな」

『……日本の夏って、こんなに暑いんですか?』

「もっと暑くなるよ」

『噓でしょう?』

 

 リリィの気持ちは分からないでもない。

 俺もイギリス、寒すぎだと思っていた。


 こういうのも留学の醍醐味……ということで、耐えてもらうしかない。


「いやぁ、この気温でムカデ競争かぁ。失敗だったかもねぇ」


 美聡はバタバタと胸元を仰ぎながらそう言った。

 男子の目とか、気にならないのだろうか?


「それ、すずしいですか?」

「それ? どれ?」

「うでまくりです」


 リリィが指摘するように、美聡は体操服の半袖を捲っていた。

 短い半袖が、さらに短くなり、肩が出ている。

 ……正直、あまり変わらない気がする。


「気持ち、涼しいかな?」

「なるほど」


 試してみる価値はあると思ったのか、リリィは半袖を捲った。

 日焼けの痕と、白い肩、そして汗に濡れた腋が露わになる。

 何となく艶めかしく感じてしまった俺は、目を逸らした。


 脚は恥ずかしがるくせに……。


「どう?」

「やけいしにみず、くらいにはすずしい、きがします」


 焼石に水じゃあ、効果ないんじゃ……。

 と思ったが、要するに「やらないよりはマシ」と言いたいのだろう。


「ところで、お母さんは?」

「リリィのパン食い競争に合わせて来るってさ」


 美聡の問いに俺は答えた。


 競技はパン食い競争、ムカデ競争、借り物競争の順番で進む。

 そこから昼休みを挟んで、美聡が出る、障害物競争が始まる。


 順当に行けば、十時半から十四時までの間で俺たちが出る競技は全て終わる。

 父も母も、その時間に合わせて来るのだろう。

 自分の子供が出ない競技には、興味ないだろうし。


「おかあさん……?」


 リリィが不思議そうな表情で呟いた。

 何か、気になることでも?


『どうしてミサトが、ソータに母親の予定を?』


 ……うん?

 何でって、そりゃあ……。


「どうしてだと思う?」


 リリィが何を不思議に思っているのか俺が首を傾げていると、美聡はニヤリと挑発的な笑みを浮かべた。

 リリィはそんな美聡の様子に、ハッとした表情を浮かべる。


『ま、まさか……』

「アメリアちゃんと、同じ理由よ」

『そ、そんな……!?』


 リリィは目を大きく見開いた。

 そして確認するように、俺の顔を見てくる。

 

 ちょっと、意味が分からない。

 美聡はホームステイをしているわけでも何でもないが……?


 いや、そもそもホストマザーをおかあさまマザーと呼ぶリリィも、いろいろとおかしい気がするけど。


『そ、そう、ですか。ふ、ふーん……なるほど? ま、まあ、呼ぶ分は自由ですけどね』


 俺が困惑していると、リリィは一人で勝手に納得し始めた。

 うーん?


 まあ、納得しているなら、いいか。

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