第30話

 体育祭は日曜日に行われる。

 その前日、土曜日。


 俺は母、リリィと共にキッチンに立っていた。

 

 体育祭の昼休憩の時に食べる、弁当を作るためだ。

 日曜日は食堂が閉まっているので、弁当が必要になる。


 盛り付けは当日の朝にやるとして、下処理や日持ちする物は、前日に作っておくわけだ。

 しかし……。


「母さん、その弁当箱は……あまりにも大きすぎないか?」


 詰め込める物は、今、詰め込んでしまいましょう。

 そう言って母が取り出したのは巨大な弁当箱……というよりは、重箱だった。

 

 いくらリリィが俺の倍は食べるからと言って、その箱は大きすぎる。


 リリィを何だと思っているのか。


「五人分だし、こんなものでしょ?」


 しかし母はあっけらかんとした表情でそう言った。

 ……五人?


 俺と、リリィと……もしかして美聡も?

 だがあと二人は?


「……もしかして、母さんも来るのか?」

「え? 来ちゃダメなの? 恥ずかしい?」


 中学生じゃあるまいし。

 親が参観に来て恥ずかしいなどとは言わないが……。


「今まで、来たことないじゃないか」


 母はこういった学校行事には、あまり興味がない人だ。

 小学生の時は最低限、顔を出す程度だったし。

 仕事が忙しいからと、来ないことも多々あった。


 中学に上がってからは、一度も来ていない。

 

 いや、別に来て欲しいわけでもないので責めるつもりはないが……。

 どういう気の代わりようなのかは気になる。


「リリィちゃんの勇士をカメラに収めないといけないからね」

「あぁ、なるほど」


 リリィのため。

 厳密にはリリィの両親のためだ。

 娘さんは元気にやってますよと、写真を送るわけだ。


 確かにそれは重要だな。

 

「しかし母さんを含めても四人……あぁ、父さんか」

「ええ。お弁当、持ち寄ろうってことになったのよ。ついでにリリィちゃんも紹介するわ。未来の娘ですって」


 あの人は毎回、来るし。

 今回も来てくれるだろう。


 つまり久しぶりに家族団欒をするわけか。

 リリィは未来の娘というのは、母の勘違いというか、早とちりだが。


「そういうの、早く言ってくれよ」

「言わなかったっけ?」

「言ってない」

「あら。でも、今、言ったわ」


 相変わらず、適当な人である。

 もっとも、知らなくとも当日に分かればいい情報ではあるし、どうでもいいのだが。


「というわけで、リリィ。体育祭の日に父さんを紹介……リリィ?」

『……ふぇ? 何か、言いましたか?』


 俺が呼びかけると、リリィはビクっと肩を震わせた。


「体育祭に父さんが来るから紹介する」

「そ、そうですか。おとうさまが……はい、わかりました」


 ここ最近、リリィはボーっとしていることが多いように見える。

 何か考え事をしていたり。

 不安そうな顔をしたり。

 俺に何か、言いたそうにしたり、言いかけたり。


「体調、悪いのか?」

「あ、いや、ちょっと……」


 俺はリリィの額に、自分の額を当てた。

 うーん、少し熱いような……。


『ちょ、や、やめてください!』


 両手で突き飛ばされた。

 見ると、リリィの顔は真っ赤に染まっている。


「顔、赤いけど……大丈夫か? 熱があるんじゃ……」

『あ、あなたのせいです! この、馬鹿、変態! 大嫌いです!!』


 リリィは叫びながら、俺の胸板をバシバシと両手で叩いた。

 ちょっと痛い。

 

「ごめん。気安く触り過ぎた。許して、痛いから……」

『……もう二度と、しないでください』


 リリィはふんと小さく鼻を鳴らした。

 一瞬、いつもの調子に戻ったように見えたが……。


 しかしすぐに思いつめた表情を浮かべた。

 何か、後悔しているような……。


 ホームシックだろうか?


「青春ねぇ……」


 母は楽しそうに笑った。

 なんか、腹立つな。

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