第37話

 門番さんのアナウンスが、響きます。


「いよいよ歴史劇、開演です。皆様お手数ですが、見やすいように、ステージ正面に席を詰めて移動してください」  


 門番さんのアナウンスに円形の踊り場の座席にバラバラに座っていたカップ達が、移動をはじめます。確認の後、門番さんがキャストの名前を読み上げました。


「演者は、白様・黒様を、夏場面と冬場面の二交代で、『カルテット』。

 中程さんを『鋼』。豆蔵を『切り欠きの萩さん』。名無しの大きなカップを、『オオジロ様』。

 紅とその影を、初お披露目の新人『雪ちゃん』。尚、雪ちゃんはトリで『もう一度逢いたい』を踊ります。謡は漆椀の『漆黒』。コーラスと場面転換は『三勺ぐい呑みのマスゲーム軍団』と北山の有志の方々です」


 会場が歓声に包まれました。早くも拍子木を打ち鳴らしだす者がいます。

 閉ざされていた戸板が動き、第一幕の始まりです。


 ステージ中央で体を真っ白に塗ったカルテットの一人が泣いています。

 中程さんの役の鋼が、体を黒く塗ったもう一人のカルテットと、左ソデから現れます。


「中程さん、こいつ連れてって良い?」

「無理だよ、僕の大きさじゃ、二人は入らない」


 物語は、白様が教えてくれた通りに進んでいきました。

 一緒に行けることになった白様、黒様が、喜びのツインダンスを踊ります。


「白様と黒様の踊り、ほかと踊りと違うね」


 五つ窪みの質問に、白様が答えます。

「あの踊りだけは三拍子なの。踊りは普通二拍子・四拍子なんだけど、私達は初めから飛び跳ねながら踊ってて、自然に三拍子になってたの。あのリズムで踊るのは、かなり訓練が必要なのに、あの子達頑張ったわね」


 やがて雪が降り、紅(体を赤く塗った雪ちゃん)と、北と南にお別れ。

 舞台はまた、戸板でふさがれ、音楽だけが流れます。


 やがて戸板が開き、第二幕。


 右寄りにカップを半分に切った形の、大鋸屑おがくずで作ったハリボテの中に、白と黒のカルテットが重なって入り、後ろの板に隠れた鋼の中程さんの声だけと話をしています。


「あー、五つ窪みちゃん、白様、ここに居たの。探しちゃったー」

 いきなり、知らない真っ黒なカップに声をかけられ、白様と五つ窪みはギョッとしました。

「やだー、わかんない?私達、カルテットの踊り子姉さんよ」

 そばにいた白いカップが答えます。


「もう出番が無いから下がったの。体の色落とすの面倒だから、そのまま来ちゃった。紅役の雪ちゃんは、トリの踊りもあるし、急いで色落とさなきゃならないから大変なのよー」


「私達、踊りは得意だけど、長いセリフは苦手でさー。冬のセリフのパートは後の二人に押し付けちゃった。お客さんからは見えないけど、後ろのカップのハリボテの内側に、セリフ書いたカンニングペーパーたくさん貼って、自分たちの体で隠してるの。だから絶対動けないのよ、気の毒ねー」


 きっとその一人は、いつも五つ窪みに乗り損ねる貧乏くじのあの子だなーと、五つ窪みは思いました。だから、「今度他の子に内緒でたくさんのせてあげよう」と思ったのです。


 ちょうど舞台では、赤い色を落として透き通った体になった雪ちゃんが、中程さんにお別れにきます。透き通った体が、紅の影役に雰囲気がぴったりでした。

「『人はただ歩き回る影法師、哀れな役者だ……そして最後は消えてなくなる』中程さん、さようなら」

 そう言うと雪ちゃんの体は、足下から巻き上がった大鋸屑に包まれて、消えました。

 大鋸屑を浮かせて、舞台の床が割れる奈落に落ちて、隠れたのです。場面は暗転。


 スポットライトが左に当たり、豆蔵さん(萩さん)とお腹に銀色の丸を描いた、産まれたての大きなカップ(オオジロ)と中程さん(鋼)と会話します。

『我々はどこから来たのか、我々は何者か、我々はどこへ行くのか』

 生き直しについて語られ、オオジロが大鋸屑に包まれ、退場。場面は暗転。


 そして春。

「大きくても、小さくてもみんな冬を越せるように願ってくれ」そう言うと、中程さんのハリボテは、大鋸屑に包まれて消え、舞台は戸板で塞がれる。静寂。


 第三幕、物語はクライマックスへ。


 舞台は明るくなり、茫然とする二人の後ろの板には、たくさんの泣いている小さなカップ達の絵。左手には蹲る豆蔵。

「小さいからといって生き延びられるとは限らんのさ。死ぬ苦しみが、生き残ってしまった苦しみに勝るとでも?」


 萩さんの演技にみんな、声もなく見入っている。


「この役初めは小さいから、私にやらないかと声をかけられたのを、萩さんに譲ったの。萩さんは、今の自分は小さくないからと、断ろうとしてたけど、出演者全体を大きめの人にすれば小さく見えるからと、鋼が頼み込んだの。やっぱり萩さんで良かった、あの時代の辛さを知っている人の演技はやっぱりすごいわね」


「何故こんなに小さく生まれてきたかと、どれほど自分を呪ったか。これが生き伸びてしまった、小さなカップの最後よ。悔しい、口惜しい……」

 大鋸屑が舞い、豆蔵退場。


 泣き崩れる白様、黒様。みんなの泣き声の合唱の中、黒様が掠れた声で叫ぶ。

「助けて――様」


 舞台の中央から、三勺ぐい呑のグループが松明をかざして迫り上がる。中央の光の柱は、鋼の太陽柱サンピラーだ。


「大きくても、小さくても、カップが冬に死なずに済むようにしてください」

「その願い叶えよう。だが、それは私の望む願いではない。残念だ」場面は暗転。


 太陽柱は消え、松明の火をかざして三勺ぐい呑達は、ステージを飛び出し、八方へと散る。観客達の前で松明は消され、舞台の板は反転、緑の森が現れる。中央に北の山の絵。

 北の山が火を吹く。(再び、鋼の太陽柱が火山の火として天に伸びる)


 漆椀が「あの人の名前を探す」と言う曲を歌い出す。コーラス達の合唱が、踊り場の端から、中央舞台へと集まり、曲は「歌ちゃんの歌」へと変わる。

 曲が終わると、漆椀は体を深く傾げてお辞儀をした。


 大歓声と、拍子木を打ち鳴らす音、踊り場は壊れそうに揺れる。









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