第36話

 丸太をくり抜き磨いた大小さまざまの筒を叩く者。音の高さが、みんな違います。

 ギロと呼ばれる木の棒に、漆の傷のような横線をたくさんつけて、スティックを擦って音を出す者。

 金属の同じ高さのカップが七つ、体に入れる水の量で音の高さを変え、振り下ろす金属棒がドレミファソラシを奏でます。

 長さが違う木の棒を並んで吊るした、ツリーチャイムを叩く者。

 瓢の中に砂を入れてマラカスのように振る者。

 四角いノコギリをビョンと弾くもの。ハルニレの皮を煮る鍋を、逆さにして叩く者。なんでもアリの物凄いビート感です。観客も大喜びで、拍子木を合わせて打ち鳴らします。


「あのカンテラの蝋燭、僕が萩さんと作ったんだよ」

 五つ窪みが、ちょっと自慢げにいいました。


 ラッパのように広がった筒の、狭い方は塞ぎ、中に蝋燭を立てて光の方向を定めて照らすカンテラは、油に芯を浸してつ照らす灯籠と違い、揺れたはずみに消えたり、火事になる危険が少ないので、お祭りの舞台の為に、漆の木の実から取れる木蝋を集めて、五つ窪みと萩さんで作ったのです。

 芯になる紐を、何度も何度もロウに浸して、蝋燭の太さになるまで繰り返す、大変な作業でした。森中の漆の実を集めても、沢山は作れない贅沢な品で、年に一度の満月祭の時だけ使われるのです。


「次は漆黒による謡」

 次々にステージが変わります。 


「あ、真っ黒なカップだ。取っ手がないから縁欠けさんかな。あの色は全身漆なの?」

 五つ窪みの問いに白様が答えます。

「ええ、彼はもともと木のカップで、取手が取れた時漆を塗ったら、金箔なしで傷が治ってしまったの。漆も木だし、相性が良かったのかしらね。それと同時に突然声が良くなったの。それで、萩さんに頼んであるだけ漆を塗ってもらって、いまではあんなに真っ黒で良い声の、謡手になったのよ。怪我の功名、世の中何が起こるかわからないものね」


 漆椀の漆黒さんとコーラスは素晴らしいものでした。

 ジャグリング、手品、三勺ぐい呑み達によるマスゲーム、笑い話。演目は続き、今は休憩。板戸で舞台が閉じられています。


「次はオオジロ様とカルテットによるイリュージョン」


 いつのまにか、四つの篝火の下にカルテットが控えています。板戸がスルスル動くと、丸い舞台の真ん中に、薄い紅色の四角いベールを被ったオオジロが、一本の笏を持って立っています。凄い存在感です。 


 ジャラン、笏についた四つの金の輪がぶつかり合って鳴り響きます。

 その動きに、トン、シャンと、カルテットの鈴が呼応します。

 トン、ジャラン。トン、ジャラン。オオジロの笏が、一人で歩く様に舞台を回り出します。

 オオジロが浮かせて動かしているのです。

 一つ目の篝火のそばにくると、突然シャリンと笏が割れ、一本の金の輪の着いた笏が、その場でトントンと足踏みをします。

 残った笏は進み続け、次の篝火に来るとまた一つ、新しい笏が足踏みを始めます。

 トン、ジャラン。シャンリン、トン。くり返す音と、怪しい篝火の揺れる灯りの中、魅入られた観衆は声もなく其れを見つめていました。


 四つの笏が四つの篝火のそばに揃ったその時――。

よ!」

 オオジロの叫びと共に、シャンと鈴を鳴らして四つの篝火の下から現れたカルテットが、其々の笏の上に飛び乗り、くるくるとまわりだしたのです。皿回しならぬカップ回しです。その早い事!


「おおおー!」「凄い」

 カン、カン、カン、カン、カン、拍子木が踊り場中に鳴り響きます。


 その時、廻るカルテットを支える笏がゆっくりと上に浮き上がり出しました。上へ、上へ、

 踊り場の一番上の席より、もっと上へ――。


 ジャラン! 突然四つの笏は、輪のついた先に四つのカップを乗せたまま、横に倒れました。

 各頂点にカップを乗せたまま、東西南北を向き、繋いだ正方形の形になると、四つのカップはその上をハッ、トン、シャンとまわりだしたのです。


「天より言祝ぎもうす」

 オオジロの言葉に、会場は拍子木の音で割れんばかりです。


「お戻り申せ」

 オオジロの次の言葉に、四隅にたって取っ手を中央に向けるカルテット。

 途端に四本の笏は下に向かって落ち、カップ達も投げ出されて、オオジロのベールに落ちていきます。

 もう少しで落ちるという寸前、四つの取っ手は繋がり、一つになります。

 いつもの四葉のクローバーです! そうして回転しながら、ゆっくりとオオジロのベールに着地すると、オオジロのレースの四隅が持ち上がり、カルテットを包みます。

 同時に奈落が開き、オオジロはゆっくりと沈んでいったのです。

 後に残ったのは、いつの間にか一つに戻った笏。ジャラン、ジャランと舞台の奥で足踏みをしています。


「これにて終演」


 オオジロの声が舞台の下から響くと、笏はパタリと倒れてライトが消えました。

 観客の打ち鳴らす拍子木の歓声の中、木戸板がスルスルと舞台を覆い、次の舞台の準備に入ります。


 門番さんの案内の声。

「次は歴史劇『白様・黒様/冬物語』です。開演までしばらく休憩」


「今年は『白様・黒様/冬物語』か。去年の『オオジロと硯/もう一度逢いたい』は凄かったよな。十六夜がアレを踊り切ったときは、俺涙が止まんなかったよ」


「最後に、新人の生まれたてがまた、『もう一度逢いたい』を踊るらしいぞ。今回は十六夜の時とは振り付けをだいぶ変えたらしいが、あの踊りは命を削るというじゃないか。雪ちゃんで大丈夫なのかな」


「でもあの子は、『城のペチカでもとても冬は越せないだろう』って鋼が言ってた。それなら死ぬ前にやりたい事をやらせてやろうって考えらしいよ」


 北山の仲間たちの話す言葉に、五つ窪みは踊り場を覗きながら少し震えました。

 ――死ぬ前にやりたい事をやらせてやろう――雪ちゃんは、大丈なのでしょうか?





















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