第45話

 5. 本当の五つ窪み


 だから五つ窪みは、命の限りに叫びました。

「“命の陶器師様”僕はあなたの器です。僕に夜の心を注いで下さい」


「よく言った、決して冷えないカップよ。願いを叶えよう」

 答えとともに天から黒く火山のように熱い雫が、五つ窪みの中に注がれました。


 パン! と、音を立てて、五つ窪みを覆っていた黒い釉薬が飛び散りました。

 途端に五つ窪みの周りに炎が立ち上がり、四方八方に走りながら、どんどん雪を融かしていったのです。


 炎は湖を干上がらせ、山々の木を焼き、煉瓦の城も焼き尽くして、塵にしてしまいました。

 世界は“前の時代”に戻ったのです。


 空はいつの間にか雲が消え、夜の小さな星達が輝いています。

 南の城のあった場所の塵の中に、オオジロと踊り子達がキョトンとして座り込んでいました。


 萩さんの見つめる中、五つ窪みは全身金色に輝いて立っていました。

 決して冷えないカップは、体が全て金でできたカップだったのでした。


「冬が消えた! とうとうそれを見ることができた。ありがとう五つ窪み」

「萩さん、もうひとつやることがある。夜を退けなくてはならないんだ」

 何をしなくてはならないか、五つ窪みにはわかっていました。


「私達、どうしたの? てっきり死んだと思ったのに」

 オオジロがポカンとしていると、西山の方から、オーイ、オーイ、という声とともに黒い大きな影と、小さな影とが、飛ぶように近づいてきました。その後に十六夜もいます。墓場にいた似姿たちみんなです。


「月ちゃん! 黒様、十六夜も」

 北山の方からも、沢山の塵になっていた人たちが、生き返って走ってきます。

 そしてもう一人、西の山の頂上からゆっくりと降りてきたカップがいました。


「歌ちゃん!」

 荻さんが叫びます。2人はゆっくりと歩いて取ってを触れ合わせました。

 最後に東からもう一人、籠目でした。




 6. 夜を退ける者達


「月ちゃん、やっと会えた。私、あなたが自殺してから七十年も待ってたのよ。なんで生き直してくれなかったのよ」オオジロが泣きながら言いました。


「自殺? なんのことさ。僕君に振られたからがっかりしてあそこでしばらくぼーっと立ってたんだよ。そのうち雪がひどくなってきたから城に入ろうとしたら、冷えて支えの足が凍り付いて動けなくて、無理に動いたら滑っちゃって。側にあった仕舞い忘れてた斧にぶつかって、割れちゃっただけだよ」


 つまり、事故だったわけです。オオジロ絶句。

「この、バカ、アホ、間抜けー! 私の70年の涙を返せー」


「痛い、痛い。やめて、また割れちゃうよ」

 硯はオオジロの取ってに殴られて、逃げ回ります。

「堪忍してよ、もともと僕はカップじゃないんだから、生き直しはできなかったんだ。

 でもね、あの人がもし最後まで君が僕を待てたら、一緒に星になってもいいって言ってくれたんだ。だから僕たち、これからずっと一緒にいられるんだよ」


「一緒に星になる? なんのこと」




 5. 空でともに輝くことを願う者達


 オオジロの問いに、五つ窪みが答えます。

「そのためには、みんなが本来の自分にならなくてはいけないんです。僕たちは踊るために産まれたんじゃない。あの人の心である、夜の熱い心を入れるために産まれたんです。

 我々の本当の姿は、caféを入れる入れ物。

 我々の本当の名前はcaféカップなんです。

 僕の中にある、あのひとから頂いた汲めども尽きないcaféを注げば、皆さんは正しいあり方を取り戻し、あの人と一緒に天で輝く星となり、一緒に夜を退けることができるんです」


「知ってます! 私たちはあの人と一緒に、夜を退ける為に、この世に生まれてきたんです。

 萩さん、私と一緒にcaféカップになりましょう。

 そして一緒に空で輝きましょう」


「もちろんじゃとも、最高の死に場所じゃ。その上歌ちゃんと一緒なんだから、何の文句もないわい」

 歌ちゃんの言葉に萩さんは言いました。


 荻さんと歌ちゃんは、五つ窪みの前で体を傾げて座りました。そこに五つ窪みが決して尽きないcafeを注ぎます。

 二人は小さな太陽のように輝き、やがて渦を巻いて一つになると、夜空に昇って大きな星になり、夜の闇が少し退きました。


「私達もお願いできるかな?」

 黒様と白様が名乗り出ました。

「私のできなかったことを、成し遂げてくれて感謝するよ。五つ窪み」

 黒様が言いました。


「お二人なら素晴らしく、輝く星になるでしょう」

 caféを注がれて、二人は一緒になって空に帰っていきました。


 次は硯とオオジロ、鋼と十六夜です。

「お幸せに、もう決して離れることのない様に」

 他のみんなも次々とcafeを注がれ星になりました。


 星が1つ増えるごとに夜の闇は減り、空は輝きを増していきます。


「鋼さんと十六夜さん、嬉しそうだったね。籠目さん寂しい?」

「いいのよ、もうとっくに諦めてた。私の影の生き直し、役に立ったみたいね」

「雪ちゃん、籠目さんの影だったの!」

「そう、だからあんな姿になったの。復活したのがあの子じゃなくて残念だったわね」

「ううん。だって雪ちゃんは僕の中でずっと一緒だもの」


「そう私にもcafeくれる? 先に行って、影の代わりに待っててあげるわ。

 私、結構あなたのこと好きだったのよ。悪口下手さん」


「ありがとう、空であの人が待っています。素晴らしい星になってくださいね」

 五つ窪みは籠目にcaféを注ぎました。籠目もまた、強く輝く星となって空に昇っていきました。





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